第22章
実際のところ進化には様々な種類がある。その中で尊重されるべきものは定向進化であるが必ずしもそれだけに留まらない。
「極端」というものが進化だと誤解されるべきではない。必要なのは純粋な意味での落差である。エネルギーの問題なのだ。
例えば吾輩は16歳の頃から学校に行きながらバイトに勤しんでいた。その行いは苛烈とも言うべきもので家には眠るために帰っていた。しかし今はずっと家にいる。これは位置エネルギーの落差である。生産性が高いところから落差を生むことで楽になるのである。落差とは楽を生むものである。それから性欲についてもクリアされるべきである。性的最欲求が高かった吾輩であるがこちらも去勢によってクリアされた。去勢後においては楽である。これは運動エネルギーに相当するものである。どちらにおいても落差が生じており非常に快適である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー学徒の諸君は悪魔を信じているだろうか。これについても見解を述べなければならない。一般に信じられている悪魔というものは存在としての悪魔である。
これは至って当たり前のことであり見えるものはそのままあるという結論に至ったらしい。
しかし吾輩にとってはそういった存在というのは巧妙に隠されていて実際の所只の意匠である。意匠という語が難しければ衣装である。天にはこういった意匠が悉く存在するため信じるのも無理はないところなのだが至ってシンプルに現実に存在しない。地である地球と同じ対称に世界は構成されていると考えれば悪魔は意匠である。霊は好んで着るようだが突き詰めれば地球で生きていた元人間である。
話はずれるが悪魔という意匠を着る霊というのは犯罪者の霊か劣等感に苛まれていた霊かといった議論は当てはまるだろう。しかし一応には言えないところだ。吾輩は龍を見たことがある。動いていたし霊妙な息遣いだった。空間を支配されたことは間違いないがこれもまた意匠である。現実に存在しないものはやはり存在しない。




