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短編集 女魔道士の正義  作者: 黒機鶴太
女魔道士の責任
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女魔道士の責任



 王思玲は街に一人でいた。台北にもクリスマスは訪れるのに、彼女は誰とも話していない。この二日に限ったことではないが。

 ツリーに綿でできた雪が飾ってある。南国のくせにホワイトクリスマスかと鼻で笑う。でも一度は雪を見てみたいな。台湾の高山の腐ったような雪でなく、純白の雪を。

 思玲は姿隠しの結界をぬぐい、背筋を伸ばす。


 いつもの人混みに異形の気配を追いきれない。あいつは私を警戒して、異形が好む私の匂いに引き寄せられない。屋台の店頭で餅を立ち食いし、向かいの路地を見る。異形の好みそうな闇……。今日はあそこで張るか。


 夜十一時をまわっても、暗渠のような路地に現れるのは人間と鼠だけだ。立小便が一人と嘔吐が二人、その上で抱擁を交わす中年の男女はまだ目の前にいる。いきなり現れてやろうか?

 台湾のクリスマスなんてこんなものだが、東京は華やからしい。一度は覗いてみたいが寒いのだろうな……あの日本人はどうしているだろう――。


 気配を捉えた。


 思玲は結界をまとったまま立ち上がる。さらに奥へ進み、崩壊しそうな錆びた非常階段を登る。



 屋上への扉は固く閉ざされていた。仕方なく結界をぬぐい小刀をかざす。金色の光を浴びて、錆びた扉は向こうへ倒れる。屋上には骨が散乱していた。鼠は丸呑みしているらしく、猫や犬の骨だけだ。……片隅に頭蓋骨を並べていやがる。ここが縄張りらしいが、人骨は見あたらず安堵する。

 賢く素早く臆病な奴だから、私がいれば現れない。思玲はあきらめて屋上を後にする。一時間後、姿を隠したままで現れる。血や鳥の糞で汚れた屋上に腰をおろす。結界があろうが尻から冷えていく。夜明けなどはるか先だ。


 ***


 屋上での三度目の夜を迎えた。人の目に見える異形が相手だから、悠長にしていられない。今夜現れなければ師傅に頭をさげよう。助けを求めよう……。

 私は心のどこかで来ないことを望んでいる。思玲は眠気と空腹を紛らすために、炒った唐辛子をまたかじる。


 下弦の月が昇るころ、そいつはクマネズミを二匹くわえて現れた。疑り深そうに、垂直の壁から顔を覗かせる。うす汚れた白い全身を露わにする。

 並の猫の倍はあるな。それでも見た目はただの猫だ。豹でも、もちろん白虎でもない。


「ふふふ、あなた達は生きたままゆっくりと食われます」


 何故に日本語で語る?


「いつか人の赤ちゃんを食べたいですよね」


 ここからだと遠すぎて、異形の白猫なら避ける。思玲は小刀をくわえ扇を握り、結界をまとったまま匍匐して進む。穢らわしいものが、彼女の服と長髪を汚す。人の心を失った異形はまだ気づかない。

 思玲は立ちあがる。見おろされても、母親であった白猫はまだ気づかない。白露扇を持つ手に力を注ぎこむ。ゆっくりと護刀と交差させる。


「ジェーン、赦してくれ」


 蓄積され増大した彼女の力が金色と銀色の螺旋となり、姿隠しの結界を突き破る。再度異形と化した人へと向かう。きれいな女性であった異形が見上げる。同時に光に包まれる。瞬時に消滅する。


「あなたをおとしめたのは楊偉天ヤンウェイテン。それと私だ。奴らのが私より数枚上手だった」


 おのれの過信と怠慢と甘えから、四神の資質をもつ人間は再び老師達に狙われた。次は朱雀でなく白虎になるべく白い光を当てられた。

 そして白猫となり、逃げても誰も追わなかった。失望した奴らからも見捨てられた。ただ一人さまよい、二日後に異形と化した。人であった彼女を、娘さえ覚えていない。


 思玲は浮かびあがる人の魂に背を向ける。




 路地から大通りにでる。二日前と変わらぬ喧騒に迎えられる。町なかにうごめく忌むべき異形は退治した。忌むべき力を持って生まれた者の、最低限の責任は果たした。


「雪を見たいよな」


 彼女は最後に残った唐辛子を口に放りこみ、雑踏に消える。



              終

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