戦いの後は
「戻ってやるよ」
ボルダーがアランドルを見下ろす
「……本当か?」
「ああ。もう戦闘は出来ねぇがやっぱり俺は誰かを守る仕事がしてぇ」
「そこまで言うなら仕方ねぇな」
漸くアランドルが立ち上がり、不適な笑みを浮かべた
アランドルさん、さっきまで落ち込んでたのに変わり身が早いな
思わず吹き出しそうになった
「只し、お前にはちゃんと罰を受けてもらうぞ」
「ああ」
「お前とりあえず宿舎に住め。んで3ヶ月酒はなしだ」
アランドルは腕を組んで宣言する
「3ヶ月……わかっ」
「ちょっとお待ちください」
ジオラルドが無表情に戻っている
「なんだ?」
「まさかそれだけで済まそうとは思っていませんよね?」
ジオラルドが睨むと、明らかにアランドルは狼狽えた
「いや、俺達にとって酒が飲めないのは結構な罰だぞ?」
「主観は不要です。それでは他の隊員に示しがつきません」
アランドルはムッとしてジオラルドを指差した
「じゃあ何だったらいいんだよ!」
「職務放棄に命令違反。半年間の減給及び同期間の禁酒、くらいが妥当かと」
「お前は鬼か!」
「アランドル団長は少し黙っていて下さい。ボルダーさん、あなたが私の立場だったとして、隊員があなたと同じことを行ったらどうしますか」
ボルダーは渋い顔で考え込み、小さくため息をついた
「……もっと厳しく罰するな。お前が便宜を図ってくれたことはわかった。その処分を受けよう」
「団長にも責任はありますからね。ということで団長は3ヶ月禁酒でお願いします」
「はぁ?何で俺まで」
「先程ボルダーさんに悪かったと言っていたのは口先だけだったのですか」
冷ややかな視線を向けるジオラルドにアランドルはわかったよ、と肩を落とした
ボルダーが宿舎に戻ると聞いて隊員達は嬉しそうに笑い、柚子はジオラルドに抱えられて皆で揃って宿舎に帰った
因みにその後アランドルは、柚子を危険に晒した事をジオラルドにこっ酷く叱られていた
遅めの昼食をとり、ジオラルドに会いに執務室へ入る
ジオラルドは既に仕事を始めていた
「ジオさん、話があるんですけど……」
「どうした。何処か具合でも悪いのか?」
「いえ、それは大丈夫です。この前法の改正の会議があったと聞いていたので結果が知りたくて……。こんな時に聞いていいのかわからないんですけど気になって」
「ああ、その事か。伝えていなかったな」
ジオラルドは書類を置き、ソファへ座る
柚子も向かいのソファへ座った
ジオラルドによると貴族達からの反対は出なかったようで、法の改正及び増税はすんなりと決まった
先ずは試験的に王都のみで改正を始める
料理の件は増税額の多くなる上流貴族から順にそれぞれの料理人が宮廷料理人の元で研修を行い、徐々にレシピを広げて行くそうだ
平民に対してはまだ食べられる古い食材を持ってくることを条件に、安価で手間の掛からない料理を中心に協会で纏めて料理を教える
主婦達は作った料理を持ち帰れるし、古い食材は調理して貧しい人や孤児等に配る
王都での本格的な改正は再来月
今は3月の二週目なので、準備期間は一月半程だ
改正に合わせて商人達にも食材の幅を広げて行くよう通達がなされているらしい
その間に柚子もこの国にはない料理を教える事になる
これからまた忙しくなりそうだ
ジオラルドと少し話をした後、軽めの夕食をとって眠りについた
翌日、新しい料理に必要な食材をピックアップしているとジオラルドに呼ばれたので執務室へ行く
執務室へ入るとジオラルドとナックス、アミューそれとボルダーが仕事をしていた
ボルダーは髭を剃っていて白いシャツにスラックスと、昨日とは別人のような真剣な顔付きで書類に目を通している
「ジオさん、呼ばれたので来たんですけど……」
「ああ。ここは手狭なので私の部屋に移ろう」
「ちょっと待ってくれ」
ジオラルドが柚子を抱えて執務室を出ようとすると、ボルダーが立ち上がり柚子の前に来た
「今まですまなかった。情けない話しだが、きつく当たっていたのは只の八つ当たりだ。許してくれとは言わないが謝罪させてくれ」
ボルダーは頭を深くさげる
「顔を上げて下さい。私みたいな子どもが仕事の邪魔をしたら怒るのは当然ですし、もう済んだことなので気にしてません。それより昨日はありがとうございました」
柚子も頭を下げる
「嬢ちゃんが法の改正の発案者だと聞いて何かの冗談だと思っていたんだが……どうやら本当らしいな。対応がまるで大人みたいじゃないか」
ボルダーは驚きつつも何か納得したように頷いている
そりゃ中身は立派な大人だからね
もう慣れてきたけど本当は抱っこもちょっと恥ずかしい
「ボルダーさん、これからよろしくお願いします」
にこりと笑って小さな手を差し出すと、ボルダーは柚子の手を優しく握り返しこちらこそ、と笑った
ナックスとアミューにもお仕事頑張ってくださいと声をかけ、執務室の隣にあるジオラルドの部屋へ移動した
柚子と同じシンプルな部屋だ
家具のみが置かれ、装飾品などは一切ない
ジオさんらしい部屋だなと思いつつ椅子によじ登る
ジオラルドがラリマーの入れた紅茶を一口飲んで話を切り出した
「昨日の魔物の件で柚子を呼んだのだ。念のために知らせておこうと思ってな」
「はい」
「今まで街中にまで魔物が出たことはなかった。今回はたまたま街外れだったので被害も少なく済んだが、今後はどうなるか予想もつかない。本当は柚子のしたいようにさせるつもりだったのだが、危険もある為気軽に外出を許可出来ない状況だ」
少し残念だがジオラルドの言いたい事はわかるので頷く
「今後は第2騎士団総出で新緑の森の調査及び魔物の討伐を進めていく。私も宿舎を空けることが増えるだろう」
新緑の森とは魔物の出てきた森で、王都よりも広大な森らしい
調査には時間も人も大量にかかるのだろう
「柚子はラリマーと共に宿舎で過ごして貰うつもりだったのだが……」
ジオラルドが言葉を切り、深くため息をついた
つもりだった?
何か物凄く嫌な予感がするんだけど
「法の改正の準備が終わり新緑の森も一通り調査が進んでいるであろう5月に、柚子を新緑の森へ連れていく事が決定した」
やっぱりか……
何でアランドル団長は私を連れ回すことに拘るのかな
「わかりました」
「勿論その時は私とラリマーが共に行動する。昨日の事もあり不安だとは思うが、団長が譲らなかったのだ。諦めてくれ」
遠い目をするジオラルドに、何故か柚子が申し訳なくなった
「あ、ジオさん、これ。新しい料理に必要な食材を書き出しましたので、宮廷料理人の方に渡してもらってもいいですか?」
気分を切り変えようと、二枚の紙を渡す
「ああ。すまないな、色々迷惑をかける」
眉尻を下げるジオラルドに慌てて首を振る
「いえ、迷惑を掛けているのは私の方です。いつもありがとうございます」
ジオラルドはああ、と答え柚子の頭を撫でた
それからの一月半は正に怒濤の日々だった
毎日王城に通い、パスタやパイを中心に作り方を伝えていき、宮廷料理人達は柚子のレシピを元にどんどん新しい料理を作っていく
試作品を毎日のように食べさせて貰えたのは嬉しかった
因みに王城へ行くときはラリマーの他に騎士が二人護衛についてくれている
調理器具もリフィアンとロベルディに新しく作ってもらった
後は王子の機嫌とりの為、梨奈用の米に合う日本食も伝えたのだが、米は外国から輸入しているらしく、この国では栽培されていなかった
協会での平民向けの料理教室は、最初は難色を示していた主婦達も作った料理を持ち帰る事が出来ると徐々に乗り気になっていて参加する人数も増えている
今では食事嫌いの子どもが良く食べてくれるようになったと嬉しそうに話しながら料理をしているそうだ
黒パンを作っていた工房では平民用のパン屋さんとして改装し、調理パンを中心に品揃えを徐々に増やしていく予定だ
主婦達に意見を聞きながら作った調理パンは、仕事に行く夫の昼食に丁度いいと評判になっている
空いた時間は魔法の練習に費やしたのだが、上達する気配はなかった
第2騎士団の人達も新緑の森の調査の為宿舎にいる隊員は少なく、ジオラルドも言っていた通り月の半分程宿舎を空けていた
そして5月になり、いよいよ柚子も新緑の森へ向かう日が来た
第2遠征隊とジオラルド、ラリマー、アランドルそして総師と共に行動する事になっている
アランドルは先に向かっていて後から合流するそうだ
朝から武器や食糧の準備等で皆慌ただしく動いていた
宿舎の玄関で隊員達を眺めているとジオラルドが馬を3頭連れてきた
3頭とも毛艶が良く、白、茶色、黒の毛並みが輝いている
ジオさん馬が似合うなぁ
「柚子は馬に乗ったことはあるか?」
茶色と黒の馬をラリマーへ渡しながら、ジオラルドは白い馬を引き寄せる
「ないです。見たのもこれが初めてです」
テレビでしか見たことがなかったのだが、実際目の前にするととても大きく感じる
「そうか。新緑の森へはこの馬で向かう。乗ってみなさい」
ジオラルドが手綱を握ったまま柚子を抱き上げ、馬の背に乗せた
高い!
ちょっと怖いけど楽しいかも
鞍を握りしめて景色を見ていると、ジオラルドが後ろに軽々と跨がって柚子のお腹に片手を回す
隣を見るとラリマーが茶色の馬に、総師が黒の馬に乗っている
他の隊員は歩いて移動するようで、馬に乗っているのは柚子達だけだ
「怖くはないか?」
いつもより声が近くて少し緊張する
「大丈夫です。綺麗な馬ですね」
「ああ。休憩の時にでも撫でて声を掛けてあげなさい。今から新緑の森へ向かうが、移動は第2遠征隊に合わせるので緊急時以外はゆっくり景色を楽しむといい」
どうか緊急時なんか来ませんように、と祈りながら第2遠征隊の後ろについてゆっくりと出発した




