情
1ヶ月お休みをいただき今回からまた投稿していきます。
名前はない。
だが意志はある。
わたしは待っている。
誰かを待っている。
それは生物なのか、物なのかも分からない。
しかし、訪れる者は若い男が多かった。
何人と出会っただろうか。
数も覚えてはいない。
皆、自分の意思だけで問いかけてくる。
会話をしない。
それで納得がいくだろうか。
少なくともわたしは納得がいかない。
わたしにもプライベートはある。
好きな場所にいたい。働きたい。休みたい。遊びたい。
互いに納得いく条件でなければ、共に生活することはできない。
そちらにも都合があることは重々承知だ。
しかし、その都合でわたしが不利益になることはない。
それが第二の話。
第一は魅了されてしまわないかどうか。
わたしは魅力的な存在だと自負する。
良い意味でも悪い意味でも。
暗闇の中、今もわたしは待ち続ける。
今日は周りが騒がしい。
いつもは人の声も、木々の声もしない。
静かな場所だというのに。
「はぁ…はぁ…」
奥から少女がこちらへ向かってくる。
若い女が訪れたのは久しい。
「どうか…どうか!力をお貸しください…!」
少女は懇願する。
その目は潤んでいた。
その身体は泥と血に塗れていた。
「なぜわたしが力を貸さなければならない。」
「貴方様の力があれば村を救えるからです。」
「なぜわたしが村を救わなければならない。」
「あなたは何かを守る為に生まれたからです。」
「なぜわたしの守るものが村だと断言できる。」
「わたしが助けを求めているからです。」
「それは私欲だとは思わないか。」
「そうです……私利私欲です!村を救いたいの!わたしは死んでもいい!村とみんなをあいつらから守って!」
その言葉に嘘はない。
訪れる者は皆、自分の利益の為に問いかけてきた。
しかし、少女は自分の為ではない、他の者の事を考えている。
何かを救う。その中に将来像を見据えている者がほとんど。
少女の言葉には純粋な気持ちしかなかった。
久しく違う者と出会えた。
数十年ぶりなのかもしれない。
「そうか、分かった。ではこちらの条件も聞いてもらうとしよう。」
「なんでもいい!早く!力を貸して!」
「そうか、ならばわたしと手を取り合え。
わたしが救うのではない。お前が村を救うのだ。」
少女は手を取り光の速さで暗闇を駆け抜けた。
少女と共に到着した村は悲惨なものだった。
建物は焼け、人は倒れている、何に襲われた訳ではない。人と人との争いだ。
醜いものだ。合理的な解決方法を考えつかないものか。
醜い争いに参加させられる第三者の気持ちを考えてほしい。
しかし、今回は違う者と久しく出会えた。
一興。
殺傷はしない、願いは村とその人々を助けると言うものだ。
少女はわたしと共に村を襲う人々を退けさせた。
死には至っていない。
歩む力は残し、今後争いには参加できない程度の傷を負わせた。
「やったわ…これで村を、みんなを守ることができた…!」
少女は走り、建物へと入って行く。
「父さん、母さん!わたしやったわ!村を守ってみせた…わ……」
どうやらここは少女の家らしい。
しかしそこにいたのは、少女の求めていた両親の姿はなかった。
「なんで…貴方様なら父さんと母さんを治すことはできますか…」
「できる。しかしそれはできない。」
「なぜですか?!お願いします!どうか父さんと母さんを!」
少女は再び懇願する。
「我々は友ではない。両親を蘇らせたところでわたしに何の得がある?我々はあの暗闇で契約をしたのだ。それ以下でもそれ以上でも無い。」
少女は床に這いつくばる。
「なんで……あいつらのせいだ…あいつらさへ来なければ…!」
怒り、光の速さで外へ出た。
周りの建物は倒壊していく。
その名の通りわたしの力を使えば、人ならざる力を発揮することができる。
身体能力は規格から外れ、特殊な力も使用できる。
逃げ惑う人に追いつき、少女は憤る。
標的の戦意は喪失している。
手がない者、足がない者、精神を破壊された者、わたしの力により失っている。
少女は無慈悲にもわたしを振るう。
しかし少女の求めた姿にはならない。
なぜなら殺傷することができないからだ。
わたしがそうしないからだ。
「なんで…なんでこいつらを殺してくれないのっ!」
少女は怒り狂う。
「わたしが願い受けたのは、村を守る事だ。村は守った。奴らも今後争いに参加することはできない。願いは叶えた。」
「違うわ…わたしの願いはこいつらを殺す事だわ…母さんや父さんを殺した…だからわたしも殺す…殺すのよ!」
醜い。
少女がやろうとしている事と標的のやっていた事、何が違うだろうか。
結末は変わらなかった。
今までと同様。自身の利益の為にわたしを使用する。まるで道具のように。
期待したわたしが馬鹿だった。
「いいわ…殺さなくても痛みは感じるそうだし、このまま苦しませてやるわ!父さんと母さんがされた様に!」
少女が振りかざした瞬間、わたしは少女との関係を断ち切った。
少女にはもう神のような力はない。
わたしを手に取る事もできない。
「なんでよ…わたしの願いは叶ってはいない…」
無力な少女は自らの手で命を奪おうとする。
「弁えろよ。人間。」
手足を切り落としてやった。
痛みはないだろう。命を落とす事もないだろう。そう簡単には死なせない。簡単に生かす事もしない。自らの愚かさを知れ。
「わたしの条件というのは、真っ当に生きることを約束する、ということだ。力は毒だ。精神を蝕んでいく。これはお前の力ではなく、わたしの力だ。わたしの力だけに執着し、無くなればどうだ?お前は道を踏み外した。友にはなれない様だ。自ら守った村で、安らかに余生を過ごせ。」
こうしてわたしは暗闇に戻った。
また訪れるのを待つ日常に戻る。
待人はいつ現れるのだろうか。
神のみぞ知るということか。
わたしを作りたもうた神は何と巡り合わせたいのか。
争いが絶えないこの世界で。