旅立ち
街を抜けて自然豊かな街道を進む道すがら、ジオラルドが新緑の森について教えてくれた
新緑の森は王都の東にあるラーゴナースとの境界に広がる森だ
魔物の少ない場所に街道が引かれ、ラーゴナースの街には最短で10日程かかるらしい
因みにラーゴナースの領地の半分以上はこの新緑の森だ
通常であれば奥地でもそこまで強い魔物は生息しておらず、新米騎士や冒険者達の狩りの練習場や温暖な森で採れる様々な果物や野草の採取場としての役割を担っていたのだが、魔物が急激に増えた為街道以外には人があまり立ち入らなくなった
第2騎士団はここ一月半は魔物の増えた原因の調査と、街道や街に魔物が入らないよう巡回や間引きを行っている
今回柚子達が向かうのは第1遠征隊が異常を発見した場所だ
森の奥地には大きな湖があるのだが、湖の周りに妙な結界が張られてあり、湖にたどり着く事が出来ないらしい
総師に結界を見てもらい、出来れば結界を破ってもらうのが今回の目的だ
「今日は夜営をして、明日はダウル村に向かう。疲れたら休憩を挟むので無理はしないように」
城下町を抜けて街道を一時間ほど移動していると、ジオラルドが話し出す
少しお尻が痛いが、ゆっくりと移動してくれているのでまだ耐えられそうだ
「はい。まだまだ大丈夫です。ダウル村ってどんな所なんですか?」
「行商人が多く立ち寄る村だな。王都で一番東にある村だ」
街道は幅が広く綺麗に整備されており、大きな荷物を引いた馬車と何度かすれ違った
「さっきの馬車が行商人の方達ですか?」
「そうだ。街道は常に行商人が行き来している」
「乗せているのは食料ですか?」
「食料もあるが殆どは魔石や紙、それと酒だな。まぁ食料も増えてはきているだろう」
新しい食材が入ってくると考えるだけでわくわくしてくる
帰ってくる時にはもっと様々な料理が作れるかもしれないと、すれ違う行商人を目で追った
一度昼食と休憩を挟み、日が暮れる前に夜営の準備をする
厳密にいうと準備をしているのは隊員達で柚子は見ているだけだ
ラリマーも夕食の準備を手伝っていて忙しそうに動き回っている
「柚子ちゃん初めて馬で移動したから疲れただろ?」
人懐っこい笑みを浮かべたベリルが柚子の隣に座った
「少し……でも馬に乗って見る景色が綺麗で、夜営もなんだかキャンプみたいで楽しいです」
地面にハンカチを引いてペタりと座る柚子をベリルが抱き上げ、膝の上に座らせた
驚いてきゃっと小さく悲鳴を上げる柚子を見てベリルは笑っている
「ごめんごめん。地面じゃお尻が痛いんじゃないかなー?と思ったんだよ」
確かに馬に乗っていた影響もあり、お尻は痛い
だけど膝抱っこは恥ずかしい!
「ベリル、気遣いは嬉しいんだけど恥ずかしいから下ろして」
赤くなった顔を見られないよう視線を反らすが、ベリルはニヤリと笑って柚子の顔を覗き込み、頭を撫でる
「照れてるー。可愛いなぁ」
「からかわないで下さい!」
ベリルの手を叩いて退けようとしたのだが、素早く手を引かれて空振りした
今度は顔の前で手をひらひらと振られ、むっとして手を叩こうとしたのだがまた空振る
それを何度か続けたが、柚子がベリルの手を捕らえる事はなかった
腹立つなぁ
一回位叩き落としたい!
「柚子ちゃん周り見てみな?」
いつでも来い!と構えていると、ベリルは楽しそうに笑いながら柚子の耳元で囁く
言われた通り周りを見てみると、隊員達が手を止めて柚子を見ていた
なんか凄い顔で見られてる
隊員達は悔しそうな、だがにやけるのを押さえられないような複雑な顔をしている
「皆どうしたんですか?」
ちょこんと首を傾げると、隊員達が崩れ落ちた
ええ!?なんで!?
「あーもー可愛い!」「むきになってる柚子ちゃんヤバい」
「ベリル隊長そこ変わってくれ!」「尊い……」
ああ、いつもの発作か
と勘づき何も言わず隊員達から視線を外した
「お前達は何をしているんだ……」
見回りに行っていたジオラルドが呆れた顔をして戻ってきた
「副団長見回りお疲れ様です。何をしてたか聞きたいですか?」
柚子を膝に乗せたままベリルが振り向く
「……いや、いい。それより早く作業に戻れ」
ため息をつくジオラルドにベリルは、はーいと間延びした返事をして柚子を下ろし、ジオラルドに何か耳打ちして事業に戻った
「柚子、大丈夫か?」
ジオラルドが柚子の隣に腰を落とす
「大丈夫ですよ。私は何もせず見てるだけなんでなんだか申し訳ないんですけど……」
「気にしなくていい。巻き込んだのはこちらだからな。そろそろ夕食も出来上がるだろう」
既に日は暮れており、焚き火の上に乗せられた大鍋からは食欲をそそるいい匂いが漂っている
匂い嗅いだら急激にお腹減ってきたな
お腹を擦っていると、ジオラルドが柚子を抱え上げた
「ジオさん、私歩けますよ?」
「大丈夫だ。柚子は軽い」
そういうことを言ってるんじゃないんだけど
下ろしてくれる気配のないジオラルドに苦笑してそれ以上は何も言わなかった
「柚子様、今回は僭越ながら私も調理させていただきました。お口にあうと良いんですが」
ラリマーが湯気の立つスープを持ってきてくれた
「ありがとう、ラリマー。ジオさん、食べたいので下ろして下さい」
見上げるとジオラルドは柚子を抱いたまま座り、そのまま膝に乗せる
「あの……ジオさん?」
「ベリルから柚子が尻を痛がっていると聞いた。硬い土の上に座るよりは多少ましだろう」
あの人!余計な事を!
ジオさんに尻とか言わせないでよ!
というか一応私も女なんだから、お尻が痛いとか恥ずかしいんだよ
「大丈夫です!自分で座れますから!」
立ち上がろうとしたのだが、ジオラルドがむっとして離さない
「無理はするなと言ったはずだ」
これはジオさん譲らないパターンだな
「……わかりました。お言葉に甘えます」
諦めてジオラルドの上に座り直すと、ニヤニヤしているベリルと目があった
あの笑顔ムカつく!
ベリルを睨み付けたが、また楽しそうに笑うだけだった
ベリルから視線を外してラリマーからスープとスプーンを受け取り、いただきますと手を合わせ、ふーふーと冷ましながら一口食べる
美味しい!
昼食はパサついた味気のない携帯食料だったので温かい具沢山のスープが嬉しい
野菜が柔らかく煮られ、干し肉も食べやすい硬さになっている
味付けはシンプルな塩味だ
「ラリマー、すっごく美味しい!」
上機嫌でラリマーを見ると、嬉しそうに笑っている
「喜んで頂けて良かったです」
はふはふと野菜や干し肉を夢中で食べ、最後にスープを飲み干す
「お腹一杯!ご馳走様でした」
手を合わせて満足気にふーっと息を吐いていると、既に食事を終えているジオラルドから視線を感じた
「ジオさん?どうしたんですか?」
「前から不思議に思っていたのだが、食事の前と後にしている事にはなんの意味があるのだ?」
食事の前と後?
「いただきます、とご馳走様、ですか?」
「ああ」
そういえば食事の挨拶をしている人を見たことがない
「いただきます、もご馳走様、も食事を用意してくれた人や野菜を作ってくれた人など食事に携わる全ての人への感謝と、食材そのものへの感謝の敬意を現している挨拶です」
「食材そのものへの感謝?」
「そうです!食材は野菜も果物も、勿論お肉も全て命なんです。それを私達は頂いて生きているんです。だから食材の命を私の命にさせていただきます、と感謝するんですよ」
「成る程。そのような深い意味があったのだな。柚子が食に拘る理由がわかった気がする」
ジオラルドは辿々しくご馳走様と言い手を合わせる
ジオラルドに続き、ラリマーや話を聞いていた他の隊員達もご馳走様と手を合わせた
食事が終わると隊員達が手際よく後片付けを始め、柚子はテントに案内された
靴を脱いで中に入ると大人二人位が横になれそうな広さがある
床には厚めの大きなクッションが引かれてあり、横になっても痛くなさそうだ
「柚子様はこちらでお休みください。私は近くにおりますので何かありましたら呼んで下さいね」
「え?ラリマーはどこで休むの?」
「私は寝袋がありますのでそこで休みますよ」
ラリマーが指差したのは大きな木が生えている横、太い根が張っていて寝心地はどうみても悪そうだ
「一緒にテントで寝ちゃダメなの?」
「柚子様と一緒に寝ることはできません」
侍女ですから、と困ったようにラリマーは笑う
総師は別のテントに入っていき、隊員達も少し離れた場所で寝袋に入っている
私と総師だけテントなの?
「せめて交代でテントで寝るとか……」
「柚子様を地面に寝かせるわけにはいきません」
頑ななラリマーに考え込む
他の隊員は仕方ないにしても、ラリマーも女性だし硬い地面には寝かせたくない
どうにかして一緒にテントに入ってくれないかな……
子どもみたいに甘えてお願いしてみる?
でも中身大人な私がやっても痛いだけだよな……
「それでは柚子様、お休みなさい」
ラリマーが入り口を閉めようとするのを見て、慌てて手を掴んだ
「待ってラリマー!」
恥ずかしいとか痛いとかは一旦置いておこう
決意してラリマーを見上げた
「お願い!一緒にいて?一人じゃ怖くて眠れないの」
精一杯の可愛い顔を作る
「ですが」
「ラリマーが隣に来てくれないと寂しくて泣いちゃうよ?」
も恥ずかしくて爆発しそうだ
もっと上手く出来なかったのかと思うと情けなくて本当に涙が滲んでくる
「……わかりました。遠征の間だけですよ?」
仕方なく了承してくれたラリマーにほっとしながらテントの外を見ると、隊員達も安堵の表情を浮かべていた
ずっと見られてたんだ……恥ずかしい
見なかったふりをして横になると、思っていたより疲れが溜まっていたようで直ぐに眠りに落ちた




