6 狼穴
「今ならこの見目麗しいアラクネが金貨60枚でどうだ!」
「アラクネか……」「見た目はいいが魔物だろう?」「いやはや魔物といえどもそそるものが」
扉の中に入って最初に聞こえて来たのはそんな下れた声だった。
薄暗いが広々とした廊下の端に、ぼんやりとした明かりで照らされた商品が置かれている。
基本は大通りの市場のように売り方のようだが、中にはオークションのように競りをしている所もある。
だがやはり、こんな裏路地の奥にある秘密の場所。売っているものはまともではなかった。
奴隷から始まり、捕まえてきた魔物や何かの臓器、毒物や薬物、見るからに危険そうな魔法書など。
ここは所謂”闇市”と呼ばれるような場所なのだろう。
ここにいる奴はフードで顔を隠している者が多く、顔を晒している奴は大体ヤバい顔をしていた。
服装をよく見ると、しっかり仕立てられたいい服を着ている奴が結構いた。
なるほど、この世界にも悪徳貴族みたいな奴はいるってことか。分かりやすくて助かる。
「私たちが用があるのはこのエリアではありませんよ。もう少し奥に進みます、付いて来て下さい」
「このエリアはどんな所なんだ?」
「ここは珍しいものが多くあるイメージですねぇ、取りあえず見ないものが入ったらここに置かれるって感じでしょうか」
「なるほどな、確かに目を惹くような商品が多い」
「えぇ、暇な時はぶらついてみるのも面白いかもしれませんよ?」
「こんな場所に好き好んで居続ける程狂ってねぇよ」
「ははは、それもそうですね」
非正規な手段で奴隷になった奴が売られているのは、もっと奥だと言うのでそのまま付いて行く。
きちんと法に則って売られている奴隷もいるらしいが、あまり質がいい方ではないらしい。
ふとフィスの様子が気になり、すぐ後ろに振り返る。
売られてる商品には特に何の感情も無しといった風だったが、鞭で叩かれ悲鳴を上げた奴隷を見た瞬間、その色が微かに変わる。
軽蔑するような、恐怖するような怒るような目、様々な感情が混ざっているのだろうというのは感じ取れた。
それもそうだ、フィスも永久奴隷として似たようなことをされてきたのだろう。同じような境遇の奴がいたら何か思うのは当然のことだ。
だが、俺はその奴隷を見ても何も思わない。
永久奴隷になったということは、そいつは何かしらのミスを犯したやつだ。
攫われるミス、狩られるミス、金や物といった借りを返せなかったミス、金の無い家庭に生まれたミス。
全て奴隷になった当人に何かしらのミスがある。
改善点は何処かにあった筈だ。それを見逃して奴隷になったそいつが悪い。
いじめられてこうなっちまった俺も、そう。
陰鬱な場の雰囲気に影響されて自分の気持ちも淀みそうになっていた所に、アレイスターが声を掛けてくる。
「ここですよ。ここが奴隷を売ってる区画です」
そう言ってアレイスターが止まったのは、小さい馬車くらいなら通れそうなトンネルの前。
その奥へと進んで行くと、さっきまでの市場とはまた違った空間に出る。
さっきの通りと同じくらいに暗かったが、廊下のようではなく、縦横どっちにも開けた部屋。
その部屋の中に所狭しと檻が並び、その一つ一つに付いたカンテラが中を照らす。
檻の中にいたのは、普通の人間から耳の長いエルフのような種族や獣人から、一部分が魔物の特徴を持った人型の”魔族”と呼ばれている種族まで色々な奴隷がいた。
様々な種族の奴隷がいたが、共通していたのは皆顔が暗いということ。後は女が多いことくらいか。
黙りこくって俯き、周りを見ようとしない。
奴隷の買い手が顔が見たいと言えば、奴隷商が強制の魔法で顔を上げさせていた。
そんな最低の空間の中、部屋に入って来た俺たちに近付いて来る黒いローブの男がいた。
そのローブには闇市場の売り手に共通した印が刻まれており、アレイスターに聞いた所、闇市場の運営側の人間であるという証明の印だそう。
その運営の男がアレイスターに話しかける。
「お客様、どんな奴隷をお探しで?」
「今日はこっちの連れの方の用なんです。それと私は”コレ”ですので、ちゃんといい奴隷を紹介して下さいね」
そう言うと、アレイスターが運営側の奴隷商に何かの印を見せる。
円の中に目があるような印。その印を見た瞬間、奴隷商の態度がさらに丁寧なものになる。
「あぁ!これはこれは融資者の方でしたか、いつもありがとうございます」
「それではお連れの方、どういった奴隷をお探しで? 世界各地から取り揃えたいい奴隷がいますよ。お眼鏡に沿うものもきっと見つかります」
その印はVIPの証みたいな物か。見せた瞬間無い揉み手が見えて来たぞ。
「あー、索敵能力に長けてて戦闘も出来る奴がいい。性別はどっちでも」
「でしたら狩りを専門にする種族か、斥候などをしていた冒険者ですね。どちらにも当てはまるのはほぼいないですが、狩猟民族ならばエルフやスマルがいいですね。案内します」
「ああ」
奴隷商の男に案内され、エルフやスマルと呼ばれる小人族を見ていくが、ピンと来るものはない。
皆一様に悲壮感に明け暮れ、俺が声を掛けると「もう殺してください」だの「ここから出して」と特徴の無い言葉を吐く。
うーん、まぁこの中からでもいいか……
とそう思ったその時、部屋の奥の方から檻を揺らす音が聞こえる。
ここの奴隷は皆静かな奴ばかりなので、音を立てたりするのは珍しい。
そんな興味を持っていると、それを察した奴隷商が俺に言う。
「騒々しくて申し訳ございませんお客様。ここ一ヶ月程で仕入れた奴隷なんですが、何分気が強くまだ抵抗するのです」
「ふーん、一ヶ月もか。そいつを見てみたい、案内してくれ」
何か予感のようなものがあった。
うっすらだが、その奴隷が俺の探しているもののようなそんな予感。
「ですがよろしいので? 確かに索敵は出来ますが、気が強い分冒険などにはあまり向きませんよ?」
「大丈夫だ、取りあえず案内してくれ」
「畏まりました」
部屋の奥へと進んでいくと、檻を揺らす音が段々大きくなっていく。
奥の奥の奥、そこに他の檻とは少し離れて置かれている一つの檻。
布で覆われていたが、さっきからガシャンガシャンと檻を鳴らしており、目の前に来た今もまだ鳴らしていた。
「見た目はいいんですがねぇ……」
奴隷商がそう言いながら檻にかかった布を取り払う。
檻の中にいたのは、犬耳と尻尾を持った灰色の髪をした女。
青い瞳はこちらを射殺すかのように開かれていた。
その口には猿轡をされていたが、それすらも噛み砕いてやるという強い怒りの目をしていた。
年齢はフィスよりは上だろうが、まだ大人にはなり切ってはいないだろう年齢。
体は奴隷のみすぼらしい服の上からでも分かるような豊満さを持っていたが、もしこの猛獣を下手に傍に置いたらすぐに喉を噛み千切られるだろう。
決めた。
こいつだ。多少の事でも折れないであろう強い心の主。
奴隷という縛りがあるなら、そんな奴でも支配し切れるはずだ。
そして何より、こいつは強そうだ。奴隷の価値を決めるのはやはり戦闘力だろう。
「決めたぞ、こいつにする。幾らだ?」
「えぇ!? 本当によろしいのですか!? 命令を少しでも間違えたらすぐ殺されますよ!?」
「それでこいつの前の主人も大怪我をしたんです!」
「平気だ、その時はその時だ。あんたが気にすることじゃない。で、幾らだ?」
「うーん、一応これは貴重なウルファ族なので元は高値だったのですが、今はもう性奴隷くらいしか貰い所が無かったので……」
奴隷商が悩み始めた時、アレイスターが融資者の印を分かりやすく見せる。
その印とウルファ族の女を交互に見る奴隷商。
熟考の末、口を開く。
「あー、金貨5枚でどうでしょう……」
「買った、交渉成立だな」
「はい……」
100枚持ってた俺からすれば端金だ。
と思ったが、このままの生活では日々の狩りの赤字でいつか消え失せてしまうだろう。
だが、索敵と戦闘が出来る奴隷が金貨五枚なのは安いはずだ。これはいい買い物をしたかもしれない。
奴隷商が『止まれ』と唱えてから、魔法の首輪をオオカミの奴隷に付け、金貨五枚と奴隷の所有権を交換する。
「『我が隷属の権能を此処に、其を汝に譲り渡す』」
その後、檻の鍵が開けられ、座ったままこちらを睨み付けるウルファ族の女に言う。
「『いいと言うまで俺の命令通りの行動しかするな。まずは俺に付いてこい、渡したローブは深く被れよ』」
後ろのフィスに睨まれている気がしたが無視する。
反抗的なこいつが悪い、それに奴隷に気遣いは不要だ。
その後奴隷商に別れを告げ、闇市を抜け、その出入口でアレイスターと別れるという時、そのアレイスターが話しかけてくる。
「まだこの町にはいる予定なので、これをあげときましょうかね」
「あ?何だこれ、石?」
「はい、これに念じれば私がすぐに駆け付けますので、また用があったら使って下さい」
「いるかよ、お前の物肌身離さず持ってろってか」
「また闇市に行く時もあるかもしれないでしょう? ここは一ヶ月で符号が変わりますよ、その時にここに詳しい私がいないと困るのでは? 他にもこの世界の汚い事なら大体出来ますよ私。何せ最悪の狂人ですから」
「あー、クソ。分かった、貰っとく」
「ええ、それがいいと思いますよ。それでは」
アレイスターが路地の闇に消えていく。
あいつの口車に乗せられたのは不快だが、言っていることにも一理ある。
これから闇市やアレイスターを頼る時は何度かくるだろう。
既にフィスというちょっとした爆弾を抱えている俺だ。まともな手段で出来ない事もあるかもしれない。
ならば、まぁ仕方ない、な……
宿に戻った頃にはもう日が落ちかけ、夕日の反対側に青ががった黒が見え始めていた。
日本人としては、一日の終わりにはしっかり体を洗わないと気持ち悪い。
なので、急いで宿の庭のような場所に水浴びをしに行く。
ウルファ族の女、エリシアには体を洗えと命令し、そのまま自分で洗わせた。
何故名前を知っているかについては、例の如く強制の魔法を使った。
このオオカミ女が普通に喋るとは思わないし、喋るのを許可したら、おそらく出てくるであろう罵詈雑言で周囲の目を引いてしまう。
水浴び場に入りエリシアの裸を見た時、軽蔑の目で見られたが無視する。
所々に傷跡は見られたが、美しい曲線を持った筋肉質な体だった。奴隷生活で荒れた肌の手入れをすればもっと美しくなるだろう。
フィスと比べたら月とすっぽんだ。肉付きもよく、女性的。
だが俺にはいまいち響かない、というよりも性欲が元からあまりないのもあった。
一応女のフィス相手にも、特に興奮はしなかったのだ。
女性に対して何か情欲の類いを抱かないかと言われれば、NOとは言い切れないが、特にこれといった欲は無い。イジメられて性格が歪んだからだろう、きっと。
そしてフィスを洗っている時にもっと強い軽蔑を感じたが、それも無視した。
仕方ないだろ、ずっと出来ないって言うんだ。
強制の魔法使ってもなんかぎこちなかったし……
その後夕食を食べたのだが、俺が同じのを三つ、と頼むと微かだがエリシアが驚いたような気がした。
夕食後、奴隷が一人増えたので部屋も変えなければと思い、女主人に部屋の空きについて聞く。
「部屋を取り直したい。ベッド二つにもう一部屋ベッド一つだ」
「うーん、あんたの今泊まってる部屋以外にはあと一部屋しか空いてないよ。ベッドは一つのね」
「あー……うん、そこでいい」
「あいよ」
この宿変えた方がいいか……?
流石に部屋数少なさすぎだろ。
元から泊ってた部屋に戻り、ベッドをどう使うかを決める。
理想は俺がベッド一つに寝て、他二人は一緒に寝る。これが一番いい。
そう思い、フィスにエリシアと一緒に寝ろと言うと、
「嫌。この人ずっと怒ってる。こんな人一緒に寝れない」
「はぁ?」
「とにかく無理。それならアザミと寝る」
エリシアの睨みがフィスに向く。それだよそれ、それが嫌って言われてんだよ。
フィスと寝るのはもう慣れたので仕方ないと思い、次はエリシアの出来ることについて聞く。
そのまま喋っていいと命令すると怒鳴り声が飛んで来そうなので、大きな声を出すなと命令してから声を出す許可をする。
「貴様……奴隷を買う人間の屑が、今すぐ噛み殺してやろうか」
きっと魔法がかかって無ければもっと大きな声で言っていたであろう暴言だったが、命令により大声が自動的に適正音量になるので、芯のある透き通った声が静かに怒りを含んでいるだけだった。
おお、こわいこわい。
「はっ、奴隷じゃなかったら殺せてたな。まぁお前が俺をどう思おうが関係ない、取りあえずお前の出来ることと使う武器、戦闘の仕方を教えろ」
「自分から言わなくても、どっちにせよ命令すれば言うようになるからな?」
「クソッ、下種が……」
「……出来ることは耳を使った周囲の生物の探知、長距離の走破、遠吠え。使う武器は投げナイフと短剣。戦闘は投げナイフでも中距離からの攻撃から隙をつくり、短剣でのドドメが多い」
「……以上だ」
「上出来だ。お前は俺が今一番欲しかった奴隷だな、ようこそ我がパーティへ。歓迎するぞ」
「……チッ」
歓迎の挨拶に舌打ちで返された。
フィスは最初からある程度は従順だったのに、こいつは苦労しそうだ。
そんな事を考えていると、眠くなったフィスがベッドに寝転ぶ。
これから自己紹介もしようと思っていたが、また明日でもいいか。
エリシアの寝る部屋は隣なので、そのまま案内する。
「お前はこっちで一人で寝ろ、『部屋から出たり部屋を壊そうとするなよ』。分かったな?」
「……? お前馬鹿なのか? 何故あの奴隷の言うことを聞く。お前が一人でベッドで寝ればいいだろう」
「それでもいいけどな、フィスはまだ体調が安定しない。取りあえずは食事と睡眠は問題無く与えないといけないからな、それでお前と寝て寝不足になったとかだったら面倒臭い」
「……そうか、お前の頭がおかしいというのは分かった。さっさと出ていけ屑」
「うい、明日は依頼受けてどっか行くからちゃんと寝とけよ。お前は奴隷であり俺の道具だ、道具ならいつでも全力を出せるようにしておけよ」
「…………」
そう言い残して部屋の扉を閉める。
自分の部屋に戻り、すでにフィスが眠っているベッドに横たわり目を閉じる。
オオカミの狩人、ウルファ族のエリシアを買った。
これからはまた違った探索が出来るようになるはずだ。
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