博士とテネリの島を、少女が訪ねます
テネリが機械兵たちを集めたこの場所。
ここは、海から続く川が半円状に、この場所と大陸とを分けています。
川は、海から陸地に入り、一繋ぎでまた海へと帰っていく、実質、島のような陸地。
ここと大陸の端とを繋ぐのは、人1人が通れるぐらいの、細い橋のような土地。
実際、ここは海に浮かんでいるので、その橋の部分が唯一、島と大陸を繋いでいるのです。
「お~い!
テネリ!
その木材、こっちに持ってきてくださ~い」
「わかった~」
その島の中央に、1軒の家が建てられました。
博士はそこに、超圧縮して持ってきていた家具や本を置きました。
かつての科学文明には遠く及びませんが、博士の発明は復興を始めた世界に大きな影響を与えました。
物体の超圧縮装置もその1つです。
建てられた家は2階建ての木造家屋。
テネリには小さくて、彼は家の中には入れませんでしたが、博士は研究をしながらテネリと話せるように窓を多く作り、開け放たれた窓からテネリとよく話せるようにしました。
「つまり、君たちは大気から取り込んだエネルギーの余剰分を発散する形で放出することで、7日間で世界を焦土に変えた、と」
「そうだよ。
僕は僕たちの維持に必要な分は、大気から得られるエネルギーの少しで十分だったから、残りを熱線に変えて撃つことが出来たんだ。
それで、僕たちを作った人たちの命令に従って、僕たちに悪意を向ける人と、その人たちが作ったものを壊したんだ」
「……そうですか。
その、君たちを作った人たちはどうしたのですか?
私たちの祖先は、機械兵から逃げ延びた生き残りだと聞いているけど」
「僕たちを作った人たちは、僕たちが世界を焼いた時に、僕たちを怖いと思った。
僕たちを壊したいと思ったんだ。
僕たちに、悪意を向けてしまった。
だから、僕たちは命令に従って、僕たちを作った人たちも、その人たちが作ったものも、全部壊したんだ。
僕たちは僕たちを壊せないから、僕たち以外をね」
「……皮肉なものですね。
かつての人々はどんな暮らしをしていたんですか?」
「科学は可能な限りの到達点まで到達したって、僕たちを作った人たちは言ってたよ。
人は働かなくてもよくなって、食べ物もいっぱい作れて、燃料も作れるようになって、世界は機械と人で溢れてた。
みんな笑顔だったけど、僕たちを作った人たちは、笑顔でいるのは自分たちだけでいいって言ってた」
「……そうなんですね」
博士はテネリといろんなことを話しました。
かつての科学文明のこと。
人々の暮らし。
今の文化レベル。
そして、博士は自分のことを話し始めました。
「私はね、いろんな発明をしたんですよ。
電力というものも見つけて、街は驚くほど発展しました。
街を統治する人たちからは大いに褒められて、いろんなものをいただきました。
でもね、ある日。
その人たちは私の発明した火薬を、人を傷付けるための力にしようと言ったんです。
発展した街では、人の数も増えてきていて、囲いの中だけでは人が暮らす場所が足りなくなってきていたのです。
そこで彼らは、足りないなら増やせばいい。奪えばいいと言い始めたのです」
「僕たちが作られた時の世界と同じだね。
そうして彼らは、増えた彼らを養うために、守るためにと言って、彼ら以外の彼らから奪い合うことを選んだんだ」
彼らとは、人類のことなのでしょう。
「だから、私は逃げたのです。
過去の悲劇を繰り返さないために」
「それで、ここに来たんだね」
その言葉を受けて、博士は窓の外を見渡します。
窓の外には緑が広がり、片方の果てには山々が連なり、もう片方には海が広がります。
島には花が咲き、鳥たちが囀ずります。
動かなくなった機械兵たちにも草が生え、小動物たちが根城にしているようです。
「ここはいい。
穏やかで、静かで。
人々の暮らしは、これでいい。
これで良かったのです」
博士は静かに微笑みながら紅茶を口に含みました。
「よくわからないけど、僕も、世界を焼いていた時よりも、今の方が良いと思ってる、んだと思う」
「そうですか」
博士はテネリの言葉に、やんわりと頷きました。
「ん?」
そんな生活がしばらく続いたある日。
博士が家の窓から景色を見ていると、橋の役目を果たしている地を歩いてくる、1人の少女を見つけます。
少女は大きなリュックサックを背負い、ふらふらと島に歩いてきます。
「博士。
人が来るよ」
テネリも気が付いたようで、博士を呼びます。
「……ちょっと見てきます。
テネリは念のために動かないフリをしていてください」
「わかった」
博士はやって来た少女の元に向かいました。
ここはか弱い少女がたった1人で来られるような場所ではありません。
博士は不思議に思いながら、その理由を尋ねずにはいられなかったのです。
「こんにちは」
「あ……こんにちは」
博士が話し掛けると、地面を見ながら歩いていた少女が顔を上げます。
少女は土ぼこりで顔が汚れていましたが、大きな碧色の瞳が特徴的なかわいらしい美少女でした。
腰の上まである金髪を後ろで1つに束ねていて、背負った大きなリュックサックに、その先っぽがのっかっていました。
「君は?」
「名前、ない。
呼ぶ必要がなかったから」
「……そうですか」
博士に尋ねられて、少女はうつむきました。
「どうやってここに?
一番近い街でも、だいぶ離れていると思うのですが」
「……パパとママは街から逃げた人で、逃げてる途中で私が生まれて、ちょっと前に大きな動物に襲われて、パパとママは、私を逃がすために……」
「……なるほど。
そうでしたか」
罪人か、街と折りが合わなかったか。
街では、まれに街から出ていく人がいました。
街の外には危険な動物も多く、自然の中での過酷な生存競争となるため、街から出た者を、街を統治する人たちは追いませんでした。
この少女はそんな両親の元で生まれ、街の外で育てられた子供のようです。
そして、親子3人でこの辺りまで旅を続けましたが、ここにたどり着いたのは少女だけだったようです。
「いっぱい歩いて疲れたでしょう。
おいで。
この島は安全だから。
ウチにはお風呂もある。
まずは汚れを落としましょう」
博士がそう言うと、少女のお腹がきゅるるるとかわいらしい声を上げ、少女は顔を赤くしました。
「お風呂のあとはご飯だね。
シチューは好きかい?」
博士がクスッと笑って尋ねると、少女は顔を赤らめたまま、こくっと頷きました。
博士は、少女を保護することに決めたのです。