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短編集 女魔道士の正義  作者: 黒機鶴太
女魔道士の正義
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女魔道士の正義



「気は触れてないな?」


 思玲スーリンはまず鷲の目を見た。ティアラみたいな冠羽を立たせた猛禽のくせに、人のように怯えている。だったら大丈夫だ。

 ついで茶色い猫を見る……。焦点を合わせずに笑っていやがる。こっちは駄目か。


「私の名は王思玲ワンスーリン。お前の名は?」

 長髪をゴムで結び直しながら鷲へと聞く。


「助けてください。人に戻してください。子どもが待っています!」


 鷲の放つ人の言葉が心に飛び込む。だが不要な情報だ。


「貴様の名を聞いている!」


「ひ、日向一真ひなたかずまです」


 猫が思玲の怒鳴り声に反応した。このふにゃふにゃした言葉はどこの国だ?


「この人というか鷲は林佳蓉リンジアロンで、ジェーンと呼んでます。弊社が現地通訳をお願いしました。もとは……きれいな方でした。彼女の家を目ざして道に迷いました。そ、それで僕は日本人で二十五歳です。出張で初めて台湾に来て、こんな目に遭いました。この国ではこんなことがしょっちゅうですか?」


 正気に戻ったか。しぶとい奴だが、日本語のままで心に飛びこみうっとうしい。

 思玲は返答もせずに周囲を見渡す。台北を囲む山の一角は、深夜だから真っ暗だ。ただの人にはない力をもつ彼女の目には、泥だらけの猫も鷲も、暴風が樹々を揺らすのも見える。嵐はじきに訪れ、すぐに去るだろう。

 やや逸れた台風はどちらに凶となるか。


「ふ、古屋課長は亀になり鬼に食われました。技術部の千野さんはイグアナになり気がおかしくなり、カラス達に襲われました。僕とジェーンだけが逃げました。

それが一昨日の朝八時です。最終日でした。空港に向かうために彼女とホテルのロビーで待ち合わせをして、すぐに運転手が発作で亡くなって、窓の外に青錆びた箱が浮かんでいて、そこから白い光が飛びだして――」


 猫は憑りつかれたように喋るが、必要な事を知り得た。あとの二人はすでに消滅しているだろう。今は深夜の極みを過ぎた午前三時だから、こいつらが完全な異形になるまでのタイムリミットは五時間。

 最短を大幅に更新したな。思玲は舌を打つ。


「ジェーンは飛べるのか?」


 朱雀になるべきだったものに尋ねる。連中の当ては外れて鷲になったが、鶏よりはましだ。


「日向さんに言われて昼間試しました。まったく駄目でした」


 ならばなぜに捕らわれなかった?

 思玲は鷲の横の猫を見る。私の登場を予見して怯えていたな。あれは、無理して浮かべた愛想笑いだったのか……。

 じきに豪雨を浴びれば白い毛並みが現れるだろう。四神くずれのなかで唯一使える、敏捷で五感も六感もある白猫。こいつが鷲を助けたのか。お約束のなすりあい、ののしりあいをせずに。


「猫になったときにスマホがなくなり日本と連絡は取れません。あなたはジェーンを彼女の家まで送って下さい。僕は千野さんを――」


「あの人はあきらめてください! あなたは私と一緒にいてください」

 ジェーンの心の声は日向へは日本語だ。「思玲と言いましたね。あなたは私達を人に戻せますか? 娘と二日も会っていないのです」


 私には台湾語か。案ずるな。異形になった者は本来の世界から存在がなくなる。子供も夫もお前のことを忘れている。記憶の片隅にもない。

 それを伝える必要はない。こいつらは残り五時間で人に戻るか、完全な異形になるか、殺されるかのどれかだ。どちらにしても、いまの記憶は残らない。


「……あなたは何者ですか?」


 日向がようやく尋ねる。異形と化して長い時間を経たのが幸いなのは、もはや現状を受け入れて狼狽しないこと。だが受け入れ過ぎるは良くない。


「異端の道士ゆえ魔道士と呼ばれる。本来の道士の方々と違い、人に寄りそわぬたぐいの、私はその末端だ」


 異形を狩るのが魔道士の役目だ。行くぞと思玲は鷲を持ちあげる。鶏よりは重い。青龍くずれの蛙や玄武くずれの蛇よりも。


「どこへ行くのですか?」


 ジェーンであった鷲が胸もとから聞く。思玲は答えない。彼女も行き先など分からなかったから。頼るべき者に頼れないのなら、これからどうすべきかも分からなかった。


「日向は駆けろ」


 白猫に命じて森の外を目指す。

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