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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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310/329

お客様をお出迎えします

 

 グラナド城の自室。

 わたしは娘と一緒に床に座っていた。一歳を過ぎ、手指と頭を使うおもちゃで遊び始めたリサ。積み木を握りしめ、それを一生懸命に積み上げようとしているけれど、バランスが取れず、すぐに崩れてしまう。


「んなぁー、あー、もう!」


 ここまでずっと我慢強く集中していただけに、リサはかんしゃくを起こしたように声を上げた。わたしは崩れた積み木を拾いながら、娘の頭を撫でて慰める。


「大丈夫よ。今度はもう少しゆっくり、大きなものを下にして積んでみましょう」


 わたしにプイと背を向けて、再び積み木に向き合う。最近、リサはこうしてわたしの助力を嫌がる。

 あらら……。

 リサは相変わらず甘えん坊ではあるんだけど、自分で何かをしている時に、大人に介入されると嫌らしい。こういうのって、なんていうのだっけ? 反抗期? 自立のめばえ?

 健気な成長に、わたしはむしろ嬉しくなって笑ってしまった。

 そんなリサの向かいには、飼い猫のずたぼろが目を丸くして座っている。リサよりも少しだけ年上のこの猫は、リサに興味津々らしい。リサが何かに挑戦している時、必ずそばでしっぽをゆっくり振っているのだ。心配しているのか、それとも出来上がった積み木の城を叩き崩すことを狙っているのか。どちらもあり得るので、わたしは常に猫の動向を警戒していた。


「ずたぼろ、リサの積み木を壊さないようにね」


 念のためわたしが注意すると、ずたぼろはまるで理解したかのように目を細め、なぜかゴロゴロと喉を鳴らした。

 換気のため少しだけ開いた窓からは、冬の冷たい風が入ってくる。だけど大きな暖炉のおかげで部屋は暖かく、座ったまま転寝してしまいそうに心地よかった。そう思いながらふと娘を見ると、娘も積み木を握ったまま、目をしょぼしょぼとさせていた。

 そっか、もうそろそろお昼寝の時間かな……。

 ――と、その時だった。

 コツコツと扉がノックされ、若い男の声がした。門番のトマスだわ。


「恐れ入ります。マリー様にお客様が来たんですけど……」

「わたしに客?」


 わたしは驚いてトマスに聞き返した。

 わたし名指しでの客は珍しい。わたしはここグラナド城の女主人ではあるけれど、あくまで城主はキュロス様だ。わたし名指しで尋ねてくるのは姉アナスタジアなどの身内くらい。


「どなたかしら。いつかの社交界でお会いした方か……」

「さあ、それがよくわからないんです。僕も初めて会う人なんですが……なんか、『グラナド商会の関係者』とか言って」

「商会の?」


 だったらなおさら、わたしではなくキュロス様がお相手するべき方のような。

 わたしは彼の妻として、多少、商会のお仕事を手伝わせてもらっている。それでもちょっとした帳簿の作成、単純な計算など雑用程度だ。貿易商のお仕事の話なんてできない。

 ある程度わたしが答えられることといったら……真珠ブランドのモデルの件、だろうか。


 イプサンドロスの地で、ミズホの商人カエデさんから打診を受けたのをきっかけに、それはわたしの仕事になっていた。

『国一番の大富豪にして王家に次ぐ名家グラナド公爵が、妻へ永遠の愛を誓う贈り物』というコンセプトでデザインされた真珠のジュエリーは、『人魚の約束』という名のブランドになって、製品化された。わたしも一応、監修者という立場になって、報酬をいただいている。……といってもわたしにはジュエリーデザインのセンスなんて皆無なので、サンプルを見て「すごい、綺麗、可愛い」と言ってるだけなんだけど……。

 それでもさすが、コンセプトが受けたのか売り方が上手かったのか、未婚女性のアクセサリーとしてだけでなく、親から娘への贈り物としても人気となっているらしい。

 来客が商人だとしたら、やっぱりあの『人魚の約束』を自社店舗で販売したい、とかかなあ。わたしはぼんやりと適当なことを考えながら、とりあえずリサを抱きかかえ、部屋を出た。

 

 客室に向かって歩きながら、トマスに尋ねる。


「お相手するのは問題ないけど、商談は無理よ。わたしが関わっているのは本当に雑用と、人前に出るとき製品を身に着けていくってだけだもの」

「はい、僕もそう言ったんですけども、急ぎの用件だからと粘られまして」


 わたしは溜息を吐いた。


「せめてミオがいれば……」


 ミオは今、リュー・リュー様と一緒に公爵邸に居る。亡き前公爵、アルフレッド様の遺品ややり残した仕事を片付けていた。サンダルキア地方、廃病院を利用した記念館(ミュージアム)も、せっかくだからと作りこんでいた。そのため最近、ここグラナド城を留守にしがちだった。

 仕方ない。わたしで務まるかどうかはわからないけど、ご挨拶はしておこう。

 客室の扉が見えてきた。ふと思いつき、わたしはトマスを振り向いた。


「お客様って、どんな感じのひとだった?」


 トマスは視線を宙に上げ、んー、と考え込んだ。それから妙に、緊張感のない声で。


「なんか、可愛い人でしたね」

「……かわいい?」

「はい。なんだか実家の弟たちを思い出しちゃいましたよ」


 トマスの弟みたいなひと……!?

 かつて彼の故郷、ルハーブ島に立ち寄った際出会った子ども達を思い出して、わたしは困惑した。

 客室の扉を軽くノック、少し待ってから、中に入る。


「失礼いたします」


 わたしがそう声を掛けた、次の瞬間。


「どうもっ! お邪魔していますっ!」


 うっ、眩しいっ!

 夏の日光に照らされたような錯覚に、わたしは思わず、その場で両眼を覆った。


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