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ホラーは唐突に

「あっ!」


 一人残った賃貸アパートの一室で、サクラは何かに気付いて口に手を当てた。


 彼女の視線の先には台所に置きっ放しの弁当がある。


 慌てて部屋から出たものの、チャリ通の少年の姿はもうなかった。


「……ですよね」


 はあ、と溜息をつく。


「これ、どうしましょうか。お昼抜きは辛いと思いますし……」


 公園での空腹を思い出して自らの胃の辺りを押さえる。

 昼食は冷蔵庫の物を適当に使ったり食べたりしていいと言われている。


「彼の学校も知りませんし、本当にどうしましょう」


 アパート一階の共用通路で弁当を手に悩んでいた彼女の背後に、人影が忍び寄った。


 気配にハッとして振り返ったサクラだが、その魔の手は背後から確実に彼女を捕らえていた。


「――下着はピッタリだったかにゃ~?」

「ひゃああっ、し、静さん……っ」


 朝っぱらからサクラの胸を揉むエロ女子大生静は、その手を離すと彼女の手元を覗き込む。


「おや? もしかしてそれは神代君のお弁当?」

「はい、けれど私を気にかけてくれてるうちに忘れてしまったみたいで……」

「ああ、なるほど~。彼らしいね。で、サクラちゃんは責任感じてそんな思い詰めた顔をしているわけね~」


「空腹は、本っ当に辛いですから」


 妙に実感のこもった言葉だ。

 静はふむ、と顎に指先を当てた。


「届けたい?」

「それはまあ。けれど道も知りませんし、明るい陽の下を堂々と出歩ける身分でもないので……」

「……何か深~い事情があるってわけね」

「ええと、はい……」

「んーじゃ、サクラちゃんがサクラちゃんってバレなければ問題はない?」


 詮索もせず、静はそんな事を言った。


「それなら、まあ。ですがどうやって?」


 小首を傾げるサクラに、静は見た目だけは人の好い笑みを浮かべた。


「ちぃとうちにおいで?」

「えっ……」


 サクラは昨日の出来事を思い出し、直近の所業を思い出し、少しだけ頬を引き攣らせる。


「大丈夫大丈夫、何もしないって。むふふふ昨日だってサイズ確かめただけじゃったろ~?」

「……」


 サクラは物言いたげにしたが、静は気にしない。


「本当に変なことはしないってば~」

「ですが静さんも大学に出掛ける所だったんじゃ……」

「まだ時間あるからだ~いじょ~ぶ!」


 躊躇(ちゅうちょ)の残るサクラの手を引いて自室に連れ込む静は、妙にご機嫌そうに口元を綻ばせていた。






 今日も通常通りに登校してクラスの席に鞄を置いた僕は、いつもよりもそれが軽いのにここでやっと違和感を覚えた。

 中身を探って、思い至る。


「あー……お弁当かあ……」


 忘れ物に今頃気づいて、がっくりと肩を落とした。


「今から戻ったら遅刻間違いなしだよなぁー。今日いくら持ってたっけ……」


 鞄と制服のポケットを漁ったら百円硬貨と十円硬貨が数枚ずつ。二百三十円。

 これじゃあ学食売店で安いパンとジュースを一つずつが関の山だろう。

 女子だったらそれでもいいかもしれないけどさ……。


 今日の午後のひもじさを思うと朝からテンションが駄々下がりだった。


「今日はバイトもあるのに、しんどい……米食いたい」


 朝から暗くなっている僕を見つけた友人たちから事情を訊かれ「弁当の具分けてやるよ」なんて言われて優しさにほろりとしつつも、僕は好意だけを受け取った。

 友人のおかずを減らすのは忍びない。

 彼らだって育ち盛りなんだし。運動部あるだろうし。

 忘れた僕が悪い。

 自分に厳しい損な奴と茶化して言われたりもするけれど、心配してくれての言葉だと分かる。友人たちとはまあ仲良くやっていた。


 そんな日の二限目と三限目の間の中休み。


「お、おーい神代、な、何か女子がお前を呼んでるけど?」


 友人たちと机の周辺で雑談していた僕を、戸口近くにいたクラスメイトが何故かおっかなびっくりな声で呼んだ。


「わかった今行くー。ちょっとごめん行ってくる」


 僕は他クラスの友人が何か用事かなと思い、会話を中断し教室入口に向かった。


「僕に用事ってだ、れ――……」


 両目を見開き凍り付いた。

 僕を呼んだクラスメイトも窺うようにしてこっちを気にしている。

 うちの制服を着たその女子生徒は、


「ああ良かったちゃんと会えて」


 ホッとしたような声を出した。

 顔がほとんど隠れるくらい真っ黒な長髪を垂らした、ホラーな女子生徒だった。


「ど、どちら様ですか?」


 僕は当然ながら、ぎこちない声音で問い掛けるしかなかった。

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