百
何をしているかって?
これはね、犬のぬいぐるみです。
あたしがハギレで作ったんですよ。
何日かにいっぺん、こうして犬だとか鳥だとか、小さなぬいぐるみを川に流してるんです。
あの子に届けたくてね。
この村にはね、しきたりがあるんです。
『厄災の子』って言ってね。
生まれた時に、身体のある部分にアザを持った子どもの事なんだけど。
そのアザは、災いの神が印をつけたんだって。
印のある子どもは村に厄災を招くって。
そんな馬鹿みたいな言い伝えがあるんです。
そんでね、あたしが産んだ赤ん坊、その印とやらを持っていたんですよ。
村の奴らに言われたんです。
厄災の子は、清めて神にお返ししなければならないって。
『清める』ってのはね、この村では『川に流す』って意味なんですよ。
生まれてきたばかりの子どもを、変わった場所にアザがあるからっていう馬鹿な理由で、川に流せって言うんですよ。
そんなの、人でなしのやる事です。
そんなの、鬼のやる事です。
生まれたばかりの自分の子どもですよ?
十月十日、お腹に抱えてきた子どもですよ?
川に流すなんてね。
そんな鬼みたいな事やりたくなかったんです。
だけどね。
しきたりには、従わないとならなかった。
村の奴らが許してくれなかった。
あたしは赤ん坊と一緒に、無理矢理この川に連れてこられました。
あの日の水は冷たかった。
生まれてきたばかりの息子を薄紅の布に包んで、カゴに乗せたんです。
そのカゴを川に浮かべたまま、なかなか手を離せなくってね。
見張りの若い衆が、後ろからあたしを睨んでましたよ。
あの子はスヤスヤ、カゴの中で眠ってました。
そんでね、あたしはこう祈りました。
どうか、優しい人に拾われておくれ。
どうか、強く逞しく育っておくれ。
どうか、頼りになる仲間を味方につけておくれ。
そんでね、大きくなったら、この村に戻っておいで。
鬼みたいな奴らが暮らす、この村に。
そんでね。
一人残らず、村の鬼達を退治しておくれ。
あたしは、あの子がこの村に戻ってきて、鬼どもを打ち倒してくれる日を、ずっとずっと待ち望んでいるんですよ。
あの子がやってきたら、あたしはこの村の財宝を全て差し出すつもりです。
あたしにとってはね、あの子だけが宝だったんです。
なんで、くだらない村のしきたりなんかに、あたしの宝を奪われなきゃならなかったんだ。
なんで、あたしは、大事な宝を守れなかったんだ。
毎日毎日、悔いてるんですよ。
気がつくと、ぬいぐるみを作ってるんです。
この前は、鳥を作りましたし、その前は猿でした。
人形?
人形は作れないんですよ。
いえね、人の形をしてるものを作るとね、なんだかもう、あの子に見えちゃって、たまらなくってね。
人はダメなんです。
だから動物にしてるんです。
人はダメですよ。
だって弱いですもの。
あたしも、弱い人です。
村の鬼共の言いなりです。
いえ、あの子にとっては、あたしも鬼の仲間ですね。
あの子は生き延びたんだろうか。
どこかで誰かに、拾ってもらえたんだろうか。
あの子が流れて行く様が、ずっと目に焼き付いてるんです。
あたしが手を離したらね、あの子を乗せたカゴは、ゆっくりと川下に流れて行きました。
薄紅色のおくるみの中で、穏やかに眠るあの子が、だんだんと見えなくなりました。
どんぶらこ どんぶらこ
そうやって流れて行ったんです。
本当だったらね、今日が『百日祝い』の日なんです。
赤ん坊が生まれて百日目、一生食べ物に困らないようにって、祝ってやる日なんです。
あたしは、団子の一つも作ってやれなかった。
名前も付けてやれなかった。
百の難を乗り越えて
百の宝を手に入れて
百の歳をまっとうする
そんな事を願ってね、あの子の名前には『百』って字をつけるつもりでした。
そのまんまじゃなくって、読み方を変えてね。
そう。
『百』じゃなくて『百』と読ませてね。
『百太郎』
そんな風に呼んでやりたかった。
ねえ、誰か教えてください。
あの子は幸せになりますか?
あの子の物語は『めでたし、めでたし』で終わりますか?
百太郎の元へ届くように、あたしは今日も、ぬいぐるみを川に流すんです。
見てくださいな、あたしの作った犬が流れて行く。
どんぶらこ どんぶらこ
どんぶらこ どんぶらこ
そうしてほら、もう見えなくなった。