旅の雑談
そのまましばらくみんな無言で、ただ穏やかなだけの旅が続いた。
やがて土の質が変わったらしい、揺れをこらえるのに必死だったのが少し収まって、馬車はスムーズに走り始めた。するとキュロス様が、何かイタズラを思いついたように目を輝かせた。車室の窓を開け、御者台のルイフォン様に声をかける。
「ルイフォン、暇だ」
「……だったら操縦を代わるかい? 慣れてないと振り落とされるけど」
「いやそれは遠慮する。それより、暇つぶしに面白おかしい小話でも披露してくれ」
「小話ぃ?」
「ああ、歌でもいいぞ。キュロス・グラナドの栄華を歌う英雄賛歌でも」
キュロス様に雑に扱われた上、吟遊詩人扱いされて、ルイフォン様は「むっ」とわかりやすく不機嫌そうな声を漏らした。
何か言い返そうと口を大きく開けてから、途中でやめる。それからフフンと鼻で笑い、いつもの飄々とした口調で言った。
「じゃあこんな話はどうだろう。キュロス君の、学生時代のヤラカシ歴」
「えっ、キュロス様の?」
「ちょ――なんだって⁉」
キュロス様は慌てて身を起こしたけど、わたしはその場で待機した。
正直、ちょっと聞きかったので。
わたしの好奇心を察知したのか、ルイフォン様はニコニコ笑う。
「いやー、今は名高きグラナド公爵も、十二の頃には年相応の、無邪気でお馬鹿な男子だったからねえ。まずは授業の初日、入学式のあとの自己紹介。どうやらグラナド公爵家の嫡男ってのは伏せたかったらしいキュロス君は、無駄に偽名を使ったんだけど――」
「わーっやめろおまえ、何の話をする気だ!」
キュロス様は御者台に繋がる窓に腕を突っ込み、ルイフォン様のマントを捕まえた。
後ろからマントを引っ張られ、ガクガク揺さぶられながらも、ルイフォン様は満面の笑みのまま。
「ハッキリ言ってこの国の貴族ならグラナド家のごたごたはみな知っているし、この容姿だから隠しようがなく、偽名なんて無駄なんだよね。だからみんな、何言ってんだコイツ? っていう白い目で見て――」
「わーっわーっ!」
キュロス様はルイフォン様を黙らせようと苦心したけれど、窓は彼の体を通せるほど大きくない。マントを掴んで揺さぶるくらいしか出来ず、焦るキュロス様と、それでも黙らないルイフォン様。
ああああっ、馬車が揺れるぅ。いくら悪路に強い戦馬車とはいえ、手綱を握っている人間がガクガク揺れていれば馬も戸惑う。座っていられないほどグラグラ揺れはじめた。
「あ、あのお二人とも、口論するなら座って……! わああああっ」
か細い声で抗議をしたけど、テンションの上がった二人のじゃれ合いは止まらない。
「さらに! 使った偽名がまた傑作で! なんと古代神話の半神半人の英雄の名前だよ、こいつ自認英雄なのか? ってほんとみんな笑いをこらえるのに必死でさー」
「自認とかじゃない、ただ思いついた名前を言っただけだっ!」
「はいキュロス君の嘘吐きぃーっ、学園祭の仮装パーティーでもやってたぁー、これもみんな知ってるぅー」
「お――おまえこそっ! 聞いたぞ、アナスタジアとの初デートでさんざん服装に迷った挙句とんでもない格好で」
「ちょっ、誰から聞いた⁉」
「アナスタジア経由でノーマンから」
「あのクソ義父――いやそれよりキュロス君、最近の話をするのは反則じゃないか。。今、十代の黒歴史について語る場面だったろう」
「十代の? それこそ口にするのも憚られるような『オイタ』がいくらでも出てくるなあ。そうだマリー、これから話す内容はメモを取っておいてくれよ。こいつは俺の話を君に聞かせたのだから、ルイフォンの話はアナスタジアに書簡を出そう」
「待ってキュロス君ほんとうにそれはごめんって――」
どったんばったん揺れる馬車。
わたしは窓枠を掴んで踏ん張り、時々笑って力が抜けそうになりながらも耐え忍ぶ。お二人とも大人なのでそんなに長くは続かない――はずだけど。
長い旅で、きっとまた何度かやるんだろうなあ。
はあと嘆息し、喧噪を聞き流しながら、窓からの景色を眺める。
遠く、うっすら雪がかった山が見える。その麓には関所があって、それがディルツとオラクルの国境になっていた。
ここを越えて、さらにその先の港町から船を出せばイルダーナフ島まではすぐである。
――そこに何が待っているのかは、わたしにもキュロス様にも、まだ分からない。




