お姉様強化計画①
ディルツ王国の冬は、一年の中で最も長く、厳しい季節だった。
寒波と積雪の怖さをよく知る国民は、この時期を厳かに過ごす。なるべく遠出をせず、屋内にこもって保存食を少しずつ消化していく。静かだけど、食べ物や暖房、家族のありがたみをしみじみと感じられるこの季節が、わたしは結構好きだった。
そんな静かな冬のグラナド城――いつもよりほんの少しだけ暖かな日。姉が訪ねてきたのは、突然のことだった。
「アナスタジアお姉様! どうなさったの、突然お一人で来るなんて」
「ん、まあちょっとね」
ぶっきらぼうに言いながら、姉は自身の頭を叩き、金髪に着いた粉雪を落とした。
乗合馬車の駅からグラナド城まで、結構な距離がある。この寒い中、姉は一人で歩いてきたのだろうか。
ああ、いつもふっくら丸いバラ色のほっぺが、冷えて真っ赤になって……。
わたしは姉の頬を両手で包み、温める。ついつい声を厳しくして、
「先に連絡をいただければ、職人街までお迎えを出しましたのに。危ないことしないで」
「いやあ、今日は騎士団の砦から来たのよ。目の前にちょうど駅馬車が来たもので、つい」
「騎士団から? でしたら、ルイフォン様は送って下さらなかったの?」
ほっぺをふにふにしながら言うと、姉はムッと不機嫌な顔になった。まんまるの青い瞳を険しくして、わたしの手を煩わしそうに振り払う。
「私用よ。あたしが妹と姪に会いに来るのに、いちいちルイフォンに送迎なんて頼まないわ」
……まあ。お姉様、なんだか意固地になっているみたい。
妹としてはまだまだ言いたいことがあるけれど、彼女なりに思う所があるのだろう。とりあえず暖炉の前に椅子を置き、姉に座るよう促した。薪を足しながら、わざわざ訪ねてきた用件を尋ねる。すると、彼女は気まずそうな顔をした。
「ちょっとね……」
と、言葉を濁す。
どうしたんだろう。もしかしてまたチュニカに化粧方法を教わりに? それこそ無用に思えるけど。姉は普段、男装まがいの恰好でノーメイクだし、王子妃として王宮に赴く時には、専属の侍女が付いているだろうし。
姉はやはりモゴモゴと何か言葉を濁していた。やがて、少々目をそらしながらぼそぼそと、独り言みたいにつぶやいた。
「実はその――今日は、あの三つ編みの侍女さんに……」
「ミオのことですか?」
「う、うん」
わたしはさらに首を傾げた。ミオとアナスタジアには、面識はあれどもただそれだけ。友人知人というよりは「顔見知り」程度の仲だと思う。
そんなミオを名指しで会いに来たって……一体なんの用だろうか。
わたしはきっと心配そうな顔をしていたのだろう、アナスタジアは誤魔化すように「大した用事じゃないのよ」と言いながらも、なかなか用件は言わなかった。しばらく言葉を選ぶように黙り込んで……突然、大きな声で叫んだ。
「――あたし、強くなりたい! ミオさんに格闘技を教えてほしいの!」
「…………ええっ?」
わたしは目を点にして聞き返す。
リサもわたしの真似をして、「えー?」と声を上げた。




