召喚された聖女
ジオラルドは幼い少女に目を奪われた。
体の大きさに不釣り合いな白いシャツと紺のズボンの中に完全に手足が隠れている。
見たことのないような黒い艶やかな髪を背中に流し、髪の色と同じ黒い大きな瞳を見開き呆然と前を見ていた。
小さな口をぽかんと開け、ぷっくりとした柔らかそうな頬がこぼれ落ちそうだ。
「なに、ここどこよ!」
キンキンと耳に響く声が聞こえる。
座り込んでいる幼い子どもにしか気付いていなかったが、召還の儀に応じたのは二人だったようだ。
召還の成功を聞き付けたのか聖女の姿を見ようと上流貴族が20人程入ってた。
「成功したようだな」
王の言葉に合わせて跪き頭を下げる。
王が治療師達の開けた道を歩き少女の方へ近付いて行く。
王子は王の後ろで待機していた。
「召喚されるのは少女と聞いていたが…そなたが聖女か」
金髪の女に王は問いかけていたが、女は王の問いかけにも答えず混乱して喚いている。
あの女が聖女?あきらかに私より年上ではないか。なぜ誰も後ろの少女に声をかけない!?あきらかにあちらが言い伝えの幼い少女だろう?
もしかしてあの女に隠れて皆見えていないのか?だとしたら私が声をあげねば…
そう考えていた時には王子が女の前に出てきていた。
王や王子の言葉を遮って発言することは許されない。
声をあげるタイミングを逃し王子が女を連れ出ていってしまった。
それに合わせ王が踵を返す。
「王、お待ちください」
慌てて声をあげる。とっさに頭を上げかけたが思い直して目線を下げた。
「どうした」
「どうやら子どもも召喚されてしまったようです」
王子があの女を聖女として接した以上、こちらの少女が聖女ではないかという疑問は口に出来ない。
私の言いたいことに気付いてくれという願いを込めて拳を握りしめた。
しかし王は少女に聖女の子どもか確認し違うとわかると巻き込んだことを謝罪し、王城で保護することもせずよりによって貴族に少女を任せようとしている。
「私が引き取りましょう」
聖女であろう少女が貴族に飼い殺される事が頭をよぎり咄嗟に声を上げていた。
許可が降りたことにほっと息つく。
だが…困ったことになった。
私は子どもと接したことなど一度もない。どのように声をかけてよいか全くわからないのだ。
悩んでいると貴族や治癒師達が部屋を出始めた。
少女はそれを心細そうに見ている。
とりあえず優しい口調で話しかけよう。怖がらせるのは避けなければなるまい。
「私と共に来なさい」
悩んだ末出た言葉がこれだ。
「ひゃっ」と短く悲鳴をあげた少女は立ち上がることなく不安そうにこちらを見ている。
急に話しかけて驚かせてしまったか…
「私と共に来なさい」
同じ言葉を繰り返す。
だが少女は動かずジオラルドを見上げるばかりだ。
かける言葉を間違えたか…?
いや、もしかして召還されたことにより体に悪影響がでたのか…
もしくは言葉が通じていないのか。
「どうした、どこか痛むのか」
しゃがんで目線を合わせようと考えたのだが少女が小さすぎて未だ見下ろす形になってしまっている。
「腰が抜けて…立てません」
返事が返ってきたことに安堵する。
宿舎まで歩くのは難しそうだと考え服が落ちないよう気をつかいながら少女を抱き上げたが首にしがみついて来たため歩きづらい。
「歩きにくい…落とさないから手を離して体を預けなさい」
大人しく言うことを聞いてくれた事を確認し、歩き出す。
扉に続く廊下を歩いていると視線を感じた。
言いたい事があるのかと聞いてみたが顔を逸らされ、どうすれば少女を怖がらせずすむのか想像もつかずため息が漏れてしまった。
すると大きな瞳に涙が滲み始め、慌てて歩みを止めた。
「聞きたいことがあるなら言いなさい」
私なりに精一杯優しく問いかけているはずだ。
「どこに行くんですか」
耳を澄ましていなければ聞こえない程の小さな声が聞こえてきた。
そういえば伝えていなかったなと自分の失態に気付き答える。
「第2騎士団の宿舎だ」
少女はまた小さな声で分かりましたと言い視線を落とす。
何か話をしなければと考え名前を聞いてみた。
おさないゆず…ゆずか、変わった名前だ。
こちらも名前を伝えてみたのだが発音出来ていない。
ジオと呼んで良い旨を伝えて、宿舎にいる隊員達を思い出しまた不安になる。
隊員は厳つく体格の良い者が多い。なんとか怖がらせずすむ方法は無いものか…
そんな事を考えながら少女に宿舎の説明をしているうちに柚子の体温が高くなってきたのを感じた。
熱でも出たのかと柚子を見ると目を瞑り規則正しい寝息をたてている。
余程疲れていたのだろう。本当は夕食を取らせて明日からの事を話したかったのだが仕方がない。
柚子が起きないよう最新の注意をはらって抱え直し宿舎に向かった。
宿舎に着くと第2遠征隊隊長のベリルが待ち構えていた。
ベリルは身長170センチと第2騎士団の中では小柄だが、素早さを生かし魔物を見つけると一番に仕掛けていく。短く刈り上げた金髪に人懐っこい茶色の目。いつも笑顔を絶やさないベリルは女性にも人気があるそうだ。
「副団長!!召還が成功したと聞きましたが聖女様はどうでしたか!」
ジオラルドを見つけるなり大声を出しかけよってきた。
「静かにしろ!」
慌ててベリルの口をふさぐ。
ベリルの大きな声で柚子が起きていないか心配になったが熟睡しているようだ。
ほっと息をつくとベリルがジオラルドの腕の中にいる子どもを見つけ驚愕に目を見開いた。
「どうしたんですかこの子ども…」
寝ている事に気付き小声だ。
「召喚に巻き込まれたようだ。角の空き部屋に住まわせる」
ジオラルドも小声で答える。
「召喚に…ということは異世界の子どもか…
このまま運びますか?」
「ああ、他の隊員達にも伝えておいてくれ。詳しい事は明日話す」
「分かりました」
ベリルは大きく頷くと走って行った。
宿舎の4階まで上がり右に曲がる。
執務室を通り過ぎ図書室、空き部屋、ジオラルドの私室と続き角部屋に着いた。
宿舎は掃除婦によって毎日隅々まで(隊員達の部屋は除く)掃除が行き届いており、空き部屋もすぐに使える状態にある。
昔は掃除婦はおらず新人騎士達が掃除を行っていたのだが総師の薦めにより掃除婦を雇った。
費用がかさむ為最初は反対する者もいたが、掃除婦の仕事っぷりを見て全員が掃除婦に感謝していた。
部屋は12畳程で木製のシングルベッドに清潔間溢れる白のシーツがかけてあり、1mの正方形の机と椅子1脚、洋服棚と本棚が備え付けてあり、左側の扉を開けるとトイレと手洗い場がある。
シーツを片手で捲り柚子を寝せようとするとズボンが床に落ちた。
幸いシャツが柚子の膝丈まであったのでそのままベッドに入れ、ズボンを畳んで椅子に置く。
柚子の着替えも手配する必要があると考えながら部屋を出た。
そのまま執務室に戻り仕事を始める。
途中で軽食を食べ、ひたすら書類を片付けていった。
「はぁー」
目元を抑えそろそろ眠ろうかと立ち上がる。
時計を見ると2時を廻っていた。
「副団長!!」
見回りの隊員が勢いよくドアを開く。
「ノックをしろと何度言えば… 「子どもがいなくなりました!!」
ジオラルドの言葉を遮って隊員が執務室に入ってきた。
子ども…柚子のことか!!
「どこに行ったんだ!」
「判りません。見回りをしていたら角部屋のドアが開いていて…中には誰もおらず窓も閉まっていたので恐らく自分で出ていったと…先程他の隊員にも連絡して捜索しています。4階は全部見て回ったのですが見つかりませんでした。」
隊員の言葉に頭を抱えた。
私の考えが足りなかった。熟睡していたから朝まで起きないと高を括っていた。見張りをつけるべきだったのだ…
焦る気持ちを落ち着ける為大きく息を吸う。
今すべきは柚子を探すこと、反省はその後だ。
「私も探索に加わる」
隊員と共に執務室を後にした。
次から話がやっと進みます。
誤字報告ありがとうございます。修正しました。