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もう奴隷すら信じれない  作者: もらもらいずん
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8 苦悩(序)



 あのダークエルフに遭遇してから数日、いつもであったらギルドで依頼を受けてからヨグト洞窟に出発していた所だが、今日はヨグトの町をぶらついている。


 たまには休みをと思ったのもあったし、洞窟内での明かりの材料や消耗品の道具の買い足しをする必要があったからだ。


 にしても、前の依頼はヤバかった。

 『岩ムカデ』の甲殻の納品、普通に潜ってる時には遭遇しなかったので気付かなかったが、どうやらフィスはデカい虫は生理的に無理らしい。

 ムカデの巣を見つけた瞬間に逃亡、強制の魔法を使ってなんとか討伐したが、後で何を言っても無視される羽目になった。

 まぁ、デカい虫が無理なのは分かる話だが、そこは頑張って欲しい。奴隷なんだし。


 他にも、『黄光キノコ』の採取で別のパーティと口論になったり、ロックエレメントとかいう攻撃が効かないノロマから逃げたりと色々なことがあった。


 ちゃんとフィスが龍であることも、周りの人間からは隠している。

 流石にエリシアからは「フィスは何なんだ」と言われたので、洞窟の中の誰もいない場所で教えた。

 宿とか町中で言ったら、誰が聞いてるか分からんからな。




 そんな日々があり、少しばかりこの異世界にも慣れて来たと感じるようになった。




 奴隷とその主という関係ながら、フィスは俺の命令を忠実に聞くし、買ってからまだ日が浅いエリシアは強制の魔法ごしに上手く手綱を握れている。


 あの狭い宿も替え、今では一部屋に二つのベッドに暮らしている。

 前の宿よりかは広いベッドだったので、フィスとイレイナを一緒に寝かせているのだが、決める際にフィスが少し駄々をこねた。結局はエリシアの少し悲しそうな顔で折れていたが。


 そんなエリシアも初めよりはほんの少し丸くなり、俺に対する毒舌も、

「本当にお前は何もしないんだな、お前の存在価値はあるのか?」から「お前が何もしない屑なのは分かった、だが何かをするという努力をしろ屑」に変わった。

 うーん、これは丸くなった内に入るのだろうか。

 

 フィスのやせ細った体も少しずつ肉が付いてきている。

 戦闘に関しても、空いた時間にエリシアと訓練をしているので、技術的にも強くなっていくことだろう。

 エリシアとも少しずつ仲が良くなってきているようで、連携の幅が広がるのも期待できそうだった。

 奴隷同士で仲を深め合えば、いざという時にも精神面で支え合うだろう。

 だがその二人の仲を見て、少し、ほんの少しだが胸がざわめいていた。

 まぁ、いいか。





 駆け出し冒険者御用達の道具屋で、エリシアが言う。


「お前、上級ポーションも持ってないのか!? 一つは絶対に買っておけ、冒険者の中では常識だぞ?」


「へえへえ、まだ冒険者になって日が浅いんでね」


「これで、エリシア怪我しても平気?」


「まぁ、よっぽど酷い怪我じゃないと使わないが、やっぱりあるのとないのでは勝手は違うな」


 普通のポーションよりも数段値が張ったが、エリシアが買えと言うなら従った方がいいだろう。


 取りあえず一通りの道具を買い足し、適当に町をぶらつく。

 冒険者になってからは、こんな風にのんびりとした時間も無かったな。

 

 この町にには、人間や獣人、エルフやドワーフ、リザードマンといった様々な種族が思い思いに生きている。

 今までは依頼の帰りで疲れてて分からなかったけど、見渡せばこんな景色があるのだと気付かされる。


 あぁ、本当に俺は異世界に来たんだなぁ。

 そう思うと、ほんの少しだけ日本が恋しくなった。

 

 どうせあっちに生き返っても、またイジメられる生活が始まるんだろうけれど、郷愁の念は抑えられなかった。

 俺、何やってんだろうなぁ。






 あてもなくぶらついていたせいで、よく分からない裏路地に入ってしまったようだった。

 これどっから抜けられるんだ……


「おい、まさか迷ったなどとは言うなよ。何も言わずにお前の散歩に付き合ってやってるんだ。用がないならさっさと帰るが?」


「帰るって言っても宿にだろ、俺も連れてけ」


「はぁ、やっぱり迷ったのか。お前は本当に愚図だな」


「アザミ、マヌケ」


 奴隷たちから遠慮のない罵倒が飛んでくる。

 考え事してたんだ、仕方ないだろ…… 


 チッチッ、とエリシアが舌打ちをする音が路地に響く。

 そんなに怒ってるのか、とも思ったが獣耳が音に合わせて動いているのを見て、ソナーのように音を反響させているのだと察する。


 口ではああ言ってたけど、やっぱり手伝ってくれる所はエリシアの美点だ。

 根が優しいのだろう。フィスとすぐに仲良くなったのも、きっと傷だらけの体を見てのことだ。

 まぁ、俺にとってはその性格は利用しやすい弱点になるわけだが。

 



 舌打ちの音がピタリと止み、エリシアが少し身構える。

 

「そこの裏にいる奴、出てこい! 隠れているのは分かってるぞ!」


 どうやら、路地の端にある箱の裏に誰か隠れていたらしい。

 ほーう、隠れるとは何かやましいことでもあるのかな?



 箱の裏からゆっくりと出てきたのは、よく見知った三人組だった。

 俺を転生初日に集ってきたあの三人組。

 一番ガタイのいいリーダー格らしき男が、ヘラヘラしながら言う。


「おーい、誰かと思えば俺たちが前にボコった奴じゃないか。そんないい女二人も連れてよ、俺たちにも分けてくれないかい?」


「テメェら……もう会わないだろうから忘れてたが、俺に何したか忘れてんじゃないだろうな?」


「へっ、うずくまってたゴミをボコボコにしただけだろ。また殴らせてくれよ、なぁ?」


 やかましい笑い声が路地の奥まで響いていく。


 何も反省していない浮ついた態度。

 お前みたいな奴がいるから、この世はゴミなんだ。

 しばし忘れていたどす黒い感情が沸き立つ。

 

 丁度いい機会だ、そろそろフィスたちに対人もやらせないとと思ってた。

 舐めるなよ、ゴミが……!


「お前ら、殺さない程度に痛めつけろ」


「おぉ? そこのお嬢ちゃんたち戦えるのか? 止めといた方がいいぞぉ、俺たちこんななりでも銀等級の冒険者だぜぇ?」


「あぁ、折角お楽しみする女は傷つけたくないからなぁ」「その通りだ」


「あっそ、じゃあやれ」


「……ん」「面倒臭いが、まぁこいつらは気に入らん。ここはお前の命令に従ってやる」


 俺の言葉の後、フィスとエリシアの二人が石の床を蹴る。

 刹那、エリシアので打撃でゴロツキ二人の意識が刈り取られ、残ったリーダー格の男はフィスの爪を喉元に当てられ、微動だにしていなかった。

 

 瞬殺かよ。

 まぁ仕方ない。この前に金等級もありえるアシドリザードを倒した二人だ。

 スラムのゴロツキ程度じゃ相手にもならない。


 さて、丁度よくフィスが抑えてくれてるんだ。

 俺に突っかかってきたどうなるのか、しっかりと教えてやらないとな。


 さっきから固まっているリーダー格の男に、ゆっくりと近付く。

 俺が目の前に来て、男の目に怒りが浮かぶ。


「テメェ! 何したか分かってんのか!?」


「裏路地でゴロツキ跳ね返しただけだろ、文句言うなよ。お前も前に俺にやったことだろ?」


「ふざけん


 ドゴッ。


 手ぶりで命令したエリシアの拳が、男の腹に深く入る。

 痛みに耐えきれなかった男が、地面に膝を付く。


「うん、こんぐらいなら殴りやすいな。フィス、もういいぞ」


「……うん」


 フィスの脅しも必要なくなったので後ろに下がらせ、拳を握る。

 大きく振りかぶり、何度も男にぶつける。

 エリシアからもらったダメージが残っているようで、なんの抵抗もなく殴り続けられる。

 

 ドゴッ、ボゴッ、バゴッ。


 人の殴り方など知らなかったが、怒りに任せて拳を振るう。


 お前みたいな奴が、お前みたいな屑が、何で何で何で生きてるんだ。

 人の痛みを、俺が食らった痛みを、なんの抵抗もなく殴られ続ける虚しさを知れ。

 生きてることを謝れ、お前みたいな屑は生きてていいはずがないんだ。


 握る拳の骨が折れようが、構わず殴る。

 

 ドガッ、バゴッ、グチャッ。


 殴打音に湿った音が混じる。

 ああ、このまま死んじまえ。




 そんなことを思ったそのとき、俺の後ろから声がした。


「止めてアザミ。もういい、もうその人意識ない」


「あ……?」


 目の前の男を見下ろす。

 既にその体に力は入っておらず、顔は血だらけだった。

 

 俺の手も血だらけで、握った拳を開くときに激痛が走った。

 骨折れてんじゃん……

 殴ってるときは必死で気が付かなかった。


 壁にもたれ掛かって目を閉じていたエリシアから、ポーションが投げられる。


「飲め、お前の殴り方はなってない。あんな殴り方なら拳も折れるのは当然だ」


「ははっ、そんな普段から人殴らねぇから仕方ないだろ」


「……まぁいい、さっさと帰るぞ」


 それを言うエリシアの目は、酷く悲しげだった。

 俺を憐れむような、軽蔑するようなそんな目。

 

 俺、何やってんだろ。

 こんな奴殴って、なんになるんだ。

 ただ手折って、ポーション一個無駄にしただけ。


 もういい、さっと帰ろう。


「フィス、行くぞ」


 俺を心配そうな目で見るフィスに言う。


「うん、帰ろ」


 俺をそんな目で見るなよ。

 お前は奴隷だろうが、俺のことなんて軽蔑してろよ。

 なんで今更、優しくされなきゃいけないんだ。


 夕日が照る裏路地を、ポーションをあおりながら帰った。




━━━━━━━━━━




 眠い。

 今日は依頼にも行ってないのに、本当に疲れた。

 気怠い体をベッドに放り投げ、天井を眺める。

 視界の端でフィスとエリシアが談笑をしていた。


 宿に帰って来てからは特に何もなく、さっさと水浴びを済ませ、夕食を食べて今に至る。

 

 あー、明日からはまた依頼受けなきゃなぁ……

 だりぃ……

 

 そんなことを考えていると、部屋の扉がコンコンとノックされる。

 何だ、またアレイスターか……?


 眠気で重くなったまぶたを擦りながら、扉を開ける。

 そこにいたのは、



「アザミだな、ギルドで話を聞かせてもらいたい。お前の奴隷の件についてだ」



 美しい顔をしたあのダークエルフだった。

 だが、その時の俺にとってはその美貌が悪魔のそれにしか見えなかったが。


 

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[気になる点] 「裏路地でゴロツキ跳ね返しただけだろ、文句言うなよ。お前も前に俺にやったことだろ?」 「ふざけん    ……のところは、 「裏路地でゴロツキ跳ね返しただけだろ、文句言うなよ。…
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