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短編集 女魔道士の正義  作者: 黒機鶴太
女魔道士の孤独
14/18

十一

 姿隠しの結界をせぬまま思玲は土足で室内に入る。敵が残っているとしてもせいぜい鬼だろう。


「我が主、お気を付けください」


 なんてことだい。パーカーを着た男の子が、埃まみれで電子レンジの隣に浮かんでいた。フードをすっぽりかぶっているが、それをはずせばたんこぶみたいなツノが現れる。こいつは楊偉天一味の幹部である、知恵ある小鬼だ。そして私の式神だ。こき使える最強の手先だ。


「罠だらけか? はずしておけ」

 思玲はぞんざいに命じる。


「……そこまでではございませぬが、用心は大事です。しかしいきなりキッチンドアを破壊して侵入するとは、さすがは我が主であられる思玲様。あわや巻き込まれかけて恥ずかしい限りです。

こちらにも罠は仕掛けてありませぬが、用心は重ねてこその用心です。いまの破壊音も花火や爆竹でおそらくかき消されたでしょう」


 私の所業を暗に非難している気もするが、こいつがいるのは僥倖だ。


「急襲して殲滅が戦いのモットーだ。近所の人間が覗きにこないように、人除けの術を四方にかけておけ」

「ただちに。ちなみに飛び蛇が一匹おりましたが、処分しておきました。それも思玲様の功績でございます」

「うむ」


 飛び蛇とは伝令をつかさどる式神だが、小鬼の好物でもある。つまり仲間に背後から喰われたという奴だ。

 素早いうえに姿を隠せる蛇を、私が仕留めたことにしておけば、小鬼は楊偉天らから身中の虫と疑われない。楊偉天の故郷である大陸の汚水のように、奴らの情報が私達に垂れ流されていることがばれない。


「ここの家族はどこだ?」

「私が三階に集めさせました。人除けをかけ終えたら、案内させていただきます」


 思玲は天井を見つめる。異形の気配は感じとれない。

「静かだな。悲鳴が一度聞こえたきりだ」

 狂乱してもおかしくないのに。


「いずれも正気を保っておりますので。ただ、今朝早くに楊偉天がここに現れてからは、私は一階で見張りをさせられておりました。その後のことは知りませぬ」

「私と師傅の到着を奴らに教えたのか?」

「奴らは私より先に感づきました。……あの二人がいる場から抜けだして大燕に言付けるのは、なかなか勇気が必要な所業でした」

「大儀であった。あとは任せろ」


 子鬼が裏庭へ向かい、思玲は腕を組み厨房を眺める。

 大穴を開けたおかげで冷蔵庫が犠牲になったが、それ以外は整頓されている。その向こうは居間か。覗き見するつもりはない……。長男の家が近所と聞いている。そこで春節を祝い、帰宅したところを襲われた。泊まっていけば難を逃れたのに。数日だけだとしても。


「お待たせしました」

 小鬼が早々に思玲の開けた穴から現れる。すいすいと急な階段を先導する。


「十六歳の息子に白虎の資質がありました。その巻き添えで、妹が白虎くずれ、母が朱雀くずれ、父親が玄武くずれになりました。ここが留守の間にあいつが忍び込み、家族が戻ったところで四玉の箱を開けました」

「お前も同行していた」

「はい。歯向かえば命はなかったでしょう」

「だろうな」


 思玲は階段をきしませる。二階にドアは二つ。どちらも閉まっていた。


「ここは子ども部屋です。この上は夫婦の部屋とシャワールームになります。そこに白猫とオオトカゲとニワトリと陸ガメがいます。……父親であった陸ガメは大きいです。資質なき者なのにと、楊偉天が感嘆しました」


 でかかろうが小さかろうが、玄武ではない。つまり失敗作だ。


「白虎の資質ある者も白猫か」

 これこそ失敗作だ。またも処分の対象だ……あれ?


「大燕に伝令したとおり、オオトカゲになりました。飛んできた青い光から妹を守り、自分が青龍くずれになりました。結局白い光が妹に向かい、つい先ほど告げたとおりに、彼女は白猫になりました」

「端折らずに伝えておけ」


 三階への階段なんて短いに決まっている。屋内だと爆竹の音が遠い。目前の部屋も息を殺しているのか静かだが、いよいよ異形の気配が漂う。だが弱い。


「あらたな罠があるかもしれませぬ。まず私が入りますが演技をお願いします。生贄の者達が傷つくかもしれませぬので、術はご自重くださいませ」

「分かっている」


 小鬼がドアに手のひらを向ける。解錠された音がした。


「くそう穴熊め。ここが化け物どもの寝床だ。案内したのだから、命だけはゆるせよ……罠もないようだしな」

 小鬼がよたよたと転がり込む。


「貴様の命など知らぬ。私は、ここにいる方々を人に戻すことしか…………」


 正義の味方を気取り颯爽と登場するつもりが、口をあんぐりしてしまう。

主寝室すべてが陸ガメだ。こちらを向いている尻尾だけでも私ぐらいある。デカすぎる。中に入れない。

 そいつは室内でもそもそと体を動かす。入口へと顔を向けようとしている。


「妻と娘を人に戻せ。永代呪ってやる」


 この亀は強い人だったのだろうな。異形に堕ちても絶望も混乱もせず、なおも戦おうとしてる。家族を守ろうとしている。


「私はあなた方を救いにきた。しかしあなたは大きいな。この部屋で黒い光を浴びたのだろ?」

 そうでなければ入室できない。


「妻は雌鶏になった。娘はヤモリになった。二人を人に戻せ」


 巨大な亀が首をすぼめて体を旋回させながら言う。その二人はこいつの甲羅で見えないけど……ヤモリ? 妹が青龍くずれ? 情報と違うぞ。


「オオトカゲはどこだ? 白猫はどこだ?」

「私こそ聞きたい。息子を返せ」

「私が尋ねている」


 思玲は、顔の向きを正面に直した陸ガメをにらむ。私など頭から丸呑みされるサイズ差だが、素手であろうと負けるはずない。それは父親であった陸ガメも感じとり、目を逸らす。


「先ほど老人がやってきた。そいつはあの箱をまた開き、宇翔イーシァン麗妤リーユーは元の姿に戻った。……老人が私の前で笑いながら、杖を掲げておろした。青い光が当たり、今度は麗妤はヤモリになってしまった。白い光を受けた宇翔はホワイトタイガーになった。あの老人と女は何者だ? 私達をもてあそび、笑みを浮かべていたぞ」


 虎だと? 白い虎……。


「奴らを知る必要はない。それより息子もデカくなったか? どこにいる?」


 亀が邪魔で室内を眺められない。とはいっても、そいつも大きければ尻尾ぐらい見えるだろうし、ベビーサイズかも。


「普通の虎ぐらいだと思う。気を失い横たわっていたが水牛ぐらいあった」


 ならば常識の範囲内だ。四神獣である白虎が具現したわけではない。伝説である正真正銘の白虎ならば、この棟すべてより大きい。

 父である陸ガメが再び思玲を見る。


「宇翔は老人が連れていった。取り返してくれ。お願いします。お願いします」

 思玲へと何度も頭を下げる。


 師傅は鍛錬の妨げになるからとスマートフォンを所持しない。私もだから、もはや連絡とれない。常に自己判断を迫られる。


 私はここで、この人達を守らないとならない――異形が来ないのならば人除けの術だけで充分だ。


 白い虎を連れ去った楊偉天を追えるはずない――追えてしまう。配下である小鬼は行き先を知るに決まっている。そして師傅に親分を追跡させぬために、あいつは箱を囮にして別々に逃げた。


 まだ時間はたっぷりある。あの老人はしみったれているから、四玉の箱を壊すのを認めないと断言できる。……師傅恐怖症の鴉女なら追い詰められたら、おのれの命と引き換えに箱を捨てるだろうな。

 なので師傅ならば箱を奪いとる。ここにいる三人は、異形になった記憶もなくして人に戻れる算段が高い。ここにいない一人のことを記憶からも失い、子ども部屋がふたつあることを疑問に思わずに、春節の休暇を楽しむだろう。旅行にも行くかもな。なんで四人分も予約とったのだろうと不思議がりもせず……。


 思玲は浮かぶ小鬼を見る。こいつも困惑していた。そのくせ、

“ここにいましょう。老祖師と戦ったら命がいくつあっても足りません。劉師傅に任せましょう”

 そんなオーラを必死に飛ばしている。だが思玲が命ずれば、ともに死地へ向かうだろう。資質があるがためだけに虎に変えられ、おぞましき実験の材料になるだろう、連れ去られた少年を救うために。

 思玲は覚悟を決める。


「ここに残る。師傅の帰還を待とう」

  私は空芯菜だ。中身がなきまま、ずっと後悔して生きてやる。


「御意」

 安堵した小鬼が演技を忘れてかしずく。


「私と夫はどうでもいいです。宇翔を……宇翔だけを救ってください!」


 これは雌鶏の叫びか。妹はどうでもいいのか?


「お願いします、哥哥(お兄ちゃん)を助けてください。それまでは、私はどんな姿だろうと我慢します」


 これはヤモリの切願。強い家族愛だ。うらやましい。


「わかった。任せろ」思玲はうなずいてしまう。

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