2 イジメられっ子と出来損ない
先程の問答を傍で見ていたアレイスターに「本当にそれで宜しいので?」と聞かれたが、アレイスターがその後の言葉を紡ぐより早く、「こいつでいい」と言い捨てる。
アレイスターの研究成果にも興味はあったが、それ以上に不思議な魅力を持った龍の少女に惹かれている自分がいた。
これを引き取るなら注意点があるので移動しますよ、とアレイスターが言い、少女に向って『動くな』と呟く。
その瞬間、ボロボロの少女は少しも動かなくなってしまった。
アレイスターが放った言葉には、俺がさっき治癒をしてもらった時のような、魔力のようなものが籠っていた。
少女が完全に止まっている間に、檻のカギを開け、ローブの中から取り出した鉄の首輪を少女に付けていた。
「おい、それは何だ?」
「ああ、隷属の首輪のことですか?これは奴隷の主を書き換える、魔法の首輪なんですよ。あと、契約の元に新たに奴隷を作ることも出来ますね。30ゴールドしますが要りますか?」
「要らねぇよ、その首輪でそいつの持ち主を俺に書き換えるんだろ? ならその後に持っとく必要はない」
「そうですか、あなたなら存外この後も必要そうですがね」
そんな会話の後、最初に来た応接室に着く。
ソファーに座るよう言われ、再び向かい合う形でアレイスターが話をし出す。
少女は、首輪を付けられたまま部屋の端に立っていた。表情は檻の中とあまり変わらず暗いまま。
「それでお話なんですが、まず貴方はこの国の奴隷制度をご存じですか?」
「全く知らねぇ」
「ですよねぇ、貴方この国のこと何も知らなそうですし」
「うるせぇ、さっさと話せ」
「まぁこの国のことはご自身で調べて下さい。私が教えるのは奴隷に関することだけですので」
「あそこにいるのは奴隷の中でも永久奴隷になります。その名の通り生涯奴隷として生きることになっていますので人としての権利はなく、どんなに粗末に扱おうが死なせようが貴方の自由です」
「奴隷の中にも、一時的に奴隷になっている犯罪奴隷や、国や町から認められると解放奴隷として普通に生きることも可能になるのがいます」
「それであれの詳細ですが、あれは龍の子です」
「龍? でも見た目は人だぞ?」
「はい、今はああやって人の形をしていますが、月の光を浴びるとたちまちに龍へと変身します」
「ですがその龍状態に問題がありまして、変身した後に正気を失って暴れ出すのです」
「あれにあんなに傷が多いのはですね、暴走を止めるのに攻撃しないといけないのですよ。神格に相当する龍の体は貴重だから買ったんですが、あれの血は下位の竜種に劣ります」
「龍化した時の見た目はちゃんと龍なんですが、中身は屑同然。貴方が引き取ってくれるのであれば有難いですねぇ」
「なるほど、事情は理解した。じゃああいつの所有権を俺にくれ」
「畏まりました」
アレイスターがそう言うと、おもむろに詠唱を始めた。
「『我が隷属の権能を此処に、其を汝に譲らん』」
今度の魔法は前の邪悪なものとは違い、特に何も感じることはなかった。
きっと、アレイスターが闇属性の魔法も使えるとかそういうのなのだろう。
俺が奴隷の主になった実感はなかったが、もう奴隷の少女は自分のものだそうだ。
奴隷の所有、なんだか異世界らしくなってきた気がする。
もうすることもないので外に出ようと思ったが、聞きたいことを思い出し、アレイスターに問う。
「あ、何処かいい宿を知らないか? 高くてもいい」
「そういうのはあまり知りませんねぇ。それでしたら、冒険者ギルドに行けば大体のことは教えてもらえると思いますよ。冒険者でしたら、無料でなれるのでついでに加入してみては?」
「じゃあそうするかな、おい行くぞ……ってお前名前は?」
「…………」
アレイスターにもらった古いローブの中で無言を貫く少女。
思えば、先程の問答からまだ一度も声を聞いていない。
「返答なしか、まぁいい。宿着いたら絶対に聞き出すからな」
「じゃあな、アレイスター」
「ええ、縁がありましたらまたお会いしましょう」
一応、九死に一生を救ってくれた人物ではあったので、別れの挨拶だけはしておく。
そのくらいの礼なら、弁えてるつもりだ。
アレイスターの家を出て、裏路地を抜け、露店の店員に冒険者ギルドの位置を聞いていく。
顔まで覆えるローブ姿の少女のことを訝しんでいたが、まぁいいかと無視をしていた。
少し大通りを歩き、冒険者ギルドと思われる場所にたどり着く。
全体的に中世感のある街並みだが、大きな酒場のようなギルドの建物は、扉が無いためか内側から外まで響いてくる喧噪が耳に入ってきた。
うーん、異世界って感じ。
馬鹿三人組にボコボコにされた傷も癒えており、多少はいい気分になっているので、意気揚々と冒険者ギルドの中へと進んで行く。
その中は、まさしく冒険者ギルドといった感じ。受付嬢が数人カウンターに並んでおり、その横の広いスペースは酒場になっていた。
自分たちが入って来たことは誰も気にしないような騒がしさに、日本の都会の喧騒を想起してしまう。
周りをキョロキョロと見回しながら、受付嬢が待つカウンターへ進む。
「あの、いい宿を探してんだけど」
「はい、それでしたらこちらなど───」
初顔だったのにも関わらず、丁寧な対応をしてくれたギルドの受付嬢。
異世界に来てから張り詰めていた気が少し緩む。
宿についてはメモをもらったので解決、それが終わったならば後は。
「後、冒険者になりたいんですけど」
「ギルドへの加盟でしたら、血液一滴か筆記での方法がありますがどちらがよろしいですか?」
「血で」
言葉は分かるが文字は分からないので、差し出されたナイフで指を軽く切る。
言語翻訳するなら文字も翻訳しろよ……
何故血なのかを聞くと、冒険者は俺のように筆記が出来ない者が多い故の方法だそうだ。
簡易的な魔術を施してある紙に血を垂らして情報を刻むらしい。
魔術って便利だな。アレイスターの使ってた魔法とは違うのだろうか……?
奴隷がいるがいいのか聞くと、もちろん出来ますと特に何気なく言っていたので、奴隷を使った冒険をするというのはこの世界ではおかしいことでは無いらしい。
冒険者と生きていくと決めたわけではないが、加盟していても特に会費等はないらしくとりあえずで加盟しておく。
入りたての俺は銅等級らしく、銅で出来たギルドの証明印のようなものを渡され、常に身に着けているように言われた。
どうやらこの印が身分証明書代わりになるらしい。便利なこった。
他にも、銀、金、白金、魔鉄、魔鋼、神鋼と等級が上がっていくらしい。
道中、所々破けていた元の世界の服の代わりに異世界の服を買い、相場よりも数段高めの宿を借りた。
初日ぐらいは贅沢をすべきだと思ったからだ。転生初日、疲れも溜まっている。
質のいいカーテンを開けると外には夕日が覗いており、闇が空を覆い始めていた。
やっと腕を伸ばして寛ぐことの出来る空間に来て、今まで一言も喋らなかった奴隷の少女に声をかける。
「おい、お前名前は?」
「…………」
「はぁ、まぁいいけどな」
「『命令する』、お前の名前は?」
アレイスターに教えてもらった強制の魔法を唱える。
それは奴隷に対しての絶対服従の強制行動権を発動させる魔法。
この魔法は奴隷の契約をしたものであれば、魔法を扱えなくても言えば勝手に発動してくれるそうなので何気なく使ってみる。
一度は復讐を誓いあった仲だが、今は奴隷とその主人。
それならば、存分にその権利を生かすべきだ。
そもそも人間なんてハナから信用するのが間違ってる。
よくあるライトノベルみたく、奴隷相手にに優しく接していたら、いつか後ろから刺されるのは分かり切っているのだ。
この世界では奴隷なんて便利なものがあるのだから、自由に使わせてもらおうじゃないか。
こいつは、俺がこの異世界を生き抜くための道具として扱ってやる。
魔法が無事発動したようで、少女が嫌々ながら口を開く。
「フィス。フィス・ノル」
「へー、お前フィスって名前なんだ。かっこいいじゃん」
「……あなたの名前は?」
「薊、呼び方は好きにしろ。薊でもご主人様でも薊様でもな」
「じゃあ、アザミ」
ん、と短い返事で相づちを打つ。
思えば名前をちゃんと呼ばれたのは、授業で指名された時ぐらいか。
あいつらはお前とかオタクとか言ってくるだけだったしな。
夜になり、何をするかと考えていた所。
目の前のフィスの悪臭が鼻に入る。
それなら、と思い、フィスに話しかける。
「月光浴びなけれければ夜に動いても大丈夫なんだろ?とりあえず体洗ってこいよ」
「ここ高いから火の魔石使って温水で体洗えるんだってよ、お前体臭ヤバいから先洗ってこい」
「……無理」
「は……?無理って、体洗うだけだぞ? 水浴びて、石鹸で体洗う、流す。これだけなのにか?」
「また龍になるかもしれない……」
震えた体を自分で抱くフィス、その虚ろな目には微かだが恐怖の色が見て取れた。
はぁー、とため息を付いてから、言う。
「じゃあ俺が洗ってやるから服脱げ、ほら早くしろ」
「あ、え、でも……」
「俺がお前に発情するように見えるか? お前は、自分が悪臭を放ってても我慢出来るんだろうが、俺は出来ん。さっさと服脱いで先浴室行ってこい」
俺がおもむろに服を脱ぎ始めると、そそくさとぼろ切れのような服を脱ぎ、部屋に付いている浴室に走っていくフィス。
着ていた服を部屋の端に投げ捨て、浴室の扉を開ける。
木と石で組まれた小さな浴室の真ん中には、傷だらけの肌を不安そうに撫でる裸のフィスの姿があった。
その裸体には贅肉の類いは付いておらず、骨が所々に浮き上がるような貧相な四肢、皮だけの体に走る大小無数の傷。
顔の幼さの割には大きい背丈が、その醜さをより引き立てているように見えた。
こちらを見ると、ビクッと反応してまた塞ぎ込む。
流石にこんな奴には情欲は抱けない。
(他人に同情するのはもうないと思ってたが、これは酷いな……)
そんなことを思いながら、宿の従業員にもらった小石程度の火の魔石を大きな水窯の中に突っ込む。
体を震わせるフィスを見ながら、水が温まるのを待つ。
さっきまでは少し怖じ気ついてる程度だったが、今は顔色が変わるほどの恐怖へと変わっていた。
その頭の中でどんなトラウマを思い出しているのかは知らないが、少しミスったなと思う。
水窯の温度を確かめると、少しぬるいくらいまでには温まっていたので、傍にあった桶にぬるま湯を汲んでフィスにかける。
「きゃぁああああああああ!?」
突然の刺激に驚いたのかしゃがみ込んでしまう。
あーだりぃ、何となく予想はしてたけど、もう荒療治でいいか……
「ただのお湯だ。体洗うからこっち来い」
「嫌! もうほっといて!」
「ガキじゃねぇんだから、ほら行くぞ!」
もう一度水を汲んでかける。今度はほぼ適温くらいになっていた。
「…………」
前もって言っていたからか、特に反応もなく水をかぶるフィス。
何故か俺を睨み付けていたが関係なしにかけまくる。
怖がるよりも反抗的な方が御しやすいし、このままでいい。
「ほら、石鹸やるから体洗え」
「無理、洗って」
「はぁー? お前奴隷だろ?」
「無理なものは無理」
仕方ないので椅子に座らせて泡立てた石鹸でフィスの体を洗っていく。
女を洗うのなんて初めてだったが、末期の病人のような体を触っているので全く興奮出来なかった。
逆に、荒れたとにごつごつとした骨の感触にため息が出てきた。
その洗われているフィスは、恥ずかしいような怒っているような感じだが構わず洗っていく。
溜まっていた垢やこべり付いていた血などを洗い落とし、短い髪をタオルで拭いてやる。
途中から暖かさからからかフィスがゆっくりと船を漕いでいたので、そのまま担いでそのままベッドに連れて行く。
骨しかないようなフィスは、運動不足の俺が余裕で担げる程には軽かった。
今日買った荷物を確認している途中、ふと二つあるベッドの内の片方を見ると、フィスがすうすうと寝息を立てて眠っていた。
俺も疲れから眠気が限界に来ていたので『俺が起きるまで動くな』と命令してから眠りに落ちる。
寝ている間に逃げられたり殺されたらたまったもんじゃないしな。
そうして、俺の異世界への転生初日は終わっていった。
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