戦いの果てに
ズーンと地響きが近くなるにつれ隊員達の緊張感が高まっていく
今度は何がくるの……
恐怖で涙が止まり、あまりの緊張感に叫んで逃げ出したくなるのを必死に堪えた
森の一番近くにいたアランドルが息を飲む音が聞こえてくる程の静寂
自分の鼓動が煩く感じる
「ヒドラだ!」
アランドルが叫んだ瞬間、地震かと思うほどの揺れと共に頭痛を伴う大きな咆哮が響き渡る
「ジオの後ろまで下がれ!」
アランドルが指示を出しつつ森から離れると魔物が見えてきた
何あれ、あれも魔物なの?
魔物の迫力に気圧され無意識に体が震え出している
現れたのは10m程の体長の魔物だ
昔本の中で見たドラゴンのような見た目をしている
象よりも太い胴体と長く伸びる鋭い爪、巨大な翼と鋭利な牙の生える大きな口を広げ、血のように赤黒い目をギョロギョロと動かしながら地響きを立て森から体を出した
口から出ているのは大蛇のようだ
大蛇が獲物を探すかのように蠢いている
「ドラゴンが口に蛇飼ってる」
ポツリと呟くと総師が柚子の横へ移動した
「あれはドラゴンではない。鷹の上異種じゃ」
あれが鷹?
私の知ってる鷹と全然違う
大蛇の目が隊員達を捉え、力を蓄えるように仰け反った
「ブレスがくるぞ!ジオ!」
ジオラルドが何かを唱えながら隊員達の前に出た
総師は柚子とエセルを庇うように手を広げ、いつの間にか横にいたラリマーが柚子を抱き締める
大蛇は仰け反ったまま一瞬動きを止め、溜め込んだ力を吐き出すように大きく口を開けた瞬間、近くで雷が落ちたような凄まじい爆発音と熱風が襲った
顔が熱い!
耳が痛い!
手で耳を覆い、目を瞑って耐えた
十秒にも満たない時間が途方もなく長く感じる
今まで感じたことのない衝撃だ
やがて音が止み、熱を感じなくなり目を開けると草原が黒く変色し石は溶けていた
焦げた臭いと腐敗臭が混ざったような不快な感覚が鼻を突く
ジオさんは大丈夫なの!?
回りを見渡してほっとする
良かった、誰も怪我してないみたい
「ジオさん」
安心して呟くと、ジオラルドがよろめくのが見えた
「ジオさん!?」
ジオラルドは大丈夫だと言うように手を上げると、マジックバッグから小さな瓶を取り出し、一気に飲み干す
「ボルダー!」
アランドルがヒドラの注意を引き付けながら叫ぶ
「無理だ!魔力が足りねぇ!」
ボルダーは膝に手を付いてなんとか立っている状態だ
ヒドラが左右の鋭い爪でアランドルを狙うが、大剣を構えたアランドルは軽々と避けていく
「朝から酒なんか飲んでるから魔力管理ができてねぇんだよ!誰かボルダーにマナポーション渡せ!」
嘘!?ヒドラの後ろからまた魔物が……
音に釣られたのか、柚子より大きな鶏や狼がぞろぞろと森から出てきている
近くにいた隊員がボルダーに小さな瓶を手渡した
ボルダーは中身を一気に飲み干すと「誰のせいだと思ってるんだよ」と呟き一瞬顔を歪ませ、詠唱を始める
「我は願う、彼の者の剣に全てを切り裂く力を『属性付与』」
ボルダーが魔法を発動させるとアランドルに向かって青、茶、緑の3色の光の玉が飛び、そのまま大剣に吸い込まれた
「お前らは雑魚を狩れ!ジオ、ラリマー、いけるか?」
指示を出しながらもアランドルはヒドラの攻撃を避け続けている
「問題ありません」
ジオラルドは剣を抜き、ヒドラの横へ駆けていく
ラリマーは柚子から体を離すとマジックバッグからマナポーションを取り出し、飲み干していく
「柚子様、心配要りませんよ。もうしばらく総師の元へ居てください。アランドル団長、私も参ります!」
柚子を安心させるように優しい笑みを向けた後、ジオラルドとは反対方向へ走り出した
ジオさん、ラリマー、お願いだから無事に戻ってきて!
離れていく二人を見つめながら祈りを捧げるように手を胸の前で握りしめる
隊員達はアランドルの邪魔にならないようヒドラを迂回し、森から出てくる魔物達に向かっていく
「怪我を追った者は直ぐに下がるのだ!決して無理はするでない!」
総師が手にマナポーションを握りしめ、隊員達に呼び掛けている
「ブレスが来る前に終わらせるぞ!」
ヒドラがアランドルを引き裂こうと腕を振り上げる
アランドルは体を低くして大剣を体の前で両手で支えた
ガキィン
と大剣と爪がぶつかりあい、ヒドラの動きが一瞬止まる
ジオラルドが左から、ラリマーが右から魔法を放ち、巨大な竜巻と雷が合わさりヒドラの胴体を襲った
ヒドラの体から血が吹き出し、痛みにもがきながらも頭を下げ太い尻尾をラリマーへ向ける
ラリマーは後ろに飛び退いて尻尾を避ける
アランドルが高く飛び、ヒドラの首目掛け大剣を振り下ろした
大剣がヒドラの首を通り抜けアランドルが背を向けて着地すると、遅れてヒドラの首が胴体から離れ、ドスンと鈍い音を立てて落ちた
ヒドラの目が一瞬憎しみに染まり、そのまま色を失った
終わったの?
手を握りしめたまま隊員達に視線を移すと、魔物は全て息絶えていた
隊員達の中には血を流している者もいたが、軽傷のようで自らの足で総師の元へ行き治療してもらっている
やっと終わったんだ……
隊員達に浮かぶ安堵と笑顔に漸く緊張が解けた
良かった
ポタリと手に涙が落ちる
怖かった
魔物を実際目にするまでは何処か別の世界の話だと思っていたのだ
目の前で血を流すエセルと魔物の圧倒的な迫力を目前にして何も出来なかった
当然だ
と思う反面悔しくもあった
震える体を抱き締め、祈ることしか出来なかった自分
せめて治癒魔法が使えたら……
目の前で横たわる子どもをもっと早く救えた
せめて身を守る力があったなら……
ボルダーやラリマーが身を呈して庇う必要はなかった
今回は大丈夫だったけど、もしまたこんな状況が来たら皆無事でいられるの?
無理だとわかっていても力を願わずにはいられなかった
「柚子様、大丈夫ですか?」
ラリマーが心配そうに柚子を覗いている
ラリマーも怪我をしている様子がないことにほっとし、大丈夫と短く答えて笑顔を作る
「顔色が悪い。怖かったな。もう大丈夫じゃ」
柚子を気遣うように頭に置かれた手の暖かさを感じる
「ありがとうございます。大丈夫です」
暗く燻る気持ちを無理やり追い出し、今は皆の無事を喜ぼうと立ち上がった
「ボルダーさん、総師、エセルを救っていただきありがとうございました。何とお礼を言ったらいいか……」
エセルを抱きしめながら涙を流し頭を下げる女性を見ながら、ボルダーは照れ臭そうに頭を掻いている
「俺は止血しただけだよ。まぁ良かったな。助かって」
「いやいや、止血が遅れていたら儂でも間に合ったかどうか……。兎も角皆無事で良かったぞ」
隊員達の治療を行いながらも総師は笑顔だ
「ボルダー」
アランドルがボルダーに近付く
「……」
「お前、やっぱり宿舎に戻ってこいよ」
ボルダーは無言のまま答えない
「言い訳に聞こえるかもしれねぇが、俺はお前を厄介払いするために厨房にやった訳じゃねぇんだ。人を増やしてから執務を任せようと思ってたんだよ。……俺の言葉が足りなかった。悪かった」
ボルダーは頭を下げるアランドルを見つめ、口を開きかけて止める
「頼むわ。戻ってきてくれ」
「……んで」
「あ?」
アランドルは頭を上げてボルダーを見た
「何で直ぐに執務につかせなかったんだ。今更言われたって取って付けたようにしか聞こえねぇよ」
アランドルに視線を向けることなくボルダーは呟く
「言わなかったのは悪かったと思ってる……。何で直ぐに執務につけなかったって、だってお前ら反りが合わねぇじゃねぇか」
「「は?」」
ジオラルドとボルダーの声が重なった
「いや、だってお前ら仲悪いだろ?」
「「は?」」
何を言っているんだと言わんばかりに二人の顔が歪む
「同じ部屋で仕事するのはきついだろうって思ったんだよ」
今度は深いため息が揃った
「そんな事の為に私は一人で執務をさせられていたんですか」
「お前、馬鹿だろ」
アランドルは二人の様子にたじろいでいる
「俺はお前達の為を思って……」
「団長は行動に移す前に少しは人に意見を聞いてください」
「お前はまた勘違いで先走りやがって」
はー、とまたため息を揃え二人はアランドルを睨み付けた
「仕事に私情を挟むわけないでしょう」
「その通りだ。それに俺はジオを嫌ってねぇよ」
「私もです」
二人の様子にアランドルは言葉にならない声を発して狼狽えている
「嘘だろ?……まじか?だってお前ら話す度に言い争ってたじゃねぇか」
「あれは議論していたんです」
「意見が食い違えば話し合うのは当然じゃねぇか」
アランドルは到頭頭を抱えて座り込んだ
「俺がやってた事は一体なんだったんだ……」
「有難迷惑ですね」
「余計なお世話だな」
アランドルが頭を抱え込んだまま落ち込み、ジオラルドとボルダーには笑みが浮かんでいた




