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にじむ懊悩

「この度はうちのミカエルがとんだご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。私はガブリエルと申します」


 僕とサクラの目の前で、黒髪の女性が深々と頭を下げた。

 見た目通り品のある所作だ。


「ほら迷惑の権化(ごんげ)のあなたもきちんと謝りなさい」

「迷惑の権化!? ひ、酷いよ~っ」

「夜遅くに人様の家に押しかけて気絶して介抱してもらい、あまつさえ人様のお菓子に齧り付くなど、迷惑以外の何物でもないと思いませんか、ミカエル?」

「うぐっ……」


 ……確かに。でも辛辣だなあ。


 横に座るサクラもそう思っている顔つきだ。

 昏倒の原因に半分責任を感じる僕たちだけれど、何食わぬ顔を装い続ける。

 歯科医が一目置きそうな芸術的歯型の付いたペロペロキャンディーは、今はテーブルの上に置かれている。

 ……スッポンじゃないけれど、間違っても彼には噛みつかれないようにしよう。


 言葉に詰まった少年は何かで気を落ち着かせようと視線を彷徨わせ、壁のウィッグを見つけて「ひぐっ」と変なところに空気が入ったような音を出した。


 ああ、やっぱ初見だと一瞬そうなるよね。


 サクラがお化けじゃないのは理解してもらったから、もう卒倒される事はないと思う。

 二人共、特にミカエル君の方なんかは「良かった、良かったああっここがお化けの巣窟じゃなくて……!」と涙目で狂喜していた。


「ミカエル、ごめんなさいは?」

「う、あ……ごめんなさい。ご迷惑をお掛けしました」


 少年が凋んだ風船のようになって頭を下げた。

 萎れた美少年……どこかに需要がありそうだなあ。


「あ、いや、怒ってないし、そんな泣きそうな顔しないで」

「そうですよミカエル君。何があったかはわかりませんけれど元気を出して下さいね? 私はあなたの味方です」


「ふえっどうしよう良い人たちだよおガブリエルちゃん……! 僕は僕はあっ、こんな善良な二人を騙そ」

「うおっほん! 帰りますよミカエル? 私たちはこれでお暇致しますね」


 美人さんが彼の言葉を遮るようにして膝を起こした。

 でも「うおっほん!」て……おっさん。

 それに今騙すとか言おうとしてたし?

 しっかり聞こえていた僕だけれど、ややこしくなるからまあおくびにも出さないよね。


「それではお邪魔致しました」

「二人共助けてくれてありがとう。……下手したらあのまま天界に強制送還されてたよお」

「ミカエル、余計なことは言わない」

「お、お邪魔しました!」


 僕達は玄関先で揃って頭を下げて出て行く二人を手を振って見送った。

 齧られた飴は結局はあげた。

 とても嬉しそうにしていたし見た目通り甘党なんだろう。


「ふうー、びっくりしたけど何とか一件落着かな」


 居間に戻って腰を下ろし食後の休憩も兼ねてのんびりしていると、サクラが気を利かせたようにお茶を淹れてくれる。


 な、何てできた嫁なんだ……!っていやいや早まるな。


 しかーし、世界のどんな高級茶だって今僕の手にある緑茶には敵わない。

 熱い薄緑色の液体をすすってほっこり。

 彼女も自分のを飲んでリラックス。


「――ところで、あのお二人って、ここにいらして何をしたかったのでしょう? ミカエル君なんてわざわざ胡散臭い嘘をついてまで。ガブリエルさんは彼を連れ戻しに来たんだとは思いますけれど」

「うーん、さあねえ……」


 僕は飲みかけた格好のまま人知れず硬直した。


 だって敢えて触れずにいた根本的な疑問に突っ込んできたよこの子。

 何と返していいかわからない。


 彼らは十中八九サクラ目当てだ。


 そうストレートに伝えた方がいいんだろうか。

 ここに滞在していた間、彼らは事あるごとにサクラを盗み見ていた。

 特にミカエル君なんて嘘が下手なのか露骨過ぎて思わず苦笑いしちゃったし。


「……あと、少し話題は変わるのですが、先程チラリと仰っていた神父と言うのはどのような感じの方でしたか? 人数も……」


 二人の事は案外大して気にならないのか、彼女はこっちこそ本題と言う風に口調と表情を引き締めた。


「神父? ……ああ、サングラスしてて、強そうだったかな。人数は一人だった」

「サングラス……」

「法衣着てたから神父って思っただけで、実は違うのかも」

「……いえ、きっと神父で間違いないと思います」


 思い当たる節があるのか、天井の光がたゆたう湯呑みの中に目を落とし唇に自嘲を浮かべる。


「何かの(めい)を受けて動いているのでしょう。場合に応じて護衛もこなすので彼らは荒事にも長けています。なるべく神代君にはご迷惑をお掛けしないようにと思っていましたけれど……」


 そう言うサクラは何事かを真剣に思案しているようだった。


「あのさ、邪魔が入って話半分も聞けなかったから改めてまた訊くけど、君は何のために今、ここに居るの?」


 僕は時間を巻き戻したように、途切れていた問いの続きを再開する。


「何のため……」


 僕の問いかけに彼女はしばし黙した。


 小さくゆっくりと湯呑みを回すようにしていたかと思えば、やがてピタリとその手を止める。


「――私は、必要なのでしょうか」


 ポツリと、凪いだ水面に落ちた一滴のように、静かな室内に声の波紋が広がった。

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