5 再開の最悪
2話に書き足ししたのでここにも。
冒険者の等級:銅、銀、金、白金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン
「んっ、ふぁあ……あ゛っ、痛っ」
起きた時の伸びのせいで、骨や内臓から鈍い痛みが走る。
昨日の痛みから考えると信じられない程には収まってはいるが、痛いものは痛い。
もっと高いポーションなら治りもいいのだろうか。
そんなことを考えていると、眠そうな目を擦りながらフィスも目を覚ます。
「起きたか、取りあえず水浴びしに行くぞ。昨日帰ってからすぐ寝たからな」
「……ふぁあ。うん、分かった」
昨日あれだけボコボコにされた割には結構普通なフィスを連れて、外の水浴び場に行く。
まだあまり気温の上がり切っていない朝の水は冷たく、眠気だらけの頭にはいい目覚ましになった。
フィスの体に付いている汚れを洗いながらふと思う。
昨日より傷が減ってる……? ポーションのせいもあるだろうが、前からあった古傷まで癒えるもんか……?
龍化している時の再生能力を引きずっているのだろうと見切りを付け、食堂で簡易的な朝食を摂って部屋に戻ってくる。
今日はいつもの様に狩りには出掛けない。
まだ傷は癒え切っていないし、何より龍化状態のフィスを殺そうとしたダークエルフが森にいる可能性が高い。
夜だったので顔は見られたどうかは分からないが、あんな剛弓を放つ狩人だ。どんな微かな証拠からでも俺たちを判別してくるだろう。
それに俺とフィスの二人組では、問題があることも分かった。
例えば、索敵能力。
フィスは、巨大ゴブリンほどの魔物であれば察知出来るが、魔ウサギやゴブリンといった弱い魔物相手にはその能力は発揮されない。これは冒険者としては重大な欠点だろう。
他にも、俺が戦闘要員として何も出来ないこと。
一応形式的には二人組で行動しているが、戦闘の際に戦うのはフィスのみ。
なら俺が来る必要も無いとも思ったが、フィスの全身をフルに使った戦闘スタイル的に荷物を持って行動することは出来ないので、狩った魔物の回収、水や食事やその他の道具は俺が持ち運ぶ必要があった。
そんな冒険者として欠点だらけの我がパーティ(主人と奴隷)の問題点に頭を抱える。
フィスも徐々に強くなっては来ているが、昨日の巨大ゴブリンのような怪物相手にはまだ劣る。
出来ればパーティにもう一人、いやもう二人くらいは欲しい所。
だが普通の人間をパーティに入れるのは、何処かで面倒なことが起きるので論外。
んー、どうしよう……
そんな思考の果て、とある名案を思い付く。
そうだ、奴隷だけのパーティを作ればいいんだ……!
これなら裏切りやいざこざもなく冒険が出来るし、フィスが龍であることも隠す必要は無い。
よし、そうと決まれば早速奴隷市場に……
と、そう思った所に部屋の扉をノックする音が響く。
「誰だ?」
「私です。貴方の恩人の素敵な魔法使いですよ」
フィスを除いてこの世界で一番会話を交わした男の声がする。
あの狂人が何でここに……
「何でお前がここを知ってる?」
「私の魔法で」
「はぁ……まぁいい。何でここに来た?」
「ここでは話しずらいので中に入れてもらっても?」
一瞬アレイスターを部屋に入れるということにためらうが、この男なら扉をぶっ壊してでも入って来そうなので素直に入れる。
開けた扉の前には目深にローブを被ったアレイスターの姿があり、ずけずけと部屋の中に入って内装を見回す。
「へー、お金持ってる割には随分と質素な暮らしをしているんですねぇ」
「お前その恰好で怪しまれなかったのか?下には女主人もいたろ」
「それも魔法でどうにかしました。あ、危険なものでは無いので悪しからず」
「本題はと……お、そうそう貴女ですよ、ベッドの後ろに隠れてる龍の出来損ないの貴方」
アレイスターにトラウマでもあるのか、ドア越しに声がした時からベッドの下に隠れていたフィス。
まぁそれもそうか、アレイスターはあんなに傷を付けた張本人な訳だしな。
「フィスがどうかしたのか?」
「ほう、この奴隷はフィスと言うんですね。貴方結構奴隷に懐かれるんですねぇ」
「そのフィスなんですが、昨日森の方で龍化しましたね?」
「……何故お前が知ってる」
「私程の魔法使いならば空気中の魔力の乱れで分かりますよ」
「まぁ、内容と言うのはこの世界で竜種、そこのフィスは龍なんですが、その扱われ方について解説して差し上げようかと」
「……んなもんいるか」
「おやおや、昨日はいきなり狩人に襲われて大変だったのでは?」
「何故森に突如現れた竜に何の躊躇もなく攻撃してきたのか、気にはなりませんか?」
こいつ何処まで知ってるんだ全く……
だが、昨日のダークエルフが俺に対して何の問いも無く射撃を始めたのかは気になる話だ。
俺がボロボロだったから、というのもあるかもしれないが、他に理由があるのなら聞かない選択肢は無い。
目線で話を促す。
するとアレイスターは、その胡散臭い口からこの世界についての歴史を語り出した。
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薊とアレイスターが遭遇した頃。
冒険者ギルドの”ギルドマスター室”と書かれた板が掲げられた部屋の中。
その中では、顎ひげを撫でつける筋骨隆々の壮年が高級感のある机に座っており、それに相対するように屹立するフィスを襲ったダークエルフの姿があった。
部屋に満ちた静寂を打ち破ったのは、ダークエルフの声。
「ヨグトの森に出現されたと思われたキングゴブリンですが、私が発見した時には既に死んでいました」
「ふむ、金等級相当のキングゴブリンが死んでいた、か」
「君の報告では他に奇妙な竜種がいたと、そう言っていたね?」
「はい、竜種にしては珍しい漆黒の体色で、再生能力はありましたが、防御力は全くと言っていい程ありませんでした」
「あの森に竜種が、か」
思想顔でひげを撫でつける壮年。
ダークエルフが口を開く。
「もう一つ報告が」
「言い給え」
「その竜種ですが、傍にいた怪我をした男が連れ去り、そのまま逃亡しました。男の素性は分からなかったのですが、連れ去る際に竜種が男の言葉で人に戻ったように見えました」
「そんなことは可能なのですか?」
「うーむ、そんな話は聞いたことが無いな」
「異常な再生能力の黒い竜種とそれを操る男か……」
「うむ、報告ご苦労。もう戻っていいぞヘルン君」
「失礼します、ギルドマスター」
小さくお辞儀をしてからダークエルフが退出する。
ドアの締まる音がしてから、ぽつりと壮年の男が呟く。
「黒い竜種、もしやあの伝説の龍か? いやまさか、な……」
そんな呟きが静かに、部屋の中に溶けていった。
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「――という歴史があったんですよ」
「なるほどな……」
少しの間、アレイスターからこの世界についての話を聞いていたが、とても興味深い話だった。
その話とは、数千年前にあったという滅魔大戦という人間、魔物、そして龍の三つ巴の戦いのこと。
数百年にも渡る大戦の始めは、人間の王が発した魔物に対する宣戦布告だったという。
それまでは少数の魔族を束ねてひっそりと暮らしているだけだった魔王及び魔物軍も、各地に散らばった魔物を集めて臨戦態勢を整え、エルフやドワーフといった亜人を含めた人間軍を迎え撃つ準備をしていた。
それに待ったを掛けたのが不老不死の生物、天地創造から世界のどこかで生きていた八柱の龍達。
その龍を仲立ちとし魔物と人間の協定を結ぼうとしたのだが、そこで世界の命運を分ける事件が起こる。
協定の直前、一柱の龍が魔物側に寝返り人間の王を殺してしまったのだ。
王を殺された人間側の怒りにより、血で血を洗う壮絶な戦争の火蓋が切られた。
龍達は三柱が人間側に、二柱が魔物側に、残り三柱は中立を取った。
やがて戦争は魔王の致命的な負傷により魔物軍は混乱、人間側も長い戦争により人は減り、物資が付きかけていた。両軍瀕死の状態であった。
そこで魔王と人間軍の長は協定を結び、魔物軍の多くは別の大陸へ、人間は元の大陸で暮らすという決まりとなり、その二つの大陸の間には龍達が生み出した竜種が住み着き、互い種族の接触を隔てた。
それから時は流れ、大戦を生き残った四柱の龍達は世界のどこかに潜み、滅魔大戦のことは民衆の中で薄れて行き、魔物側の悪しき龍がいたという事実だけが伝えられた。
それ故、人々の間では竜種とは邪龍が生み出した魔物であるという認識にすり替わっていったという。
だが、神にも等しい龍が生み出した竜種は個として絶大な強さを持ち、中には人間を超えた知性を獲得した竜種もいるとされる。
そのせいかは知らないが、何故か竜種は異常に嫌われているらしく、民衆の意識も竜種とは邪悪なものとして扱われているらしい。
フィスが問答無用で襲われたのも、それが原因ではないかとアレイスターは言っていた。
話の内容を自分の中で反芻し、理解する。
龍と竜ね……
ん?フィスは龍なんだよな?
それだと八柱の中にフィスがいたことにならないか?
「おいアレイスター、お前フィスは龍の出来損ないって言ってたよな?それはどういうことだ?」
「あぁ、その話ですか。実は竜種の中でも龍に成れるような珍しい個体がいましてね、違いはまぁ色々とあるのですが、そこのフィスはその珍しい個体という訳です」
「でもフィスの血は下位の竜種に劣る、だから要らなかったという訳か」
「その通りです」
下位の竜種でもあのクソ強いゴブリンを瞬殺出来る位には強いって、いまいち強さが掴めんな……
そんなことを考えていると、なので、と言ってアレイスターが何かを付け足す。
「あまり人がいる所で龍化すると、面倒なことになるかもしれないのでお気を付けて」
「貴方はまだ何か縁がありそうでしたので助言しておきます。それでは、また」
それなら、もう人前でフィスが戦うのも避けたほうがいいな。
気をつけなければ。
アレイスターが踵を返して部屋から出て行こうとするので、急いで呼び止める。
「待て、お前何処かいい奴隷市場を知らないか?」
「ほう、奴隷市場、ですか……」
少しの思想の後、アレイスターが言う。
「ありますよ、私の行きつけのいい所があります。案内しますよ」
深く被られたローブの奥の口がにやりと笑っていたのを、俺は見逃さなかった。
やっぱりコイツは信用ならないな……
それからフィスを連れて宿を出て、アレイスターの後ろに付いて行くこと数十分。
アレイスターの隠れ家のもっと奥。
昼なのに明かりが付いている裏の裏の路地、その中の一つの家の前。
その家は見た目は普通だったが、戸は重厚感のある金属製の扉だった。
「ここですよ。少し待って下さい」
そう言うと、金属の扉を四度ノックする。
すると中から、低い声で、
「……四星は今何処にある」
「八辻の果て、神の枕元」
「……よし」
何やら入るための符号の確認だったようで、金属の扉が重い音を立てて開いていく。
アレイスターが小さくこちらを手招きする。
「この中でははぐれないで下さいね、後顔は隠した方がいいですよ。誰が見ているかなど分かったものじゃありませんし」
持ち合わせの安ローブをフィスに渡し、俺も同じものを着る。
異世界の奴隷市場、きっと碌なものじゃないな……
そう思い、暗い扉の奥へ進んで行った。
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