第2騎士団
私、ジオラルド・ヴァン・ルベライトはヒルデベルク王国の第2騎士団副団長をしている。
第1騎士団は王城の警備や王族の護衛、第2騎士団は魔物退治が主な仕事だ。
21歳という異例の若さで副団長になれたのには家柄がよいというのも勿論あったのだが、剣や魔法で他を圧倒する実力があったからだ。
表情を表に出すことはあまりなく常に冷静で的確、顔も整っていて女がよってくるジオラルドに嫉妬するものもいたが、それは第1騎士団のものだけだった。
第2騎士団では任務外の時はどんなに冷たくあしらっても弟のように可愛がられ、嫌そうな顔をすると何故か喜んでまた構ってくるのだ。
入団した当初は遠征にばかり行っていたが副団長になってからは団長から丸投げされた書類仕事が主になり、遠征は年に数度になった。
書類仕事は苦ではない。
だが量が問題だ。
午前中はひたすら上がってきた報告書や決済書に目を通し、昼食を食べた後は訓練に参加。日が落ちると軽食を食べながらまた書類を捌いていく。
第2騎士団は遠征、魔物との戦い等で怪我や病気をするものも少なくなく一つ一つに手が抜けない。近年は魔物の数が増加し、強い個体も増えているので自ずと書類仕事も増えてきた。
遠征好きの団長は一月前に帰ってきたが、10日もせずにまた遠征に出ていった。付いていく第1遠征隊も大変だろう。
いつものように書類仕事をこなしていると慌ただしい足音が聞こえてきた。
「副団長!」
ノックもせずにドアを開け放った若い訓練生に注意しようとしたが、顔色の悪さに嫌な予感がした。
「どうした」
「第3遠征隊が帰還したのですが…」
唇をかみ、拳を握りしめた訓練生の肩に手をおく
「すぐに向かう」
執務室の鍵をしめ、若い訓練生に続いて防音対策の施してある茶色く年期の入った絨毯が引いてある廊下を走った。
1階は食堂や救護室、風呂、訓練生の部屋などがあり、2階、3階はそれぞれ20部屋、騎士達の部屋になっている。4階は執務室や図書室、団長副団長など役職に就いているものの部屋がある。
宿舎の中央に位置する階段をかけ下り、救護室が見えた。
「どうなってる」
あまりの惨状に思わず足が止まりかける。
救護室の両開きの扉は開け放たれ、血と皮膚の焦げた臭いが充満している。
血のついた包帯やガーゼが散乱しており、隊員たちが痛みに耐えながら治療を受けていた。
この世界の治療は主に治癒師の魔法かポーションだ。
「出血の酷いものから優先に治癒師の治療をうけさせろ!」
第3遠征隊隊長のロードライトが左膝から下がなくなった足を押さえながら指示を出していた。
騎士団で一番の大男ロードライト。赤茶色の硬い髪を短くきり、頬に大きな傷跡が残る彼の見た目に反して性格は穏やかで、戦闘においては豪快だが指示も的確にこなす彼は隊員たちに頼りにされている。
妻を魔物に殺され普段は一人娘の世話を母親に頼んでいるが遠征が終わるとすぐに娘のところまで帰り、また遠征に行くときは泣き腫らした目で宿舎に戻ってくるのだ。
「治癒師が足りていない、すぐに応援を要請しろ!」
ジオラルドが訓練生に指示を出すと、訓練生は泣きそうな顔をしながら頷き走り出した。
ロードライトの元にかけより、手を左膝にかざす。
青い光が膝を包み込み10秒ほどたつとほっとしたようにジオラルドが息を吐く。
出血が止まったようだ。
「副団長…わるい」
「気にするな、何があった」
第2騎士団は全部で4つの遠征隊で構成されていて、一部隊20人ほどで遠征に行っている。
ここにいる第3遠征隊が向かっていたのは王都の東側に位置する新緑の森と言われる場所。魔物の数は多いが弱い個体が多く、大物は少ない。
魔物は放っておくと数が増え続けるため、年に一度間引きを行っているのだ。
毎年軽い怪我人が数人程度だったのに何があったのか。
「ヒドラが出た」
「ヒドラだと?」
ヒドラとは鷹のような見た目で口のなかにいる蛇が炎を吐き、近寄ってきたものは鋭い爪で引き裂くとても素早い上異種の魔物だ。
通常は人の手の全く入らない火山などの奥地に生息し、新緑の森での発生は今まで聞いたことがなかった。
「何故ヒドラが‥」
「わからん。ヒドラはなんとか倒したが、隊員6人が犠牲になった。」
隊員6人…強い個体が増えているとは感じていたが、軽く考えすぎていた。
俯き耐えるように奥歯を噛みしめるロードライトを見てジオラルドは血が滲むほど拳を握りしめた。
「総師をつれてきました!」
訓練生が白いローブの老夫を連れて戻ってきた。
状況を説明しようとジオラルドが立ち上がるがローブの男は手を上げて制する。
「説明は後で良い!まずは治療だ!」
総師と呼ばれた男は重傷者を瞬時に判断し、次々に治癒魔法をかけていく。
ジオラルドも止血程度の治癒魔法なら扱えるので軽傷者の治療を行った。
ようやく全員に治療が行き渡り、総師がロードライトの元に歩み寄った。
ロードライトの足を見て、ぐっと目を瞑る。
「すまん、儂の力不足じゃ。その足はもう…」
いくら治癒魔法が発達していても死んだ者を生き返らせることはできないし、なくなった足を生やすこともできないのだ。
「いえ、来てくださってありがとうございます。おかげで死者を増やさずにすみました。」
ロードライトわかっていたという風に首を降り、座ったまま深く頭を下げた。
「総師、ありがとうございました。」
ジオラルドもロードライトの隣にたち頭を下げる。
「良い。怪我は治したが血は足りておらんはずじゃ。しっかり食事を取らせて休ませるように」
頭を下げたままの二人の肩を軽くたたくとジオラルドを救護室の外に呼んだ。
「召還の儀を早めるよう王には打診してある。おそらく5日後には執り行うであろう。お主も儀には参加せよ」
「重ね重ねありがとうございます。承知しました」
「国のためじゃ。今回の事で王も緊急性が高いと判断してくれるであろう」
ではな、と手を降り王城に帰っていく総師を見送ってため息を吐くと、救護室に戻って訓練生と後片付けをし、また書類仕事に戻った。
「召還の儀…か、それで状況が良くなればいいが…」
書類仕事が一段落し、温くなった紅茶を飲み干す。
ロードライトはもう騎士として活躍することは出来ないだろう。講師として訓練生を教育してもらおうか…そんなことを考えていると執務室のドアが開いた。
「まだ仕事してんのか」
呆れたようにため息をつき木の棒を支えにしたロードライトが部屋に入る。
「ロードライト…ノックしろと前から何度も」
「わりぃわりぃ」
たいして悪びれず手を降り、向かい合わせに二つ並んでいる皮張りの三人掛けソファにどさりと腰を落とした。
ジオラルドは紅茶を入れ直し、ロードライトの分をソファの間にある小さな木製の机に置き、自分の紅茶を一口飲んでから向かいのソファに座った。
「迷惑かけたな」
ロードライトが紅茶を見つめながらぽつりと言う。
「いや、よく生きて帰ってきてくれた」
「召還の儀をやるんだって?」
笑顔を消してジオラルドを見る。
「そうらしい」
表情を変えずに頷く。
「本当にそんなもん成功するのか疑わしいが、今の状況が変わらなきゃ犠牲者は増えるばかりだからな」
「ああ」
召還の儀とは何百年かに一度、魔物が増える時期に異世界から人を召還するというお伽噺で伝えられている儀式だ。
召還に応じるのは幼い少女で、その少女が魔物を減らしてくれるのだと。ジオラルドは幼少期に母から聞いたお伽噺を思い出す。
治癒師や魔術師が所属する教会では正式な書も残っているそうだが、果たして本当にそんなことが出来るのか。
「まぁ、俺はもう騎士団は辞めるからな。無責任で悪いが後は頼む」
ロードライトは机にぶつけそうなほど頭を下げた。
「ロードライト…隊員達の教育をお願い出来ないか?」
ロードライトははっと頭を上げ、少し考えて首を降る
「悪い」
「…そうか」
「今まで忙しく生きてきたんだ。これからはのんびり休みながら可愛い娘と生活するさ」
「…そうか」
ふと立ち上がってジオラルドの頭を乱暴に撫でまわし、「世話になったな」と言うと照れ臭そうに笑っている。
「撫でるな!
…世話になったのはおれの方だ。ありがとう」
父のような、兄のような頼りになる人だった。
これから娘さんと幸せに。そう思いながら手を降るロードライトを見送った。
正式に召還の儀を4日後に行うという通達が来たのは次の日だった。