今までで一番、理解できない
今日は2話連続アップしてます
これは2話目です
温かいベッドの中で目覚め、美味しいものを食べ、煌びやかなドレスを纏う。
そうして始まる一日に、わたしはもう、何の疑問も抱かなくなった。
この城に来たばかりの頃は、夢じゃないことが不思議だった。
夜、眠りに就くたびに、明日にはきっと魔法が解けて、何もかも夢だったんだわって、ずたぼろ服を着込むと思っていた。
キュロス・グラナド伯爵は、たびたびわたしに囁いた。これは政略結婚ではないと。君がこの城に来てくれて嬉しいと。
最初はそんな言葉、頭にも入ってこなかった。
今は少しずつ、信じられるようになっている。
わたしが綺麗だとか、好きだとかも……お世辞ではないのかも、って。あの輝く緑の瞳に見つめられたら、本気にしてしまいそうになる。
いや、お世辞でもいい。そうしてわたしをもてなして、わたしを歓迎してくれたってことだもの。わたしはここにいてもいいんだわ。
朝が来るごとに理解した。そして素直に、嬉しかった。
……だけども。
『シャデラン男爵家長女、アナスタジア様。美しき貴女をぜひグラナド家にお迎えしたい。一日でも早く、キュロス・グラナドの妻として』
その手紙を書いたのは彼。ぜひよろしくと返事を書いたのはわたしだった。アナスタジアはそれを受け、あの馬車に乗せられたの。
いまわたしが立っている場所、ここはアナスタジアの場所だった。
たとえどれだけこの城に馴染み、歓迎されても、変わらない。
アナスタジアの遺体は、とうとう見つからないままだった。
それでも生きているわけがない。状況としても生存不可能だし、なによりもし生きていたならば、ここにいるのは彼女のはずだから。
もしもあなたが、神の奇跡で生き返ったら……もしもどこかで生きて暮らしていたならば……帰ってきて。わたしは、あなたにすべて返すから。
ここは本当に心地よくて、素敵な家だよ。
わたしなら大丈夫。覚悟をしていることだから。
――この城の生活は楽しくて、何も不安なんてなかった。だって覚悟をしているもの。
もしもアナスタジアが生きて帰ってきたら、わたしは黙って、ここを出て行くんだって。
ねえアナスタジア。
あなたの魂は、今どこにあるの?
できれば早く来て欲しい。今ならまだ笑顔でバトンタッチできる。
もう少しあとになったらわたし、きっと泣いてしまうだろうから。
コツコツ、扉がノックされる音。
わたしは目尻を拭った。
「マリー、入ってもいいか」
「キュロス様? ど、どうぞ!」
わたしが答えると、すぐに扉が開かれた。現れたのは長身の美丈夫、この城の主にして、わたしの……姉の元婚約者だ。
仕事で長らく留守にされていたが、やっと休暇が取れたキュロス様。昨夜はしっかりお休みになれたみたいね。顔色も良く、なんだかはつらつとしている。
わたしは微笑んでお辞儀をし、訪問の御用を伺った。キュロス様は元気な声で、
「ミオがいない間、今日から俺が、マリーの侍女だ。よろしくな」
…………は?
何を言っているのか理解できなくて、わたしは旦那様をキョトンと見上げた。




