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「神」隠し

 神が暮らすは白雲を敷き詰め固めたような不思議な世界――天界。

 そこに建つ神殿は、白く輝き大きく荘厳だ。入口には太い柱が林立し本殿へと続く道には何段というか何万段にもわたる無駄に長い大階段が備わり、その終点にある神殿本殿の内部では教会天井画よろしくの白布な出で立ちをした天使たちが忙しなく動き回り天界業務を行っている。

 天使の地位によっては個々の執務室も設けられている。


 因みに天界業務とは主に人間たちの生死や転生に関わる諸々だ。


 そんなある日。


「たたたた大変大変大変だよおおガブリエルちゃ~ん!」


 天界でも評判の美少年天使ミカエルが長い金髪を振り乱しながら大慌てで同僚の執務室に駆け込んだ。

 ただでさえ人外の赤い瞳は泣き腫らして白目まで赤くなっている。


「何事です?」


 ミカエルの声に溜息と共に眉をひそめて不機嫌に応じるのは天界では珍しいファッションの一つ、軍服姿の一人の麗人だ。


 彼女は名をガブリエルという。


 こちらも無論天使である。

 因みに彼女は黒髪ショートに青い目をした中性的な美人だ。

 たまにミカエルから「ガブリエルちゃんって男女どっち?」と訊かれてその都度蹴り飛ばしたりする癖がある。


 大神殿いや天界の主たる神の身辺には天使たちが仕え、二人も例外ではない。

 序列だってある。

 まあ時に序列は天使個々人の性格的なもので全く無意味な地位と化す場合もあるが。


「だから大変なんだよおおお! 天界の一大事なんだよおおお~!」


 要領を得ないミカエルの説明にイラッとしてきた短気なガブリエルは、常の如くこう問うた。


「あなたはバカですか?」


 と。


「……ッ、バ、バカ!? バカだなんて酷いいいいいガブリエルちゃあああん! せめてお前アホかって突っ込んでよおおおおっ!」


 涙を浮かべる赤い瞳を無視して、ガブリエルは机と椅子以外調度のほとんどない殺風景な自身の青白い執務室に目を向けると、軽く片手を振った。

 するとそれまで空中に浮かんでいた膨大な量の文字列や画像のホログラムが一瞬にして掻き消える。この先三日のうちに生まれたり死んだりする人間たちの情報だ。

 ホログラムの起動や停止は天使の持つ能力の一つだった。


「で、何が起きたのですバカエル?」

「バ!?」

「どうかしましたかミカエル?」


 ガブリエルが直前までのやり取りを一切なかった事にして訊ねると、ミカエルは涙を拭いて姿勢を正した。


「ガブリエルちゃん、驚かないで聞いてね?」

「はいはい。で?」

「実は、神様が……ううっ……」

「何ですか早く言いなさい」


 ミカエルはまたもや涙目になった。

 日頃から彼は良く泣くけれど今日の動揺は何かが違う。

 一体何がとガブリエルが内心慎重な姿勢を強めた時、


「神様が――いなくなっちゃったんだよおおおっ!」


 ミカエルが涙を散らして訴えた。

 さすがにいつも冷静沈着な鉄面皮とまで周囲から言われるガブリエルも、一瞬目を瞠って息を詰まらせた。


「……そうですか。それでその時の状況は?」

「ちょっとトイレって言われて待ってたら中々出て来なくて、様子見に行ったら忽然といなくなってたんだよおお~! 神殿の何処捜してもいなくて、どうしよう~!」

「全く、あなたは基本神様がトイレになど行くと思ってるんですか?」

「え? 行くでしょ?」

「……行きません!」

「そっそんなぁ~どうじよおおおお~!」


 おーいおいおいと床に覆い被さって泣きじゃくるミカエルの様子に、ガブリエルはこめかみを押さえ眉間にしわを刻んだ。


「鼻水、付けないで下さいよ?」

「ひぐっ!」


 手遅れだったようだ。

 びろーんと鼻水を床にくっ付けたまま顔を上げたミカエルを、ガブリエルは底冷えした眼差しで見下ろした。彼女の青い瞳の色が寒々しさに一層拍車を掛けている。

 そう言えば彼女は潔癖に近い綺麗好きだった……と、同僚の怒りを感じ取ったのか、ミカエルは「え、へへっ」と半笑いした。素早く袖で床を拭く。


「ええと、これぞまさに神隠し、だよね……?」

「じゃかしいッ!! さっさと他の天使にも神様捜索の通達をして来なさい!!」


 ガブリエルはブチ切れ、ミカエルの尻を蹴って執務室の外におん出した。


「お尻が割れるように痛いよガブリエルちゃああああん! びえええええええ~!」


 天界に天使ミカエル涙声がいつまでも上がっていた。


 その後、姿を消した神様を捜すも天界のどこにもおらず、天使たちは地上、つまり人間界にまで捜索の手を伸ばす事を余儀なくされたのだった。


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