白銀の世界→姫とかなり可哀想なおじさん達②
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視界は真っ白に染まっている。
右を見ても左を見ても、下や上を見ても目の冴える様な驚く白さ。
「わ、わわわっ! わぁああああっ!!」
さっむ!
冷たい! て言うか痛い!
猛烈な冷気で急速に悴み始めたほっぺたがピリピリと痛み始めた。
ニット帽で隠しているはずの両の耳たぶが熱を一気に熱を失い始め、感覚が無くなっていく。
吹き荒れる吹雪!
ホワイトアウトってこんな景色のことを言うんだね!
「さ、さむむむむっ!」
ちょっと待て!
流石にこれほど荒れてるなんて想像してなかったんだけど!
出発前に2号がしつこいぐらい『天候が大荒れにゃ!』って言ってたの、大袈裟で心配性だなぁって思っちゃってごめんね!
「おっと、ミィ。頼んだ。姫が震え始めたみたいだ」
「ん。任せて」
左腕にオレを載せたままお尻に添えた手をしっかりと握り直したヨゥが、密着しているミィに何かを話しかけた。
あんまりにも寒い上に風の音がうるさ過ぎて、オレには何を言っているのか分からない。
2号、ごめんね!
出発前に2号がしつこいぐらい『天候が大荒れにゃ!』って言ってたの、大袈裟で心配性だなぁって思っちゃってごめんね!
帰ったらいっぱい謝るね!
「あ、あうぅうううううっ」
オレはヨゥの胸の中で身体を小さく縮こませる。
風が強くて目が開けられないし、だんだん奥歯がガタガタ言い出してきてまともに言葉も発することすら出来なくなってきた。
き、気温!
今ここの気温マイナス何度ですか!?
「──────姫、もう少しの我慢ね?」
「うひゃあ!」
ニット帽ごしにミィの声が聞こえてくる。
その声があんまりにも耳に近すぎて、そ背筋にゾクゾクっと変な波が走り、おもわず叫んでしまった。
帽子が無かったら耳が食べられてたぐらい近かったんだけど!?
「……環境把握・状態認識・地形適応・気流予測──────結界展開」
……あれ?
寒く……無くなった?
ゆっくりと薄目を開く。
まだ身体はガタガタと震えているけれど、頬がじんわりと暖かくなって行くのをはっきりと感じ取れるほど急速に温度が上昇して行くのが分かる。
遠くの視界は未だに真っ白だけど、さっきまでと違ってヨゥとミィの姿がはっきりと見える様になっていた。
凄い。
ミィの結界が本当に凄い。
風と冷気を完全に遮断して、周囲から空気だけを抽出している。
中の気温までは操作できてないみたいだけど、それは流石に贅沢と言うもの。
さすがオレの魔法の先生!
憧れるぜ!
助かった! 本当に助かった!
「ん、こんなもんかな?」
「お見事。さすがだね」
「よしてよ。この程度自慢にもならないわ。本当に癪だけど、こう言う細かい魔力の使い方と周囲の状況に合わせた術式の調整に関しては2号の方が遥かに上手いわ。ほんっとうに癪だけど!」
「アタシからしたらドヤるには充分すぎるほどの技量なんだけどねぇ。なぁ姫?」
「え、えええ? な、ななな、なに?」
ごめんまだちょっと寒いの!
もう少し待って!
「おっとと、あんな短時間でも姫には辛すぎたらしいね。ほらアタシの外套に包まっておきな」
「姫は寒がりだものね」
ヨゥがお馴染みの見慣れた外套をばさっと翻してオレの身体に被せてくれた。
無我夢中でその端っこを掴み、オレは身体にグルグルと巻きつけて行く。
「姫、落ち着いて。深呼吸よ」
ミィが外套ごしに背中と肩をサスサスしてくれた。
「う、ううう、うん。あ、あわわわ」
顎が反抗期を起こした様で、オレの言うことを全く聞いてくれない。
ぐむっと口を閉ざそうにも、わんぱく盛りなのかさっきから大暴れだ。
な、なんで二人は平気そうにしてるの!?
こんな寒さ、前世で行ったことのある北海道でもあったか無かったかぐらいだよ!?
「落ち着いたら、すぐに魔力を練りなさい。環境適応の魔法式をいくつか、私は確かに教えたはずよ?」
あ!
そ、そうだ! 突然過ぎてすっかり忘れてた!
「あ、あううう。え、えっと」
ごめんイド、ちょっと手伝って。
寒過ぎて集中できないの。
【かしこまりました。姫の魔核にアクセス。経脈を開きます……確認。準備完了です】
頼りになるなぁ。大好きですイドさん!
【イドも姫が大好きです】
照れるぜ!
さてふざけてる場合じゃないや。
魔核から全身に伸びる経脈はイドが開いてくれた。
あとはオレが練った魔力を体内で用途に応じた状態へと変性させて、詠唱と発動を行うだけ。
魔法の詠唱は『意味のある音』と『意味のある言葉』の組み合わせ。
その魔法の効果が複雑になればなるほど、威力が増せば増すほど、詠唱は長く難しい旋律になる。
それはまるで、一つの歌を紡ぐ様に──────。
一つのリズムを、刻む様に──────。
「巡れ、廻れ♪ 仄かに灯れ♪ 開け、届け♪ 暖かくなぁれ♪」
意味さえ同じなら、単語は別に選ばない。
ちょっと子供っぽい詠唱になっちゃったけど、頭に浮かんだワードを咄嗟に出しちゃったからしょうがないよね?
「『熱波』!」
これは身体の輪郭に、流れる熱の波を纏う魔法。
バリエーションとしては冷気の膜を纏う『涼風』とか、身体の表面の水分だけ蒸発させる『乾燥』とかがあって、特に『乾燥』はお風呂上がりとかに重宝してる。
まぁ、それで髪を乾かすとミィにすっごい怒られるんだけどね?
丁寧にやれって。
「ふぃー。あったかぁい♡」
もうぬくぬくですよ。
一度死んだ身ですがまるで生き返る思いです。
この魔法の効果は、言うなれば炬燵の中に潜り込んでいる状態。まるで着るおこた。
もう字面だけでも冬に幸せになれる魔法ですね。
手放せなくなりそう。ダメになるぅ。
「さて、姫も無事溶けちゃったみたいだし、現在地の確認からしますかね」
「転移時の座標だとフロスティア大陸の北東部。山岳地帯の精霊過密地域のはず───なんだけど、ちょっと予想より吹雪すぎじゃない?」
ん? なに?
なんの話? ごめん今オレ、ちょっと頭回んないかも。
【猫たちが想定していたよりも現地の環境が荒れている模様です】
そっかぁ。この雪国を想定して用意していた服、全く役に立たなかったもんね。
最初から魔法に頼るなんて、考えても見なかったし。
そういえばイド、今のオレの魔核の状態はどんな感じ?
大陸の精霊の影響は表れるとしたら最初に魔核に出るって1号は言ってたけど。
【はい、魔法使用による魔核の異常も精霊による干渉も見受けられません。平時の姫のバイタルとほぼ変わりないかと】
そっか、自分で経脈が開けなかったの、ひょっとしたらって思ってたんだけど、問題なさそうだね?
【ええ、見事な魔法の発動でした。やはり姫の詠唱は綺麗ですね】
そ、そう?
えへへ、ミィみたいに無詠唱とかできれば良かったんだけどね?
【アレは長年積み重ねてきた経験と培った技量、そして高度な演算能力によって成り立つ、魔法学・魔法術式学に於ける一つの極致的技術──────つまり奥義ですから。まだ姫には無理だと思われます】
でもかっこいいじゃん。憧れるよね。
【頑張れば姫にもいずれ辿り着けますよ。イドが保証します】
もうイドさんったらおだて上手なんだから。褒めてもなにも出ないぞ?
えへへ。
【でも調子に乗ったらいけません。姫は褒められた直後に失敗する傾向にありますからね。もっと魔法について謙虚に、地道に学ぶ姿勢を──────】
あ、上げて落とすのやめて!
わかってる! わかってるから!
「じゃあ、まずはここから南に降りたとこの町を目指しましょうか」
「そうだね。地図で見る限りだとそこまで大きくなければ小さくも無いし、宿もあるだろ。姫、聞いてるかい?」
「あ、え? う、うん! 町ね? 行こう行こう!」
おっと、頭の中でイドに説教されてたら二人の会議が終わってたみたいだ。
【この話の続きはまた今夜】
ま、まだあるの!?




