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短編集 女魔道士の正義  作者: 黒機鶴太
女魔道士の正義
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 風雨は弱まっていく。思玲はショルダーから目覚まし時計をだす。五時三十分。アラームを八時にセットしておくかと思ったが、意味もないのでそのまましまう。


「そのかばんにはなんでも入るのですね」

「くちばしを入れるな。これにも罠は仕掛けてある」

「時計を持ち歩かなくてもスマホを」

「日本人は黙れ。台湾の魔道士は携帯電話もパソコンも持たない。テレビも観ない」


 枝にジェーンを乗せ、日向とともに姿を隠す。思玲だけがなおもくすぶる車へと近寄る。オニハイエナが二体、黒い血を吐きながら横たわっていた。思玲は姿を現し、護刀からの金色の光でとどめを刺す。邪気が霞んでいく地面があった。もう一体はここで消滅したな。


 覆っていた巨大な結界を消す。大型四駆車が現れると同時に、森から鬼が転がりでてきた。


「思玲……、なんてことしやがった」

 切り裂かれた全身から黒い血を垂れ流しながら、紅宝が恨めしげに見る。「爆発の衝撃で、チャンプの首輪が外れちまったぞ」


 鬼はチベットピットブルに背後から押し倒される。首を噛みくだかれ、貪り食われながら消滅していく。ピットブルが赤い目を思玲に向けた。彼女は運転席に飛びこむ。

 側面から衝撃を受けて、四駆が横転する。術をコーティングしてある窓ガラスに、ピットブルが牙を押し当てる。私の指三本分はある牙だ。思玲は横たおしの運転席から護刀と扇を上へとかまえる。こいつが窓を割った瞬間に螺旋の光をぶつけてやる。


 ピットブルがふいに顔を離す。


「俺は見ていたぜ」残忍な声。「お前が猫を隠すのをな」


 ピットブルが車から飛び降りる。思玲は馬鹿正直に追いかけない。天井沿いに後部ドアまで這い、開けるなり両手を交差させる。待ちかまえていたピットブルが吹っ飛ぶ。四肢で着地して、思玲へと唸りをあげる。

 思玲は車からでる。レインコートを脱ぎ捨てる。空には北へと急ぐ雲が視認できる。雨はさらに弱まっている。晴れた朝までまだ一時間以上……。


「木霊よ」


 思玲は森へと呼びかける。返事が戻らず舌を打つ。内心安堵する。


「お前はうまそうな匂いだ。子供の頃から、俺らみたいのにまとわりつかれただろ」


 ピットブルがよだれを垂らしながら彼女へと駆ける。思玲は背を向けて逃げる。つまずき転ぶ。


二、一、零!


 振りかえるなり、螺旋の光を魔犬の顔面へ放つ。至近で喰らった犬が吹っ飛び樹木を揺らす。さらに二発追い撃ちする。ピットブルの体から黒い煙があがる。


「……俺はチャンプだぜ」


 ピットブルは立ちあがる。ただれた顔で体を震わすと、焦げた毛並みが落ちていく。思玲は体を旋回するように舞う。飛びかかった異形の犬を跳ねかえす。

 結界の中で膝に手を置く。呼吸を整える。


 完璧に張れた跳ねかえしの結界だから、こいつの攻撃なら半日は耐えられる。だが、こいつはジェーンと日向のもとに向かうだろう。二人が姿隠しの結界ごと食われるのを見るわけにはいかない。

 そんな心を読んだかのように、チャンプは思玲に背を向ける。隠された四神くずれのもとによろよろと歩む。……まともな螺旋の光を打てるのはあと一回ぐらいか。お互いに最終ラウンドって奴だ。


 思玲は結界をぬぐう。背筋を伸ばし覚悟を決める。


「馬鹿犬! 私をさきに食え!」


 チャンプが挑戦者へと振りかえる。ゆっくりと寄ってくる。光を避けるつもりか? そして至近で駆けだすのだろ。

 思玲もチャンプへと歩む。この犬の間合いまであと三歩、二歩……。

 ピットブルが跳躍した。流れる雲の下で思玲へと飛び乗る。彼女は片面だけの結界ごとアスファルトに叩きつけられる。チャンプは結界を噛み砕いていく。……腹も固そうだ。この太い首はちぎれない。狙うのは……。結界が崩壊し、雨に濡れたけだものの匂いがした。

 生臭い口臭。チャンプが口をひろげ思玲の顔を丸ごと噛み砕こうとする。思玲は面前で扇を交差させる。金色と銀色のスパイラルを、チャンプは至近でかわす。前足に護刀を持つ手を押さえこまれる。彼女の顔へとよだれが垂れる。


「我、人を護るため――」


 目前の暗渠へと扇を突っこむ。牙が手の甲をかすめ、跳ねかえしの結界が巨大な口に飛びこむ。


 チャンプの体が離れる。巨大な犬が路上で悶絶しだす。痙攣しながら黒い血を吐く。

 思玲は地面に手をつき立ちあがる。……もう私にはこいつにとどめを刺す力はない。術をコーティングしたタイヤで轢き殺したくても横転している。じきに小鬼が現れる……。

 彼女はジェーン達のもとに行く。結界を消すと、恐れに満ちた鷲と猫が現れた。閉じこめられたまま死闘を見せつけられたら当然だ――。白猫のひげが立った。

 邪を制す光を背中に感じた。


 ピットブルの断末魔の叫び。思玲は一羽と一匹を抱えて振りかえる。

 チャンプはすでに消滅していた。兄弟子でもあるリウ師傅しかいなかった。

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