乱暴者は許しません(城主夫人、頑張る)
「トマス!!」
わたしは叫んだ。
でも、誰もわたしのほうを見もしない。わたしは全速力で駆け寄りながら、相変わらずトマスをぶら下げている男に向かって怒鳴りつける。
「何者です⁉ どうしてうちの門番に乱暴をしているの? 離しなさい!」
自分でも驚くほど厳しく、大きな声だった。男もそれでやっとこちらに顔を向けた。
近付いていくごとに、男たちの様子がはっきりとわかってくる。暴漢は全員、屈強な体つきをしていた。妙に色数の多い派手な姿――このデザインは、オラクル人⁉
「マリー、様……っ」
ぶらさげられたままトマスが呻く。
「……こ、こいつら、いきなり来て――っ、ぐ……!」
全身を捻って抵抗しているトマス。それでも、男の腕はびくともしていない。トマスは小柄でも非力でもないはずなのに、重さすら感じていないようにぶら下げて、わたしに顔を向けただけだった。
「城主夫人か。残念ながら、貴殿が雇い入れたこの男に泥棒の容疑が掛かっている。我らはその身を預かりに参上した」
「ど、泥棒? トマスが⁉」
ギョッとしてトマスを見上げたが、彼は当然、ブンブンと首を振った。
「んなわけ、ない、です。なんのことだかっ……」
「惚けても無駄だ。被害者本人より通報があったのだ。先日この城を訪れた際、我らの荷物から金品を掠め取っていたと」
「――は⁉」
今度こそ最大級の大声が出た。
先日城を訪れた、オラクル人……って。ハドウェル商会の二人しかいないのだけど。
トマスがあの二人から何かを盗んだって?
いったいつの間に、何をどうやって?
何の話か全く分からない。
「えっ……と。で、ではとりあえず話を聞かせてください。まずあなた達は何者? 金品というのは、具体的にどういったものでしょう?」
わたしは努めて冷静に問うたが、男は質問には答えなかった。もともと用意していたのだろう、自分が言いたいことを述べるだけ。
「あの日、馬車を預かったのはこの男。よって積み荷を漁ったのはこの男に違いない」
「必要ならば彼の私室の捜索をしましょう。でも、まず何が無くなったか教えてください。そしてそれを、その時トマスが盗むことができたかどうか、検証させてください」
「よって、我が同胞のもとへこの者を連行する。尋問したのち、容疑が晴れればすぐに帰す」
「そうじゃなくって、あの――その被害者っていうのはハドウェル――というかまずトマスを放して」
わたしの話は全く聞く耳もってくれなかった。男はトマスをぶら下げたまま、馬車に向かってのしのしと進み始めたのだ。
いけない、本当に連れて行こうとしている!
「ま、待って! あの、今ちょうど城主が不在なんです! せめてキュロス様が戻るまではっ……待ってったら!」
わたしはとうとう男の腰にしがみついた。自分の体重を枷に、ぶら下がってでも引き留めようとしたのだ。だけど、男の歩みは全く速度を落とさなかった。
それにこの男、岩のように固い。胴はわたしの腕が回りきらないほど太く、分厚くて……。
なにこれ? 普通の人間の身体じゃない。まるで強くなるためだけに一日中、鉄棒を振り続けたような体だわ!
その男だけではない、背後にいる者達も、改めて見ると異様だった。やけにまっすぐに背筋を伸ばして直立している。どの顔にも感情はなく、冷たい鉄でできているよう。
――違和感があった。被害者がオラクル人だとしても、事件が起こったのがここディルツなら、通報によって来るのはディルツ警察のはずだ。しかし、彼らはオラクルの衣装を着ている。商人の私兵にしては、やけに統制が取れている。コソ泥を捕まえるためにしては人数が多すぎる。
おかしい。おかしなことが多すぎるわ。状況が理解できない――次にどう動いていいか分からない。
わたしがパニックになっている間にも、トマスは鋼鉄製の馬車に連れ込まれていく。
「っくそ――離せっ!」
車室の扉が閉められる直前、トマスが男の腕を蹴り上げた。それなりに痛みを与えたらしい。男の拘束から逃れ、トマスは走って逃げようとした。とたん、後ろ襟が掴まえられる。たちまち引き戻されたトマスの首に、男の手が――太い指が突き立つ。
トマスの口から、「かはっ」という掠れた音が漏れた。次の瞬間、彼の手足がダランと垂れ下がる。
失神した⁉
「と、トマス! トマス!」
容疑者が脱力したのをこれ幸いと、馬車に運び込んでいく男達。
「待って! お願い待ってっ!」
わたしの叫びに、男は立ち止り、首から上だけで振り向いた。喉を掴む手が緩んだ様子はない。
わたしは深呼吸した。
――仕方ない。背に腹は代えられないわ。
「その手を離して。彼を連行するにしても、乱暴は許しません」
「……離せば暴れて逃げようとする」
「わたしが言い聞かせます。大人しくするよう……あなた達の問いに誠実な回答をするように」
「……ならば、貴女も馬車に乗るべきだな、公爵夫人」
男はわたしの前で馬車の扉を開いた。
一瞬、わたしが躊躇したのを見て取り、男はぶらさげたトマスを持ち上げる。
「貴女が頷けば、すぐにでもこの手を離す」
わたしは頷いた。男が手を放す。とたん、トマスの体がドサリと地面に落下した。
「トマス!」
トマスはそのままぐったりと横たわっている。
気絶してるだけよね? それとも――ま――まさかそんな、嘘!
倒れたトマスに駆け寄ろうとした、が、誰かに肩を掴まれた。
さっさと馬車に乗れと、男に引っ張られたのかと思った。だが振り返ったところには、わたしのよく知る、懐かしいくらいに愛しい顔があって――わたしは思わず絶叫した。
「あああああミオぉおーっ……!」
「はい。ただいま戻りました」
彼女はにっこりと――実際にはほんの少し口の端が持ち上がっただけだけど、確かに優しく、微笑んでいた。




