好きです。
本当に大丈夫なのかと何度も問われ、その度に頷いて、それでも手を離さない。
キュロス様はしばらく戸惑ってから、穏やかにわたしの手を取った。
「ああ、わかった。体調が悪いと、不安になって、誰かにそばに居て欲しくなるよな」
そうなんだろうか? そうかもしれない……と、半ば納得しかけたけども、やはりすぐに首を振った。
「熱のせいじゃないわ。それに、『誰かに』でもない……あなたに、ここに居て欲しいの」
口にすると、それが真実だったと自覚できる。
独りだったときには思いも寄らなかったことにも、気付いていく。
キュロス様の手が、かすかに震えた。だけど、彼の声は穏やかだった。椅子に腰を下ろしはせず、優しい大人の顔と声でわたしを慰める。
「看病の礼のつもりなら、気を遣わなくていいぞ」
意味が分からない。わたしはまた首を振った。
「どうしてわたしがワガママを言うことが、あなたへのお礼になるのでしょう?」
「……それは……」
彼はしばらく、言葉を探して、視線を宙に泳がせた。やがてまた向き直る。
「さっきから、俺が嬉しいことばかり言うから」
緑色の瞳がわたしを見つめる。目尻のあたりが潤み、蕩けるほど甘い眼差しだった。
……この瞳を、まっすぐ見れるようになったのはいつだっただろう。初めは畏れ多くて、それからはどうしようもなく照れくさくて、なかなか視線を合わせることが出来なかった。だけども少しずつ、見つめ合う機会が増えていった。
顔を上げれば、いつもそこに彼の眼差しがあったから。わたしが俯いている間も、彼はずっと、わたしを見ていてくれた。
わたしは言った。
「わたし……あなたの瞳が好きです」
添えられていただけの手が、きゅっと強く握られる。熱い。病み上がりのわたしよりもずっと熱い、キュロス様の指。
わたしが不安な時も、躓いた時も、そうして支えてくれた手。
「手も、好きです。わたしよりも大きくて、いつも温かくて、強いのに優しい。あなたの手がとても好き」
キュロス様の手が持ち上がり、わたしの頭のうえにフワリと置かれた。髪から彼の体温が伝わる。
「……あなたに触れられると、嬉しい」
キュロス様は、子どもをあやすように頭を撫でてくれた。褐色の手指が、わたしの赤い髪に絡む。
「優しくされても、もう苦しくないわ。ただ嬉しいだけ。ただ幸せなだけ」
こめかみを親指が擦り、頬に手が押し当てられた。頬肉の柔らかさを確かめるみたいに、掌でゆっくり愛撫される。
「だから……あなたがそばにいてくれたら、わたしは幸せ」
顎の下を四指が撫でる。
そうしてわたしと向かい合って、キュロス様は、わたしに問うた。
「馬車で……君は、俺に言った。俺のことを好きだと」
「……はい」
「あれは、熱で魘された譫言か? それとも言い間違えか、俺の聞き間違えか。あるいは、俺こそが夢を見ていたのだろうか」
真実は、言い間違えだった。でもわたしは首を振り、もう一度、ちゃんと言葉にする。
「わたしは、あなたが好きです」
キュロス様の親指が、わたしの唇を撫でる。わたしは目を閉じた。
彼の意志は、言葉にされなくても理解できた。
だから、なにも驚くことはなく、穏やかな気持ちで、彼の口づけを迎え受ける。
……浅く柔らかく、触れるだけで、幼い子ども同士みたいなキス。思っていたよりずっと優しくて、でも思いのほか長い時間。
やっと、唇を離したキュロス様は、すぐそばで囁いた。
「俺は、初めて会った時からずっと、君のことが好きだった」
そしてもう一度、今度はさっきよりも深く、唇を重ねた。
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