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短編集 女魔道士の正義  作者: 黒機鶴太
密かなる狩りの者
12/18

憧憬すべき者

「修行です。あなたに任せます」

 還暦前の女性、すなわち師匠が言い放った。


「マジですか?」


「ふう」と師匠がため息をつく。ヤバい、説教が始まる。「志乃しの。聞きなさい」


 車が通り過ぎる。夜道にたたずむ二人を照らす。師匠の義眼も照らされる。


「私たちのように忌むべき力を持って生まれる人はいます」


「はい。闇を怖れ火にすがるだけの人々を守るためです。そのために、人を凌駕した力を持つものは存在を赦されます。その力を悪しきことに使えば、悪しき力に飲み込まれ凄惨な死と死後が待っています。だから、その身が朽ちるまで人を守るだけです」


 先回りしてしまった。師匠の眼差しと対峙するのが怖いから仕方ない。

 師匠はやや不機嫌になったが何も言わない。この人は誰よりもやさしくて甘い。戦いになると容赦ないけど。残された眼光は恐ろしいけど。


「所詮は怨霊です。魔物ではない」

「はい」


 説教を回避できてくすくす笑ってしまう。


「素敵な笑顔ね。やはり志乃の魅力が必要です」


 もう言い返せるはずないけど……悪戯好きな子どもの霊が私へと食欲を示すだろうか。師匠が近寄るだけで逃げるのは間違いないにしても。

 要するに、このやさしいおばさんは電車で悪さする坊やを懲らしめられないだけだ。


「成仏でいいですか?」

 それならば、並みの霊媒師で済ませられる。分かっていても尋ねてしまう。


「驚いたお婆さんが心臓を痛めて亡くなりました」

「分かりました」


 報いを与えないとならないのか。


 *


「お姉ちゃん、いい匂いがするね」


 誰にも見えないその子さえ私に興味を示してきた。人少ない郊外の駅に停車した電車で私にくっついて座る。


「君の名前は? いくつ?」

 私はくすくす笑いながらやさしく伝える。


「なにそれ? 薄笑いって奴?」


 足もとから声がして跳ねあがりそうになる。電車の床に若い白人女の顔が浮かんでいた。……霊じゃない。


「坊や、お空でなく地の底に送られるわよ」


 その声に子どもの霊が闇へと逃げる。

 私は右手に火伏せの札を具現させる。左手をポケットに入れて端末を探る。非常事態ボタンを押す。師匠が来るまで生き延びろ。


「そのお札は私に通じないし、あの狩りの者へ電波は届かない」

 女の姿をした魔物が手を伸ばす。「ずっとあなたを食べたかった。あなたが小さい頃から狙っていた。幼馴染みたいなものよ。でね、年ごろに育っておいしくなるのを待っていた」


 魔物が私の足首を握る。心底から震える冷気が伝わる。魔物の手へと護符を押し当てる。護符が崩れて消える。


「こんな部位でもおいしい」

 魔物が恍惚の表情を浮かべる。「胸はどんな味かしら? 脳髄は? 眼球は? 子宮は?」


 握られた右足が朽ちていくと感じる。心臓が凍てつきそうだ。


「ふざけんな!」


 私は足を振り回す。

 若い女性二人が別車両へ小走りする。でも初老の酔ったオヤジが向かいのシートで好奇と卑猥の眼差しで見ている。

 巻き添えがでようが、ここを離れられない。煌々と照らされた車内にさえ出現できる魔物――闇に向かったら太刀打ちできるはずない。


「もっと怯えてよ。あの男を殺したらどれくらい心が震えて美味しくなるかしら?」

「ジジイ、逃げろ!」


 私は夜叉の面で男へと怒鳴る。男は異なる世界を感じとる。車両から飛びだす。同時にドアが閉まる。最終電車が始発駅を出発する。


「……人の作りし醜い力。気色悪い」

 若い女の顔をした魔物が顔をしかめる。「こんな世だろうと、二十歳前の娘の肉を喰らい、ずっと存在してやる」


 私は必死に吊り輪を握る。……こいつに掴まれた右足は老婆のようになっているかも。床に伏したら、それこそ全身がミイラと化す。

 魔物の手がふいに消えた。車内の電気が歪む。停電になる。私は灯りを求めて走る。電車の速度は緩んでいく。高架下で停まる。


「闇へようこそ」


 若草色のワンピースに長い髪。人の目に見えぬ、麗しき姿の魔物が全身を現す。私はさらに逃げようとして、別車両の人々の声と姿を見る。暗闇なんかに不安げな非力な人たち。


 十九年も気が狂わずに生きてこれたんだ。最後ぐらい守るために戦え。


「私こそ食い殺してやる」と魔物を睨む。


「素敵よ」と魔物は笑う。


「私は常に匂いを追っている」


 異なる異形の声。窓をすり抜け、山犬(式神)が飛び込んできた。

 魔物が舌を打つ。すでに結界が張られていた。もう逃げられない。


「退散しろ」


 ドアを裂き年配の女性が登場する。掲げた剣が月光のごとく青白く輝く。


 ***


「子どもの霊に逃げられたようですね」


 見惚れるだけだった私は、その声で我に返る。


「え、えーと」

「あの子は魔物に操られていた。そういうことにしましょう」


 師匠は剣をその手から消す。

 私は一瞬考えてしまった。


「はい! すぐに成仏させます」

「電車のドアが破壊された件を報告しておきます。異形の仕業でしたよね」


 師匠が立ち去る。電車は動きださない。お詫びのアナウンスが流れる。



              終




とりあえず完結ですが、短編集なので書き足すことがあるかもしれません。

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