お姉様強化計画②
その日、あたしはディルツ王国騎士団の砦を訪ねていた。
昨年受注した騎士団の新制服を納品し、最終的なサイズ確認をするためだ。
「うん、丈はぴったり、ちょうどいいみたいね」
そう言って、ポンと背中を叩いてやると、騎士は「うはっ」と嬉しそうな声を上げ、鏡の前でくるくる回った。手足をバタバタと動かして、さらに歓声を上げる。
「すごい、めちゃめちゃかっこいいのに動きやすい! こんなに着心地のいい制服は初めてですよ」
「ほんとほんと、こんなかっこいい服着てたら、俺たち二度と街を歩けないや。女の子に取り囲まれる」
そんなことを言ってケラケラ笑う二人の騎士。
彼らの名はロックウェルとシュタイナー。まるで双子のようにそっくりだけど、2歳差の叔父と甥なのだそう。二人ともエドガーというファーストネームで、どちらかが右側にほくろ、どちらかが左側にあると聞いているけれども、どっちがどっちだったか忘れてしまった。大体いつも一緒にいるので、あたしは二人まとめてエドガーと呼んでいる。
「気に入ってもらえたならよかったわ、エドガーさん」
「いや本当、気に入りましたよ。さすが団長の奥さん、やるじゃないですか」
「何様のつもりだおまえは、そんなこと言ったら失礼だろう、団長の妻だなんて」
「いやそれはただの事実だろ」
あはは。この二人、本当に双子のように息がぴったりだ。
それに二人とも軽口を叩いているけれど、ルイフォンにもあたしにも敬意を持っているのは明らかだった。ルイフォンも、彼らを信頼できる側近だと紹介してくれた。
彼らだけではない、ディルツ王国の騎士団は、とても紳士的だった。採寸の間、あたしに失礼な言動をする騎士は誰一人いなかったのだ。
騎士はみな貴族である。中にはきっと男爵家長女より高貴な生まれの者もいただろう。それでも歓待してもらえたのは、彼らが紳士ってだけでなく、ルイフォンの威光……いや、慕われているからだ。
ルイフォン、ちゃんと働いてるんだなあ……。
そんなことを考えながら帰り支度をしていると、先ほどの騎士が声をかけてきた。
「もう帰っちゃうんです? 団長、もうすぐ戻ってきますよ」
「んー、別に。ここにいてもやることないし。ルイフォンとはいつでも会えるから」
あたしはそう言ったけど、騎士たちはさらに提案してくる。
「せっかくだし、騎士団の訓練を見学していかれては?」
「これからまた衣装を作るのに、剣技を見ておいたら参考になるでしょうし。単純に見物としても面白いと思いますよ」
「見物していいの? あたしみたいな部外者の女が」
「もちろん、市民の方の見学はいつでも歓迎しております」
「前騎士団長は、軍隊としての威厳を持てと言ってましたけどね。それじゃあ市民は騎士を頼れない、騎士団はもっと市民の身近な存在にならなくてはって、ルイフォン様が」
「今日だって、街を巡回してますしね。まあただの趣味かもしれないけど」
市街地の巡回が趣味?
あたしが首を傾げていると、二人の騎士はいよいよ楽しそうに笑った。
「昔からお忍びで、平民のふりして出歩いてるんですよ。あんまり擬態できてないけど」
「そうそう、カツラやらメガネやらで偽装したって、あの顔と足の長さだもんな」
「あのひとそのへん無自覚なんだよ。王子って身分がなければ人目を引かないと思ってんだ」
「それな。女の子達に追いかけられて、なんで王子とバレたんだろうとか言って。面白」
「あっアナスタジア様、今の話、団長には内緒ですよ」
あたしに向かって、二人は左右対称のウインクをしたのだった。
それからあたしは、彼らのお言葉に甘え砦を見学した。
騎士達の訓練所は、イメージよりも地味……というか、硬派な雰囲気だった。
屋外にいくつかの人型が立てられ、 騎士達が黙々と木刀で切り付けている。
奥の方ではやはり地味に、ひたすら筋トレをしている騎士や、延々走り続けている騎士。重そうな石の塊を何度も何度も持ち上げている者もいる。
……なんか……やっぱり『軍隊』という感じがする。
「戦後五十年泰平の世といえど、騎士は鍛錬を欠かしません」
騎士が優しい声で言った。あたしはなんとなく身をすくませて、恐る恐る尋ねる。
「……また戦争が起きそう、なの?」
「いえいえ。この街の治安維持のためですよ。悪人を成敗するのにも武力は必要不可欠ですからね」
ニッコリ笑って言う騎士。
ああそうか、確かに……。
歴史上、最も長く続いている泰平の世。街に敵国兵士はいなくても、悪党はいる。それでも不安なく生活できているのは、悪を取り締まる者がいてくれるからだ。この有難さを、そしてそのために尽力している人達がいることに、あたしはあらためて感謝をした。
と――その時だった。
「だーれだっ」
という、明るい声と共に、あたしの視界が闇に落ちた。
――血の匂い。
あたしは悲鳴を上げた。
するとすぐにパッと視界が明るくなる。慌てて振り向くと、背後には両手を肩のあたりまで上げたルイフォンが、きょとんとした顔で立っていた。
「……っ、ルイフォン。あんただったの……」
「ん、と。まあ僕だけど……なんかごめん、そんなに驚くと思ってなかったんだ」
素直に謝ってくれるルイフォン。その腰に佩かれた剣を見て、あたしは言った。
「あの……ルイフォン、あたしに剣を教えてくれない!?」
「ん? はい、いいよ」
さくっと即答されて、思わず目を点にするあたし。
ルイフォンは、なんだかものすごく、いつも通りの表情をしていた。あたしが言い出したことを意外がるでもなく、「寒いね」「冬だからね」って会話をしたような顔で、自分の腰元にある剣をすらりと抜いた。
「持ってごらん」
「えっ。そ、そんないきなり――」
「いいからちゃんと持って。変におっかなびっくり握ってたらすっぽ抜けてケガするよ」
一度、ごくりとつばを飲んでから、あたしはレイピアを握ってみた。
……うっ。長い。長身のルイフォンが腰につけてた時にはわからなかったけど、あたしの身長の半分以上ある。
「意外と短いだろ」
全く同意できないことをルイフォンが言う。
「日常で佩いてるのは飾りみたいなものだからね。騎馬兵長槍なら君の身長の倍ほどあるけど。地上であんなの振れるのはキュロス君くらいだ」
あたしはもう一度ごくりとつばを飲み、恐る恐るレイピアを持ち上げ、振ってみた。
「……うっ?」
なにこれ、重い……!
ただ持っていただけなら軽かったのに、振ってみると、体が持っていかれる。空中で固定しようとしたのに、切っ先がぶるぶる震えている。
「一キロの鉄球と違い、細長い棒を振ると、遠心力が追加される。慣れないうちは素振り十回で腕が上がらなくなるよ」
あたしの手からひょいと剣を奪い、ルイフォンは言った。
「実戦ではなおさら。人間の皮膚は案外頑丈だ。さらに肉、筋繊維、骨がある。刺すにせよ切るにせよ、腕力が無いと傷つけることもできない」
……そうだ。どれだけ切れ味のいい刃物でも、結局のところ 相手の骨を断つにはパワーがいる。あたしの腕力だと、どうしようもなさそうだ。
「……じゃあ……もっと小さくて鋭い武器なら? ナイフとか……」
そう言うあたしからヒョイとレイピアを奪い、ルイフォンは腰に戻した。
「それは、僕には教えられないな。僕は男の力を使った戦い方でしか知らない。君と同じぐらい小柄で体格に恵まれていない女性からご教示を受けるといいと思うよ」
「……というと……」
「例えば――どこかの城の、侍女に扮した最強武闘家とか」
そこまで言われたら名前をあげられなくてもすぐにわかる。
あたしは早々に騎士団の砦を引き上げると、荷物をまとめグラナド城に出発したのだった。




