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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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羊料理を作ろう!

 シャデラン領から帰ってすぐ、キュロス様は王都の中央市場へ出かけて行った。


 領で話した羊毛も、すぐに採れるわけではない。まず今の織物製品不足を解消するために、グラナド商会が商品を卸してきた店を回り、織物に変わる商品を提案するためだ。


 わたしが着いていっても出来ることはないので、娘と一緒にグラナド城でお留守番。やっと帰って来たと思ったパパがまたお出かけということで、娘はご機嫌斜めだけど、仕方ない。


 わたしも正直、寂しいけれど……だからって沈んでばかりはいられない。わたしにはわたしの、やるべき仕事があるのだから。


 ――さあ、やろう!


 わたしはグラナド城の厨房、調理台の上にある、真っ赤な肉塊に向き合った。


「あの……マリー、これって何……?」


 尋ねてきたのは、ツェツィーリア。侍女見習いの八歳児だ。わたしは腕まくりをしながら微笑んで、

「子羊のモモ肉よ。ツェリ、食べたことない?」

「た、食べたことはあるけど、生の肉は……こんな大きな塊、初めて」

「普通よ? それにこれは子羊(ラム)成羊(マトン)よりずっと小さいし」

「そ、そうなんだ……なんか、このサイズだと……肉! ってかんじね……」


 少し青ざめた顔からは、今すぐ出ていきたいという本音が透けて見えていた。

 あー、羊肉の匂いが気になるのかな?

 わたしは作業台の隅にまとめて置いた、ハーブの束を持ち上げて、


「大丈夫よツェリ、こういうハーブを使えば獣臭さはほとんど消えるから。ちゃんと美味しく作るから楽しみに待ってて」

「……ていうか、マリーがそういうの、全然平気な顔で捌くのって意外ぃ……キャラ的に」

「キャラ?」


 聞き返しはしたけれど、そういえばキュロス様にも似たようなことを言われた気がするわね。

 よくわからない。キュロス様もツェリも、都会の人だからかしら。


 ……と、ひとの顔色を気にしていても進まない。わたしは肉たたきを手に取った。

 羊肉の塊を前にして、コホンと咳払い。


「えー、ではこれより、ディルツの食糧問題の解決策、羊肉料理の試食会に向けて研究調理を始めます。料理長、ご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」

「はぁい、今夜のメニューはラムコイレ! 子羊モモ肉のステーキでございまあす!」


 料理長のトッポがやけに嬉しそうな声で叫び、その場でびょんっと跳ねていた。

 ここ、ディルツ王国はもともとあまり食料資源が豊かではない。ゆえに保存食、加工肉の技術が発達しており、安く流通している。

 そのぶん生肉は手に入りづらいため、ステーキはレストランでのみ食べられる贅沢品だった。美味しい物だと認識はされている。これが気軽に、頻繁に食べられるようになれば需要は拡大するだろう。


「羊肉なら王都にも流通させやすいわ。子羊を生きたまま連れてこれるもの」

「…………」


 ツェリは完全に無言になった。

 トッポとわたしは気合十分、トッポは腕まくりして、むちむちの白い腕をむき出しにした。


「こういうシンプルなお料理で、何より大事なのは下処理だよっ」

「ええ、肉たたきで繊維を切っておくのね」

「うんそう、トッポの二の腕くらいプニプニしたらいい頃合い。ほらこれ触ってみてっ」

「はいっ!」


 わたしはすかさず、トッポの腕をガシッと掴んでみた。

 わー、むちむちでぷにぷにで、それでいて弾力があって……!


「なるほどっ、これが美味しいお肉の感触ですね料理長。うん、とっても美味しそうです!」

「うふっ、さあ奥様、これを目指して叩きましょー!」

「はいっ!」


 わたしはトッポの腕を、もとい羊肉の塊を、肉たたきでドカドカ殴りつぶした。

 ぐちゃぐちゃと音を立てて潰れていく獣肉。


「…………」


 なぜかツェリがますます顔色を青くしていたけども、気にしない。


「そろそろかしら? トッポ、どう?」

「うん、いい具合だね! じゃあ次、塩・胡椒します」

「臭み消しのハーブはいつ振るの?」

「葉っぱは焼き入れる時に焦げちゃうから、もうちょっとあとー」

「なるほど、了解です!」


「……ふたりとも、なんなのそのノリ」


 ツェリが呆れたように呟く。


 ふふふ、わたし最近、よく厨房に入らせてもらってるのよね。リサの離乳食を自分で作ってみたい、という名目で、自分用のお菓子や料理も時々。その時料理長トッポの手が空いていれば、こうして教わることで料理のスキルアップをしていたり。


 不思議よね。生きていくため、空腹を抑え込むためだけに料理をしていた時は楽しいなんて思ったことなかった。だけどここグラナド城に来てからは、美味しいものを作り、人に振舞うことが楽しくなった。やっていることは変わらないのに、心の持ちようでこんなに楽しい時間になるなんて……世の中には不思議なことがいっぱいだ。


「脂身、もう少し切り落としたほうが良いかなあ……ここも美味しいんだけどな」

「ステーキとしてはちょっと多いね。保存しておいて、別のお料理の調理油に使いましょー」


 トッポの指示に従って、フライパンにオリーブオイルを入れる。

 最初は強火、後から中火でじっくり焼く。焼き加減はお好みでということで、わたしは中のほうに少し赤味が残ったくらい、ミディアム・レアを選択した。気持ち早めに、お皿に出しておく。

 肉汁が残ったフライパンに、生クリーム、マスタード、赤ワインと、隠し味程度に蜂蜜とヨーグルト。沸騰させ煮詰めておく。


「この赤ワインは甘い系? 深い系?」

「んーこれも好みだけど、甘いやつのほうがトッポは好きぃ」

「トッポが言うならそっちが正解ね」


 ソースが煮詰まったら、お肉を再び投入。

 ソースによく絡め、あっためる。


「今のうちにトッポは付け合わせを作っておくね!」


 軽やかにそう言った後、トッポはすごい速度で手を動かしていく。

 作り置きの茹でジャガイモを潰し、バターを合わせてマッシュドポテトを完成させていた。その時ひょこっと、珍しい顔が厨房に現れた。


「あらヨハン。どうなさったの?」

「畑から食材のお裾分けじゃ。彩りに青野菜は要らんかね?」

「要ります!」


 わたしが元気よく返事をすると、ヨハンは笑って、ブロッコリーを分けてくれた。

 そうして出来上がった子羊のモモ肉ステーキことラムコイレ。

 とりあえず味見ということで、一人一口ぶんずつ、ちょっとだけ切って食べてみると……!


「うわあっ、美味しい―!」

「んーっこれ最高! やっぱりトッポの料理は世界一! マリー様も世界一!」


 トッポが拍手をしてくれる。ちょっとした達成感に、わたしは思わず笑顔がこぼれた。


「こんなに新鮮なラム、トッポも食べたことなかったかも。中央市場のレストラン街で出せば人気になるよぉ」

「そうね、子どもの口にも合いそう。ツェリ、お味はいかが?」


 わたしが問うと、ツェリはフォークに差したお肉を突き返してきた。一口も齧った様子が無い。


「ごめん……ちょっと頭の中に、めえーって鳴いてる子の顔が浮かんじゃった……」

「? 羊の泣き声は、どちらかというとべーえって感じよ」

「そういう話じゃないぃ……」


 ――仕方ない。わたしは厨房を出ていくツェリを見送って、他に試食係を探すことにした。


 最初に畑に行き、ヨハンを誘ったけれど「手が離せない」と断られた。


 グラナド城には様々な国から来た移民が勤めている。羊肉を食べられない宗教や文化が無い人で、お肉が好きそうな人……。


 わたしはのんびり、お散歩気分で城内を歩いた。


 今日はいい天気だった。ディルツにしては珍しく、真っ青に澄んだ空が見える。

 鼻歌でも歌いたい気分。わたしは踊るようにグラナド城の回廊を掛けて――



 ――突如、聞こえた声に足を止めた。

 


 何? 今のは……悲鳴!?


 わたしは駆け出した。途中、さらに何度か悲鳴が上がる。明らかに痛みを受けた時の声だった。

 場所はグラナド城の正門。この時間帯、そこに立っているのはトマス一人……!


 やがて現場にたどり着き、真っ先に視界に入ってきたのは、十人ほどの人だかりだった。

 そのうちの一人だけが知った顔、まだ若い、グラナド城の門番トマス。彼は胸倉を乱暴に掴まれて、宙に持ち上げられていた。


「トマス!!」


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