お父様の罪は何ですか?
アナスタジアの墓をどこに建てるかはまだ決めることが出来ないでいた。
「王国随一の景勝地に手配をいたしましょうか」という案をミオ、「なんだかんだいっても故郷のシャデラン領がいいんじゃないの」とリュー・リュー夫人が言う。キュロス様は「なんならこの城の園庭に霊廟を。マリーの家族なのだから」と言ってくださった。
全てとてもありがたかったけど、わたしはひとまず、返事を保留した。
「ごめんなさい。わたしには決められません……」
「そうは言っても、ご本人はいないのだから身内が決めなきゃどうしようもないじゃない? ご両親とは一向に連絡が取れないのだし」
そういうことではない、と首を振る。
「アナスタジアのこと、わたしはまだ理解していないことが多いんです。彼女がもし選べたとしたら、どこを終の住処としたかったのか……それが分かるまで、少し、時間をください」
それでいったん、アナスタジアの供養については話題を切り上げ――ふと気になったことを、わたしは聞き返した。
「両親と、連絡が取れない? あれからお手紙は全く来ていないのですか?」
頷いたのは、キュロス様だった。
「ああ。君がここへ来てしばらくは、夫人からはマリーの罵倒、男爵からはマリーを帰すようにと催促の手紙が続いていたが、ある日突然ぴたりと止まった。――婚約式の招待状を送った日からだ」
「それじゃあ、当日の打ち合わせも、出席の有無すらも分からないのですか? もう式まで三週間しかないのに……」
「そー、あたし達も困ってるのよ」
リュー・リュー夫人も溜め息をついた。
これは本当に由々しき事態だった。
普通の庶民同士でも、式には両家の親が揃ってこそ。結婚とは愛し合う男女の新たな門出というだけではない、両家の結びつきが大きな目的になっている。そのお披露目会である婚約式は、むしろ親のほうが主役と言っても過言じゃない。
ましてや貴族。公爵令息の嫁取りともなれば、王国を上げての祝典になる。それなのに新婦の親が不在だなんて。
――新婦の親族は、人前に出せないほどの輩なのか?――
――この政略結婚はよほどの強行だったのか。娘を渡したくない男爵から、無理やり金で買ったか?――
必ず、そんな噂をする者が出る。わたしが恥ずかしいだけではない、キュロス様の、公爵家の名誉に関わりかねないわ。
蒼白で震えるわたしの肩をぺちぺち叩き、リュー・リュー夫人は明るく笑う。
「あー大丈夫大丈夫、最悪、新婦親族は体調不良とかいって、不在で敢行するからさ。少々の噂や疑惑なんて、あんたたちがこれから立派な夫婦としてやっていけば晴れるものよ」
「……申し訳ありません……」
「マリーさんが謝ることじゃないって」
「しかし式はそれでいいとして、拒否され続けている理由が気になるな」
キュロス様が、素朴な疑問といった声音で言った。夫人は、何を今更と笑う。
「そりゃ、この結婚に反対だからでしょ。マリーさんを取られては困る、と」
「それはそうだと俺も思うが、初動から考えるといまいち一貫性がない。初め、嫌がるマリーを無理矢理馬車にのせてきたのは男爵だぞ」
そう言われたら、彼女ら二人と共にわたしも首を傾げた。
そう……それが、ずっと謎だった。
どうして両親が、この婚姻に否定的なのかは見当がつく。わたしに何らかの利用価値があって、家に置いておきたいのだろう。
しかしキュロス様の言うとおり、両親こそがわたしを馬車に押し込んだのだ。あのときはまだ、わたしを嫁入りさせようとしていた、はず。
なのになぜ、今になって取り返そうとしているの? 一体いつ心変わりをしたのだろう。
お父様は、わたしが伯爵に可愛がって頂けるよう山のようにアドバイスをしてきた。背が高すぎて可愛げのないわたしに、合わないドレスを無理矢理着せて、川で水浴びさせ、伯爵城に置き去りにした。とりあえず一晩、寝所に入れてもらえるようにと――。
「……一晩?」
引っかかるものがあった。
両親の言葉が思い出される。そうだ、あのとき……二人はこう言ったの。
『心配するなマリー、わかっている、おまえが可愛くないことなんて』
『そうよ、アナスタジアは特別な子。マリーが伯爵に愛されるわけがないのは、ちゃんとパパもママも知ってるわ』
……両親は……分かっていた。わたしはアナスタジアの代わりになれない。シャデランの姉妹は似ていない。美しいアナスタジアを求める伯爵が、妻に迎えるわけがないと。
多少小綺麗にした程度では、一晩の慰みになるのが精一杯。それで、結納金の返却を免除してもらえたらいい――ああ、そうだわ。まさにそう言っていたじゃないの。
彼らは何も、心変わりなんかしていない。
初めから、わたしをキュロス様と結婚させる気なんてなかったんだ……。
この確信を、わたしは三人に話してみた。二人の女性はすぐに納得した。
しかし意外にも、キュロス様だけが否定した。
「それも、どうもおかしい。初めはそのつもりだったとしても、むしろ展開を喜ぶはずだ。俺たちが正式に婚姻すれば、シャデランは公爵家と親族関係、貴族としての地位が跳ね上がるんだぞ」
「……あっ、そうか、確かに……」
「もちろん財産だって、結納金どころじゃない額が手に入る。いくらマリーが働き者だからって、女の細腕一本だ。うちに嫁がせ、そこから引き出した金で業者を雇った方がいい」
「それはマリー様が、他人に任せられない重要な仕事をしていたからではないですか」
ミオの反論に、今度はわたしがきっぱりと否定する。
「そんなことはないわ。わたしの仕事は家事と、酪農家さんの手助けと、村人の雇用の管理。その経理だけだもの」
「領主の仕事の大部分ですが」
「そうだけども、でもわたしでないと出来ないわけじゃない。それこそ、お父様自身がなさればいいのだから」
謙遜ではなく、またわたしの卑屈な思い込みでもなく、事実。
伯爵家のみんながわたしを、有能だと言ってくださるのは光栄だけども、それはあくまで「貧乏男爵の末娘としては」だ。男爵家を支えていたというのも、無料で便利だと使われていただけ。
わたしは特別、有能なんかではないの。
家事や肉体労働は使用人を雇えばいい。シャデラン領は確かに若者が減り過疎気味だけども、異国との国境が近く、外国人の労働者なら余るほどいる。
彼らとやりとりするための外国語や、簡単な算術での経理。それとご様子伺いの手紙の作法なんて、貴族なら誰もが出来て当たり前だ。
男爵家の当主であるお父様は、そのすべてが出来るはずよ。
わたしが居なくなっても、ちょっと面倒が増えるだけ。なにが困るというの?
伯爵様に、領地の経営難を正直にお話しして、お金を融通してもらえればすべて解決。お父様なら、そんな打算でむしろ婚姻を推してきそうなものなのに……。
「――マリー。君にひとつ、聞きたいことがある」
キュロス様は尋ねてくる。何かの確信をもった眼差しで。
「ミオが、シャデラン邸に潜入した時、男爵から案内された部屋……エルヴィラ夫人の二つ左は、マリーの部屋か?」
わたしは首を振った。
「では、男爵の?」
また首を振る。
「本棚とデスクしかない部屋ですよね。あそこは、もともとサーシャおばあさまの部屋でした」
「……他に、本とデスクがある部屋は?」
「え? えっと……わたしが寝起きをしていた物置と……?」
話しながら、首を傾げる。わたしは屋敷中の掃除をするし、朝は家族を起こして回っていたけど、思い当たる場所がなかった。
「わたしの本も、ほとんどサーシャおばあさまからいただいたものですし……弟のセドリックはまだ六歳、わたしが少しずつ勉強を教えていたところですから、絵本くらいしか無いですね」
「弟の勉強も、マリーが見ていたのか」
その通りだけども、それが、どうしたというのだろう。
きょとんとするわたしの前で、キュロス様はいよいよ渋い顔になる。直後、ミオが「あっ?」と呟き、最後にリュー・リュー夫人が、悲鳴じみた声を上げた。
「まさか嘘でしょ、そんなわけある? 腐っても男爵家の当主よ!?」
え? 何? みんな何に気付いて、何を驚いているの?
さっぱり分からず置いてけぼりなわたし。
キュロス様に尋ねようとして、息を呑む、彼は、激怒していた。
エメラルド色の瞳を憤怒で滾らせ、低い声でぼそりと言った。
「ミオ。シャデラン家へ召喚状を出せ」
「……招待状ではなく、ですか?」
「ああ。必ず来い、でなければ王国審判にかけるぞと脅しつきでだ」
王国審判……!?
わたしはぎょっと目を剥いたが、ミオはいつもの無表情、何の驚きも感情もない声で、主の命令に従った。
「畏まりました。ただちにしたため、早馬に乗せます」
キュロス様、なぜ温和なあなたがそんな強行を? それにミオもリュー・リュー夫人もどうして止めようとしないの?
怯えるわたしの頭に、ぽんっと優しく、キュロス様が手を置いた。それはいつもの通り甘く優しい体温だったけど……続いた言葉は、わたしの心臓を凍てつかせた。
「……すまない、マリー。……俺は一人の男としてではなく、この王国の上級貴族として、このまま男爵家を親族に迎えることは、出来ない。
なるべく穏便に済ませたいと思うが、最悪の場合、この手で君の家を取り潰すことになる。
……そうなったらすまない。……君のことだけは、必ず護るから」
――どういうこと?
お父様が一体、何をしたというのだろう。
 




