ボルダーと下町
スッキリとした気分で目覚め、何時ものように朝食を取って執務室へ入ろうとするとジオラルドとアランドルの声が聞こえてきた
「それで放置してたってのか?」
「職務を放棄したものをどうしろと?」
「お前なぁ、ちょっと冷たすぎるだろ!」
何の話をしているんだろう?
なんだか険悪な雰囲気だ
ラリマーは気にすることなくノックして執務室の扉を開けた
「……おはようございます」
恐る恐る執務室へ入る
ジオラルドは書類に視線を落としたまま「ああ」と短く答える
機嫌が悪そうだ
眉間に皺が寄っている
「お前からは動かないつもりなんだな」
アランドルがダン!と机を叩いた
「そうです。時間の無駄なので」
ジオラルドは視線を上げない
「えっと……お取り込み中のようなので私は失礼しま――」
小さな声で告げて執務室を出ようとすると、アランドルから頭を掴まれた
いつの間にこっちに来たの!?
「お前の考えはわかった。俺は勝手に動くぞ。柚子、一緒に付いてこい」
「待ってください!何故柚子まで連れていくんですか」
ジオラルドが慌てて立ち上がる
「俺が必要だと思ったからだ。なんか文句あんのか?」
また荷物を持つように小脇に抱えられた
何処に行くの?私何も聞いてないんだけど
「あるに決まっています!何を考えているんですか!」
詰め寄るジオラルドを軽々と交わす
「俺は団長だ。そして柚子は第2騎士団で預かってる子どもだ。俺が何をしようと文句言われる筋合いはねぇ」
危険な目には合わせないから安心しな、とジオラルドの制止を聞かずにアランドルは駆け出した
ラリマーはため息をつき後を追う
えっと……私の意志は……
言葉に出しても無駄なような気がするので大人しくされるがまま諦めることにした
階段を降り、食堂を抜けて厨房へ入る
「団長!?どうしたんですか?……柚子ちゃん抱えて」
休憩をしていた様子のグナール達が一斉に立ち上がる
「ボルダーの所に行くんだよ。お前らはそのまま休憩してな」
「それは……いえ、行ってらっしゃい」
柚子を可愛そうな者を見るようにちらりと視線をやり手を振るグナール達に、愛想笑いをして手を振り替えした
食糧庫の奥の扉から外に出る
「アランドル団長、少し宜しいですか」
ラリマーもアランドルを止める事は出来ないと諦めているらしく、後から声をかけた
「なんだ?」
「以前も申し上げましたが、柚子様を荷物のように扱うのはお止めください。それが出来ないのでしたら私が柚子様をお抱き致しますので」
「あーそうだったな。ったく、仕方ねぇな」
くるりと柚子の姿勢を変え、片手で抱き上げる
「私自分で歩けるんですけど……」
小さく訴えてみたのだが、無視されてしまった
アランドルは柚子の顔をじっと見つめている
「……アランドルさん?」
私顔になにかついてるのかな?
「柚子」
アランドルの真剣な眼差しに緊張感が走る
「……はい」
「……」
何を言われるんだろう
「頬擦りしてもいいか?」
「駄目です」
この人は真面目な顔で何訳のわからないことを言っているんだろう
アランドルは「ケチだなー。飲み屋の姉ちゃんだったら喜んでさせてくれるのに」と拗ねた様子で石畳を歩きだした
「アランドルさん、何処に向かっているんですか?」
確かボルダーさんの所に行くとは言っていたけど
片足を引きずってジオラルドに掴みかかっていた小汚ない格好の無精髭の男を思い出す
私も気にはなっていたんだよね
あの日から厨房へ行っても姿を見なかったから
「下町の外れにあるボルダーの家に行くんだよ」
「私も一緒で良いんですか?」
私に良い印象はないはずだ
大丈夫なのだろうか
「柚子も無関係じゃねぇだろ?それに子どもがいた方が場が和むかもしれないしな」
えーそれはないと思うんだけど
まぁいいや
アランドルから視線を外し、景色を見る
最初は工場のような大きな建物が並んでいたのだが、歩くにつれ石畳は荒くなりポツポツと小さな家が見えてくる
家はどれも小さめだが、不衛生な様子はなくきちんと管理されているようだ
段々と家が増えてきているのを見るとどうやら住宅街らしい
井戸端会議をしている主婦達がこちらを見ていたり、子ども達が元気に走り回っている
アランドルは下町によく通っているようで時々声を掛けられていた
住宅街を進んでいると十字路に出た
十字路の中心には小さな噴水があり、子ども達が遊んでいる
真っ直ぐ進むと商店街のようで人が多く賑やかだ
右側は住宅街が続いており、先程よりも少し大きな家が並んでいた
アランドルは他より少し狭くなっている左の道に進む
こちらの道は人通りも少なく、少し薄暗く見えた
「ボルダーは足を失うまでは第1遠征隊にいたんだよ」
ポツリと話し出す
「俺にとっては親父のような、年の離れた兄貴のような存在だったんだ」
昔を思い出し、懐かしむような寂しい笑顔だ
「そうだったんですね」
柚子が頷くとまた黙って歩みを進めた
暫く進み、古い小さな家の前で止まる
「ここだ」
アランドルが大きく息を吐き、扉を見据えた
「ボルダーいるか?俺だ、アランドルだ」
ドンドンっと荒っぽく扉を叩くが、返事はない
留守かな?
「いるんだろ?開けてくれ」
アランドルは再度扉を叩く
「うるせぇなぁ。今更俺に何の用だよ」
くぐもった声が中から聞こえてきた
「話をしてぇんだよ。開けてくれ」
「俺は話したくねぇんだよ。もう帰れ」
ガシャンと扉に瓶がぶつかったような音が響く
アランドルは大きくため息をつき、ドアノブに手をかけた
「お前が開けてくれないなら仕方ねぇな。壊すぞ」
え!?壊すってちょっと
「おい!ちょっと待て!」
ふわりとアランドルの足元から風が拭いて赤と黒の髪を踊らせる
ミシッと音を立ててドアノブが外れた
アランドルが扉を蹴ると、ギギッと鈍い音を立て扉が開く
驚きつつも家の中を見て絶句した
カーテンが全て閉まっており、空気の悪そうな薄暗い部屋の中は空の酒瓶やゴミ等が散乱している
「お前……何してくれてんだよ!」
アランドルに掴みかかるボルダーからは濃いアルコールの臭いがして、目の焦点があっていない
「お前が大人しく開けないのが悪い。……なんだよこれ、嫁さんはどうしたんだよ」
アランドルは柚子を庇い、家の様子に驚いたように目を見開く
「同情しに来たのか?」
ハッと小さく笑い乱暴に手を離す
「違ぇよ。お前、何で宿舎に戻ってこないんだよ」
「何で……だと?足を失くした途端俺を厄介払いしたくせによく言えるな」
「厄介払い?俺はそんなつもりでお前に厨房を任せた訳じゃ」
「じゃあどういうつもりだ!……お前も俺が邪魔になったんだろ?騎士を続けられねぇとわかったら嫁も子ども連れて家を出ていきやがって」
クソっ、と空の酒瓶を蹴りあげる
「出て行った……?なんでそんなことに……」
「俺が知るかよ!兎に角もうお前の顔なんざ見たくねぇんだよ!二度と来るな!」
ボルダーに肩を押されアランドルが後退ると、家の扉が乱暴に閉まった
アランドルは呆然とドアノブのない揺れる扉を暫く見つめ、無言で歩きだす
来た道とは逆方向に視線を下げて歩くアランドルに声を掛けることは出来なかった
「厄介払いしたつもりはなかったんだ」
小さく呟くように話しだす
「あの足じゃ遠征には行けねぇが嫁さんと子どもがいたからな。辞めさせる訳にはいかねぇと思ってリハビリも兼ねて厨房を頼んだんだよ」
「そうだったんですね」
「本当は書類仕事を任せようと思ってたんだけどな、あいつびっくりするぐらいジオと反りが合わないんだよ。ジオが副団長になる前はボルダーが書類仕事を全部やってたんだぜ?あの顔で遠征より書類仕事の方が得意だったんだ。意外だろ?」
今にも泣きそうな顔をして笑うアランドルの言葉に頷く
「遠征に行く度にボルダーと書類仕事が出来そうな奴を探してたんだ。今のジオの仕事量を一人でこなすのはきついだろうからな。ジオは腕がいいから、人が見つかったら遠征隊に戻そうと思ってたんだよ。今回やっと良い奴が見つかったのにな……」
まさかあんな風になってるなんてな、とため息をついた
いつの間にか住宅街から抜け、ごつごつとした岩が目立つこぢんまりとした草原についていた
奥には森が見え、木々が青々と生い茂っている
草原の奥はまだ帰りたくない走り回る子ども達と、昼食を取るために子どもを迎えに来たであろう親達が見えた
アランドルは柚子を下ろすと、草原に寝転ぶ
「俺はどこで間違えたんだろうな」
アランドルに掛ける言葉を探していると、ずっと黙って付いて来ていたラリマーが前に出た
「ボルダーさんに先程の話はしていたんですか?」
「……してねぇな」
「それが原因だと私は思いますよ。言わなくても伝わっていると思ってはいけません。きちんと言葉にして伝える事を怠ったアランドル団長が招いた結果です」
ラリマーの容赦ない言葉に「相変わらずお前は厳しいな」と笑うアランドル
「……今からでも間に合うと思うか?」
笑顔を消して体を起こす
「それはわかりません。ですが何もしないよりましなのでは?」
アランドルは暫く黙って考え込み、覚悟を決めたように顔を上げる
「もう一回話してみる。柚子、ラリマー悪いが付き合ってくれ」
漸くアランドルに笑顔が戻った事にほっとする
「もちろんです!」
「柚子様が行くところに私はお供するだけです」
三人で顔を合わせて笑いあい、アランドルが腰を上げて柚子を抱き上げようとした時、女の人の悲鳴が響いた




