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もう奴隷すら信じれない  作者: もらもらいずん
3/13

3 異世界での日常



 何事もなく目が覚める。

 カーテンの方に目をやると、その隙間から微かに日の光が部屋に差していた。


 ベッドに寝ているだろうフィスの方を見ると、両の目を見開いたままのフィスがこちらを凝視していた。

 少しビビったが、おそらく強制の魔法のせいで起きたが動けないでいるのだろう。 


「『動いていいぞ、ただし俺に危害を加えるような行動、逃亡は禁止する』」


 そう命令して俺はベッドから下り、ようやく動けるようになったフィスも伸びをしていた。

 浴室に行って顔を洗っていると、とことこと横に来ていたフィスが服の裾をつまんでくる。


「ねぇアザミ、その魔法やめて。何か動きずらい」


「無理だ。お前が俺に害をなさないっていう確証は絶対にない。奴隷とその主人だぞ?魔法で縛りつけなきゃお前は俺を殺すからな」


「殺さない。あなたを殺したら私の住処がなくなる。だからこれ解いて」


「お前が俺に信用されるようになったらな。ま、そんなの一生無いだろうがな」


「…………」


 また前みたいに黙り込んでしまった。

 今日はとりあえずコイツの出来ることを試そうと思ってたから、黙ったままでも別にいいけど。




 手持ちの荷物をまとめて、宿の下へ降りていく。


 傷だらけのフィスには首まで全て隠せるような服を着させている。

 ローブでもよかったが、それだと流石に怪しまれてしまうので、せめて顔だけは出した方がいいだろうと思ったからだ。


 食堂で普通の朝食を頼む。値段は1セット1シルバーと割高だったが味は上手く、やわらかいパンに何かの豆のスープ、程よい塩味の干し肉にフルーツが付いていた。高めの宿を取った甲斐があるってもんだ。

 でも、これからずっとこの暮らしは出来ないな。昨日はとりあえずでここに泊まったけど、定住するならもっと安い宿か、それとも家を買った方がいいか……?

 100ゴールドも持ってるし、やっぱり銀行的な安全な場所に置いときたい。


 朝食を食べながらそんなことを考えていると、目の前の飯に全く手を付けていないフィスの姿があった。

 

「どうした? 食べろ、お前の飯だぞ?」


「でも、こんな高いご飯私なんかに……」


 ああ、そんなことか。

 フィスはどうやら、奴隷には残飯のようなご飯しか食べてはいけないとかそういう決まりで朝食に手を付けていないらしかった。

 まぁ、奴隷が一般的な世界ならない話ではないか……

 だが俺は、現代を生きた日本人だ。普段の食事が生活にどんな影響を及ぼすのかは十分に理解している。

 

「お前は痩せすぎだ、これから俺の代わりに金を稼ぐんだから、何の問題も無いような健康体でいろ。そのためにはまず飯を食え、いいな?」


「で、でも普通は……」


「普通は奴隷にはそんな高い飯をやらない、か?」

「アホか、道具の手入れを怠る馬鹿が何処にいる。いいからさっさと食え」


「……うん」


 ゆっくりとだが料理を口に運んでいくフィス。

 最初に干し肉を食ったので少しむせていたが、その味に目を丸くする。


「……! 美味しい!」


「当たり前だ、その食事はシルバー1個分だぞ?あとお前はスープから食え、ろくに飯も食ってないから固形は食いずらいだろ」


 そう伝えるとスープを勢いよく(すす)っていく。

 あー、そんな急いで飲むとまた……


「けほっ、けほっ」


「あーほら、ゆっくり食えよお前」


 その後はむせることもなく、早めのスピードで料理を平らげたフィス。


 食べている時に僅かに笑顔を浮かべていた気がするが、きっとアレイスターの所では飯らしい飯も食えてなかったのだろう。

 あの狂人の考えはよく分からん。まぁあいつにとってのフィスは実験動物であって、奴隷ではないのだろからそこまで気を回す必要もなかったのだろうが、それにしても人の心が無さすぎる。

 俺もよっぽどの屑である自信はあるが、アレイスターは筋金入りの性悪だ。




 宿を離れ、また別の宿を探す。


 今度は何日も泊まることを考えて安めの所にする。

 最低限水浴びが出来る宿を選んだが、火の魔石を貸してくれるような宿は無かったので、泣く泣く冷たい水で体を洗うことになるだろう。

 宿は取れたので、次は外壁の外に出てフィスの運動能力を調べに行く。


 貿易で金回りがいいのか、そこそこ立派な防壁が町全体を囲っており、町の四方にある門も見上げる程に大きかった。




 外壁から少し離れた草原。


 この世界には魔物と呼ばれる不思議な生物がいるそうで、普通の生き物よりもずっと好戦的らしい。

 その魔物を倒すと出てくる魔石を売ることによって生計を立てている者を、冒険者というらしい。

 その冒険者に倣い、草原にいたウサギのような魔物をフィスに倒させて、実力を見るという寸法だ。 

 ウサギの魔物は『魔ウサギ』というらしく、普通の魔石を持たないうさぎもいるらしい。そっちの方が肉は美味いとか何とか。


 ちなみに俺は魔ウサギ相手ならギリギリ勝てた。だって結構強いんだよこのウサギ。

 一方、フィスはというと、


「はぁっ!」


 グサッ!

 鋭い何かがウサギを貫く。


「キャウゥ!」


 魔ウサギを変化させた爪で串刺しにしていた。

 手だけならば自分の意志で龍化出来るらしく、運動能力も俺よりはあるので小銭稼ぎの狩りぐらいなら出来そうだった。

 

 串刺しにした魔物をじっと見つめているフィス。

 口の端によだれが垂れているように見える。


「何してんだ?」


「……ねぇ、これ食べてもいい?」


「食べるって、魔物をか?」

「いいけど火は通ってないぞ?」


「大丈夫」


 一応は龍だし問題ないか……?


 そう思っているとフィスが手元の魔物を食べ始める。

 毛皮も内臓も取ってないので美味しい筈はないが、むしゃむしゃと魔物の体を貪っていくフィス。

 口元には血がべったりと付き、死んだばかりの可愛らしい見た目のウサギを女の子が生で食っている、という光景はなにか思う所があった。


「うーん、何か違う……」


 食べ進める途中でフィスが首をかしげて言う。

 魔ウサギの死体をまさぐり、小石程度のなにかを取り出すフィス。

 それは魔石だった。


「これ! うん、美味しそう!」


「待て待て、魔石って食べれるのか?食ったら死んだりしないのか?」


「それは分からないけど、でもとても美味しそう。食べてもいいでしょ?」


「美味しそうなら、まぁいいか……?」


 その言葉を皮切りに、ひょいと魔石を口に入れるフィス。

 ボキリ、バキリと硬質な咀嚼音が響いていたが、フィスの表情には笑顔が浮かんでいた。

 

「アザミ、これもっと食べたい」


「あー、なら近くに森あるらしいしそっちで狩るか」


「森ならもっと魔石あるの?」


「知らんけどあるだろ、多分」


 城壁からは少し離れることになるが、今から行く森は駆け出し冒険者向きの場所だと受付嬢が言っていたので心配はいらないだろう。




 その日は空が赤くなるぐらいまで森で狩りをしていた。

 成果は魔ウサギ7匹、ゴブリン3匹といった感じだった。

 ゴブリンは3匹一緒に遭遇したので俺も一緒に戦う羽目になり、石で脳天をかち割る感触に吐きそうになった。

 取れた魔石は全部フィスが食ってしまったので、実際の成果は魔ウサギの肉7匹分のみ。

 ゴブリンの肉は不味いらしいのでその場に放置しておいた。置いておいても勝手に魔物が食ってくれるらしい。

 

 


 宿に帰ってきて簡単に水浴びを済ます。

 昨日の高い宿とは違いただの冷水を体にかけるので少し寒かったが、意識が引き締まるようで心地よかった。

 フィスは相変わらず無愛想な表情を浮かべながら洗われていた。

 嫌々洗われるくらいなら、自分でやって欲しいものだ。


 宿の女主人兼食堂のおばちゃんに、捕ってきた魔ウサギの肉を預けて料理してもらう。

 血抜きが甘いと怒られた。狩りなんてしたことなかったんだ、仕方ないだろう。

 ここの宿は、食材を持ってきたら食事の費用を割安にしてくれる。金は有り余ってるが、節約は大事だ。


 しばらく食堂で料理を待っていると、見知らぬ男に声を掛けられた。


「おいお前、見ない顔だな。どっから来たんだ?」


 俺とフィスが座っているテーブルの一席に座り込んでくる。

 その男はまさに冒険者といった風貌で、腰に付けているショートソード、動きやすさを重視した革鎧、酒が注がれたジョッキと臭い口。

 そして何より馴れ馴れしい。こういう人間が一番嫌いだ、人情味溢れるだとか親切だとかは知ったこっちゃない。

 面倒なので一言で答える。


「遠い東の方から」


「へーえ、東ねぇ。東っていうとヤオヨロズとかからか?そんな遠い所からわざわざこんな町までご苦労なこった!」


「まぁな」


「それにそんなカワイ子ちゃん連れてよぉ、新顔のくせに生意気だなぁ!?」


「そいつは奴隷だ、組んでるわけじゃない」


 俺がそう言った瞬間、男はほんの少し固まり、悪態を付き始めた。


「けっ、鎖持ちかよ。気持ちわりぃ、それとも英雄様気取りか?」


「お前には関係ないな」


「あーはいはい、絡んで損したぜ。くたばれ屑野郎」


「…………」


 だからああいう馬鹿は嫌なんだ。


 それよりも酒飲みが言っていた『鎖持ち』という単語が気になった。

 おそらく、奴隷を使って冒険する者のことを指している蔑称だろう。

 受付嬢はあまり奴隷と冒険するのに忌避感は持ってなかったが、現場の冒険者からしたら軽蔑の対象になるらしい。

 他の冒険者と組むつもりはないが、もし組むことになったらフィスが奴隷なのは隠した方が良さそうだ。




 そんな出来事の後、夕食のシチューを食べた。

 獣の血の生臭い感じはせず、羊の乳を使った濃厚なシチューだった。

 この味なら毎日食べても飽きないだろうな、ここにして正解だ。

 フィスも、熱々のシチューを冷ましながらゆっくりと食べている。

 魔石を食っていたので夕食は入らないものだと思っていたが、どうやら魔石と食事は別腹らしく、何事もなくシチューを完食していた。




 これからほぼ住み込むことになる部屋に行く。

 歩くたびギシギシときしむ木の板で出来た廊下を進み、部屋のドアを開ける。

 内装は少し古っぽい感じがしたが許容範囲内。この世界の文化が大体中世後期くらいに見えるので現代と比べると流石に劣るが、雰囲気があって嫌いじゃない。


 家具は、机、物置棚、それにベッドが一つ。

 ん……?ベッドが一つ?

 えーっと、フィスと泊まるって言っておいた筈だが、フィスと恋人だとかそういう風に思われたってことか……

 これはベッドは2つがいいと言わなかった俺のせいだ。さっさと宿の主人に言って、変えて貰わなければ。

 フィスを部屋に置いておいて下の階へと降りる。




「ベッド2つかい?それならもう全部埋まってるよ。もう一部屋取るってんなら空いてるけどね」


「あー、ならいい」


 流石に金は無駄遣い出来ない。今日はとりあえずあのベッドで寝るしかないだろう。


 部屋に戻ると、一つしかないベッドの上でフィスが寝息を立てていた。

 ベッドで寝るのは俺なので、寝ているフィスを抱きかかえて床に下す。

 奴隷なら床寝る位が丁度いいだろう。アレイスターの所でも檻の中で寝ていたのだろうし。

 フィスに寝ている間の行動をほぼ制限する命令を唱え、ベッドに横たわる。


 だんだんと眠気でまぶたが重くなっていき、眠りに落ちる……


 入眠する瞬間、腹の上に何かが覆いかぶさる。


「あ゛? 何だ?」


 目を開けるとそこには眠たげなフィスの姿が。一応体を動かすくらいは許可しているので、おそらく床から移動してきたのだろう。

 こちらを恨めし気に見てくるフィスに言う。


「下りろ馬鹿、このベッドは俺のだ。奴隷なんだから床で寝てろ」


「嫌。私もこのベッドがいい。もう固い床で寝るのはウンザリ」


「チッ、『動く「待って」 


 フィスが命令に被せるように口を挟む。

 このまま言い切ってもよかったが、取りあえず言い分を聞く。


「私がちゃんと寝れれば狩りの成果も増える。寝れなければ減る。だからここでベッドで寝かせて」


「駄目だ。お前がここで寝るなら俺はどこで寝ればいいんだ。床か? そんなの俺はごめんだぞ」


「一緒」


「は?」


「私とアザミ、一緒に寝ればいい。これなら解決」


「はぁー? お前と? そんなの何があるか分からんだろ」


「なら魔法を使えばいい、でも寝返りくらいは打たせて」


「…………」


 正直、フィスを床に寝かせるのはしたくなかった。


 貧弱な体のフィスが、これ以上体調を崩したらどうなるかなど、あまり想像したくない。

 出来るだけ普通の食事、睡眠、運動をさせて健康体にしなければ、狩りもままならないだろうと思っている。

 まぁ別に狭くなる位じゃ寝れないなんてことはないしな……


「分かった、7割は俺の領地だ。入ってくるなよ」


「ん」


 その後、俺が起きるまでのフィスの行動を制限してまぶたを閉じる。

 誰かと一緒に寝るなんて幼稚園ぶりくらいだろう。

 隣に女の子が寝ているにも関わらず、全く興奮出来ない俺。

 フィスはガリガリすぎるんだよなぁ……


 そんな下らないことを思いながら、眠りに付いた。



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