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短編集 女魔道士の正義  作者: 黒機鶴太
女魔道士の孤独
15/18

十二

「私だけが向かいましょう。思玲様はここで彼らをお守りください」


 小鬼が魅力的な提言をしてきたが、こいつはずる賢くもある。力及ばず無念でございます……などと言って実は昼寝しているかもしれない。しょせんは異形だ。


「私達は息子さんの奪還に向かう。誰もここから出ないようにしてください」

 ここから出られそうもない巨大すぎる陸ガメに告げる。

「ここには盗人も現れない。あなた方のことを誰も覚えていない。そして、あなた方はいまの記憶を失う。案ずることなく過ごしてください」


「あなたを信じよう。必ずやお礼をする」


 即答かい。この亀というか人は肝が座りすぎて怖いぐらいだ。妻と娘からも全幅の信頼を受けているし、彼こそ家族を守るのに懸命だし。当たり前に思えても、そうでない者がいるのも確かだ。


「では北海道旅行をお願いする」


 私は彼らの記憶から消える。だったら夢想させてくれ。

 感謝されての往復チケットで雪を見にいく。小鬼も連れていこう。なんて言ったっけ……炬燵だ。それがある宿にしよう。そこで赤い林檎を楊枝で食べて、部屋から雪をずっと見よう。


「冗談だ。サヨナラ」


 思玲は家族だった異形達の根城をあとにする。


 ***


 小鬼の特技に、手のひらを向けるだけでエンジンを起動させるなんてのがある。それを利用して、思玲は黒色のヤマハスクーターを拝借する。所有者が怒り悲しむのはわかっている。なので心でたっぷりと謝罪した。

 魔道士だろうと風をうければ手がかじかむ。ヘルメットに染みついた男もの整髪剤が臭い。爆竹の音。獅子舞を乗せたトラックとすれ違う。人の目に見えぬ小鬼がバスケットに座り道案内を始める。


「楊偉天は、まだあの山の中で過ごしているのか?」

 私が青春を過ごした人里離れた地。師傅が術や武闘の鍛錬して過ごした地。


「どこのことでしょう? 奴は居場所をかまえません」

「知らぬならばいい。だかあてはあるのだな?」

「ご察しの通りです。楊偉天は巨大リクガメを見て『嘉南ティアナンに飼っているワニと戦わせてみたい。この甲羅が通じるか見てみたい』と言いました。おそらく気が変わり、虎とワニを戦わせるつもりかと」


 すれ違うノーヘルおやじが私に手を振る。朝から酔っ払いめ。


「ワニって、ただのワニか?」

「南で見かけるイリエワニです。……ただし鱗が青色です」

「……なぜにまだ存在している?」


 私達が気づかぬ犠牲者がいた。そいつは青龍の光を浴びてワニになった。四十八時間が過ぎて人の心を失い、楊偉天に飼われている。


「私も今朝がた聞かされましたが先週の話です。楊偉天は生け贄をそこに拉致しました。人でなくなる様を観察したそうです」

「ほかの方々は?」

「鶏と白猫と蛇は人の心が残るうちに、ワニに喰われたそうです」


 これは私の責任だ。師傅の責任だ。私達も老いた妖術士に飼われていた。だから私達は命に替えても老人を倒す義務がある。


「嘉南はここからだとすぐだよな」

「はい。三十分ほどです。そこにあるゴルフ場のオーナーは、楊偉天を信奉しております。改装休業とのことにして、奴に貸しだしております」

「商売にならんな」

「忌むべき者に関われば破滅だけが待ちますゆえ。そこの道を左にお曲がりください」


 小鬼に指図されて、忌むべき私は盗んだバイクを走らせる。春節だろうと冬の畑で働く方々。登り坂になってきた。……そろそろすべきだな。私と小鬼がつながっているのを確信させるわけにはいかない。


「ここから一本道です。あと十分でゴルフ場が見えてきます。その林で済ませましょう」


 小鬼が速度上がらぬバイクからふわりと降りる。思玲はガジュマル群生地の脇へ停める。眼鏡をかけなおし、肩にかけたままのバッグから扇と小刀を取りだす。


「……螺旋ですか?」小鬼の顔色が変わった。

「ただの光でお前を仕留められるはずないだろ。疑われる」

「直撃すれば私は消滅しますが」

「案ずるな。かすめるだけだ。しかもあと十日で新月だから、傷も即座に復活する」

「……御意」


 引きつった顔で浮かぶ小鬼でなく、その1メートル左へ向けて、思玲は白露扇と小刀を交差させる。金色と銀色の光の螺旋が飛びだす。


「ひい」


 避けやがった。今日はすでに一発だしているのに。


「次も逃げたら本気で当てにいく」

「面目ございません」


 再びの螺旋を真横に受けて、小鬼が吹っ飛ぶ。ガジュマルに衝突する。地面にうつ伏せに落ちる。


「……充分だな。これなら一撃で降伏したと思うだろ」

 思玲はひたいを伝いだした汗を拭きながら言う。強い術は体力を奪う。


「仰せのとおりです」

 フードがずり落ちた小鬼が頬から黒い血を垂らしながら、よろよろと籠に乗る。


 バイクは再び農村のアスファルトを進む。集落の広場が見下ろせて、獅子舞が対で踊るのが見えた。音楽は聞こえない。……私はいまから獰猛なワニに屠られる怯えた虎を見るのだろうか。私が老いた妖術士に屠られるだろうか。


 ***


 閉鎖されたゲートからずいぶん歩かされる羽目になる。

 楊偉天は駐車場で待っていた。宙に浮かんでいる。片手に小刀を握り、もう片方の手に傷ついた小鬼のパーカーをぶら下げる私をにらんでいた。……刈り込んだ白髪頭に白シャツのいつものスタイル。もう百歳を過ぎたかな? さらにしぼんだようだけど、マジで怒っていやがる。


「老祖師お赦しください。穴熊などに捕らえられ面目ございません」

 小鬼が演技を始める。


「老師、恭喜發財ゴンシーファツァイ紅包(お年玉)はいりません」

 思玲も空に浮かぶ老人をにらみ返す。怯えを見せるな。

「こいつは老師の居場所を吐きませんでしたが、なぜか到着できました」

 小鬼の責任を少しでも減らす必要がある。


「……昇か」


 楊偉天が劉師傅の下の名を口にする。何故に正義の味方が秘密基地に現れられるのか。劉師傅が導いたと納得したようだ。あの人は戦いの匂い――死の匂いを感じとる。飛行機に乗っていようと、地上に禍々しい気配あれば感づき飛び降りるほどにだ。さすがにそれは冗談だが。


「師傅もじきに到着します。私はあなたに捕らえられた人を救うために、先んじてやってきました。……新年早々無益な戦いはすべきでございません。虎になった若者を人にお戻しください。さすれば私も小鬼を成敗することはありません」


 思玲はひたすらにらみ続ける。小鬼は楊偉天の寵愛を受けているらしい。『スマホを買ってもらえるかも』などと言うほどにだ。賢い式神は貴重だから、誰だって傍らに置いておきたいのだろう。私のもう一羽の式神も鳥類だけあって小利口だが、生意気でいい加減だ。


「ひひひ、我が弟子であった王思玲よ。儂が杖を向ければ、お前は苦しみながら死ぬ。それは分かっているか?」

「小鬼も一緒に地の底に連れていきます」

「苦しみも与えずに即座に殺すこともできるぞ」

「それでも小鬼も地の底に連れていく」


 思玲は小鬼の首を4センチほど斬る。悲鳴が駐車場に響く。人の耳には届かない異形の悲鳴。聞こえるのは、ここにいる忌むべき師弟だった二人のみ。


「儂は今日までお前を大目に見てきた。式神に命じれば、いつでも命を奪えたのにな。いつでもだ」

 楊偉天が杖を掲げる。

「いまここで屍にしてやろう」


 即死の術――思玲は小鬼を盾にする。

 それでも楊偉天が杖をおろす。朱色の光がふたつ飛んでくる。速くはない。この距離で私ならば避けられる。


「追尾する光です」小鬼が潜み声で告げる。「扇を」


 思玲は小刀を捨てる。小鬼のフードに隠した白露扇を取りだし即座に、


「我は頼るものなき人々を護るため、この地に現れし」

 扇を振るう。「我が呪われし力を彼らのために使わせ賜れ」


 跳ね返しの結界に包まれる。朱色の光は見えない防壁を削ることなく消滅する。


「老祖師、助けてください! 僕はもちません」


 黒い血を首から流しながら小鬼が結界の外へと叫ぶ。……オーバーに思われるかな。もう一筋傷を作るべきかも。

 小鬼がぎょっとした。私の考えを感じとったな。


「ろ、老祖師! は、はやく逃げましょう。劉昇が向かっています!」


 逃げろ逃げてくれ。私は結界のなかで念じる。小鬼を地面に落とし、踏んづけながら、小刀を拾う。鳥が鳴いている。積もる雪を見たい。

 楊偉天が杖を掲げる。そして降ろす。それだけで私の結界が消える。

 差し違えてやる。

 思玲は白露扇と小刀を交差させる。


 でも楊偉天の老いた体が蜃気楼のごとくなっていく。私の螺旋の光は素通りする。


「……そうじゃったな。愛しい思玲を殺めれば昇が荒れ狂う。真なる青龍の資質を見つける日までは、儂はこいつに手出しせぬ。小鬼よ帰るぞ」


 老人のしゃがれ声だけが聞こえる。


「虎である人はここのどこかにいる。青色のワニもいる。警備で双子の鬼もいる。探してみるがいい。……お前は私を蔑んで見る。だが、お前も同類だろ。人を殺した王思玲よ、お前の罪は消えぬぞ。ひひひ……」


「へへへ、穴熊め、おととい来やがれ」

 足もとから小鬼も消える。「ご武運を、躊躇せ――」

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