第30章
若かりし力は衰える。東が西に移行するように意識というものも変容する。
これを支える力は漂白である。白に漂う力であるがこの白は非常に一般からかけ離れている。白は言うならば国家が齎す力である。
ここでいう国家は必ずしも日本という国ではない。国というものを興すということは宗教を興せば足りる。
白の漂白は色の世界から分離された世界である。白も色であるという問いはここでは当てはまらない。色は世俗の風俗や元素としての色という意味であるが吾輩の言う白はモノクロでありちょうど白と黒で撮られた映画のようである。
事物が移行する際それを支えるのは白という紙である。意識を変容に齎すのは溶解という力である。実験器具に溶質を入れ溶解まで持っていくには溶媒するしかない。これには容器が必要でありこれは水槽学によれば自宅での居宅が水槽となる。これは上座部的価値観であり移動を忌み嫌うことにより為される。
まだ電気がなかった時代から人々がメディアにしていたのは紙だった。ここにはいろいろなことが書かれ普及しただろう。ここに妖怪という存在が書かれたのである。妖怪を人々の意識に持ってきたのは紙が持つ白の力である。妖怪はカラーではない。モノクロである。白と黒が持つ力により妖怪はこころに宿った。現代において覚者は人と交わらない。至って普通のことである。交わるのは衆生だけであるが彼らの存在を見ていることは意識の変容をダイレクトに助長する。その動きは
結論から言えば妖怪のようだと言わざるを得ず彼らは至って真面目に観測者を溶解させ事物の移行を支援している。その先にはメディアが変わるという結果が待っている。つまりテレビや社会のメディア、そういう電波ではなく衆生の言葉、動きという周波になる。




