空へ……
その後、博士は装置の作動のために、島と大陸をつなぐ部分に向かいました。
最終的には、ここを爆薬で破壊して、島を浮かす装置を作動させるようです。
そして、博士は島から大陸へと渡りました。
ウィンは家の中で、テーブルの下に潜り込み、その脚をつかんでいます。
島の浮上と飛行には、安定するまで揺れが伴うため、博士にここで大人しくしているようにと言われたからです。
ウィンは、博士が家を出る直前に言った言葉を反芻していました。
『いいかい?
揺れが起きたら、収まるまで家から出てはいけませんよ。
そのあとは、テネリの言うことをよく聞いて、それに従うのです。
大丈夫。
ウィンなら、きっとどこででもやっていけます。
大好きですよ、ウィン』
それは、なんだか最後の別れの言葉みたいだと、ウィンは思いました。
そして、ハッとして、慌てて家を飛び出します。
「ウィン!
危ないよ!」
ウィンはテネリの忠告も聞かずに走ります。
「うそうそうそ!
そんなのダメ!
ダメだよ!
やだ!
やだよ!」
ウィンには、もう博士の心積もりが分かっていました。
テネリはウィンを追い掛けながら、博士との会話ログを自身の中で再生し、思い返します。
『うーむ。
どうやら、磁場の関係で、島にいながら作動スイッチを押すことは難しいみたいですね。
それに、橋の破壊も大陸側から行わないと、島を浮かせるのに影響が出てしまいそうです』
『そっか。
まだ磁界調整とか衝撃緩和隔壁とかは出来ないもんね』
『そうなると、誰かが島の外側から装置を作動させて、橋を爆破させないと』
『誰かって?』
『まあ、私しかいないでしょう。
ウィンは承服しないでしょうし、ここに残ると、彼らに見付かった時に、何をされるか分からない』
『それは、博士も同じでしょ?』
『まあ、私はうまくやりますよ』
『……ウィンも、それは承服しないと思う』
『……まあ、なんとかしましょう』
その結果、ウィンには言わずに博士だけがこの場に残るという結論に達しました。
「はぁはぁはぁ……きゃっ!」
ウィンが橋に向かっている途中で、振動と爆発音が伝わってきました。
博士が島を浮上させる装置を起動し、そのスイッチを爆薬の元に投げて、橋もろとも爆発させたのでしょう。
島は、少しずつ大陸から離れていきます。
それと同時に、少しずつ海に沈んでいた部分が顔を出してきました。
「博士ぇーーーーっ!」
「ウィン。
危ない」
ウィンは島の端に着きましたが、その時にはもう、大陸へは戻れませんでした。
ウィンはテネリに掴まれながらも、必死で博士の元に行こうとしています。
「飛んだ。
うまくいったようですね。
そのまま、どこまででも飛んでいきなさい!」
博士は両手を広げて、飛び行く島を見送ります。
「テネリ。
ウィンのことを頼みましたよ。
君の最後の力で、彼女をどこか、優しい街に降ろしてあげてください」
博士はとても穏やかな顔をしていました。
「うん。
任せてよ、博士」
テネリには、だいぶ離れた所にいる博士の声が聞こえていました。
それを知ってか知らずか、博士は島に向けて語ります。
「テネリ。
君は本当に優しい。
自然を愛し、動物を愛し、花を育て、人を愛する。
どうか、そんな心をこれからも忘れないでいてください。
君が育てていた花はね。
真っ白な、とても綺麗な花を咲かせるんですよ。
まるで、君の心のようにね」
テネリは、博士からの言葉をウィンにも伝えます。
ウィンは、うなだれた様子でテネリに身を預けながら、その言葉を聞いていました。
「ウィン。
君のことを、私はうまく育ててあげられたかな?
一緒にいられた時間はそんなに長くはなかったけど、君の明るさと優しさには、何度も救われました。
願わくば、君にはいつまでも笑顔でいてほしい。
君の笑顔は私の太陽だから。
元気でね。
愛しき我が娘」
「博士ぇーーーーっ!」
そうして、博士からの言葉は終わりました。
その後、彼がどうなったかは分かりません。
「ウィン。
あの国なんかはどうかな?
みんな、心穏やかに過ごしているよ?」
「……テネリ。
私、降りない」
「えっ?」
「だって、私が降りたら、テネリは一人ぼっちになっちゃうでしょ?
だから、私が一緒にいてあげる」
「でも、ここには僕しかいない。
ウィンはこれから結婚して、子供を育てて、幸せにならないと」
「テネリがいるじゃない。
私は、それだけで幸せよ?」
「……寂しく、ないの?」
「テネリがいるもの」
「そっか。
僕は嬉しいと思ってる、と思う」
「ふふっ。
私も」
ウィンの笑顔に照らされるように、いま、花壇のつぼみが真っ白な花を咲かせます。
それはまるで、テネリが笑っているようでした。