【アニメ化記念】特別番外編 聖夜の贈り物
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
表題の通り、当作品【ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される】のアニメ化が決定いたしました!
アニメ化記念&クリスマスプレゼントとして、特別番外編です。
時間軸はカラッポ姫終了後、初めての冬あたりで、本編では海外にいる時期です……ので、この短編はパラレルワールド。
ディルツのクリスマスをお楽しみください。
年末――慌ただしい日々の中でも、ディルツ王国は『聖夜』と呼ばれる、特別な日がある。
他所の国では都心に集まって大宴会、ということもあるらしいけれど、この国ではしめやかなものだ。
家を飾り、伝統的なお菓子を並べ、心ばかりの手料理を家族で食べる。そしてもう一つ大きなイベントが、大人から子供へのプレゼントだった。
「これ、セドリックに。こっちはツェリの分よ」
わたしはそう言って、綺麗にラッピングした箱を子ども達に手渡した。二人の顔がパアッと輝く。
「うわあ、ありがとうマリーおねえちゃん!」
「開けていい?」
「ええ、どうぞ」
セドリックは再び歓声を上げ、ツェツァーリエも鼻息を荒くし包みを解き始める。
セドリックへの贈り物は、おもちゃの剣と盾。ツェリの箱には色とりどりの髪飾りがぎっしり詰まっている。どちらも高価な物ではないけど、本人の希望をずっと前から密かにリサーチし、市場で見つけてきたものだ。
二人とも、ただでさえ大きな瞳をまんまるにして、
「すごい! これ、本物みたいだ!」
「このリボン可愛い! すごくきれい!」
ふふふ……二人とも本当に喜んでくれてるみたい。
幼い顔に満面の笑み、見ているわたしまで嬉しくなってくる。わたしのほうがお礼を言いたいくらいだわ。
わたしが子どもの頃、聖夜のプレゼントをもらったことなど一度もなかった。それでもこうして贈る側になると、幸せな気持ちになれる。わたしのほうがお礼を言いたくなるくらい。
プレゼントって素敵ね。受け取ったひとだけじゃなく、贈るひとまで幸せになれるなんて。
さっそく剣やリボンを身につけようとする子どもたちに、わたしは慌てて声をかける。
「遊ぶのは後よ。夜が更ける前に、ツリーの飾り付けをしなくちゃ」
「あっそうか!」
二人は素直に箱を片付け、わたしと一緒に中庭へ向かった。
グラナド城の中庭には、大きなモミの木がある。いつもは青々とした枝葉を方々に広げているけど、今は庭師のヨハンによって、綺麗な円錐に剪定されていた。その木を、城の侍従達含めみんなで飾り付けるのが恒例行事だ。
わたしが到着した時はもう、侍従達によって飾りつけはほとんど完了していた。子ども達は慌てて駆けつけ、一所懸命背伸びして、少しでも高い位置にオーナメントを着け始めた。
わたしも手伝うつもりだったけど……手は足りているようだし、みんな楽しそうに作業している。
邪魔しないほうが良いかな……。
わたしは後ろに下がって、見物に徹することにした。
「寒い……手袋を持ってくるべきだったわ」
吐息で温めようとして、指を口元へ近づける。すると不意に、背後からぬうっと腕が伸びてきた。
大きく、温かな手がわたしの指を捕まえる。
「これでどうだ? マリー」
「キュロス様……」
振り向くと、このグラナド城の主、キュロス様がいた。その優しい微笑みに、胸の奥が温かくなる。大きな手に包まれて、わたしの手もじんわりと温まって来た。
「ありがとうございます。とても温かいです」
「それは良かった。マリーはオーナメント、着けに行かないのか?」
「ええ。……もうわたしが着ける分が無くなりそうだし」
わたしが答えると、彼はニヤッといたずらっぽく笑った。ポケットから何か取り出し、わたしの前に付き出す。
「では、これをどうぞ」
片手のひらに乗るほどの小さな箱だった。可愛い模様の包装紙と、細いリボンで結ばれている。
「えっ……プレゼントですか? わたしに?」
聖夜のプレゼントは、大人から子どもに渡すもの。夫婦で贈り合う習慣は無いのだけど……。
「まあ、似て非なるものだな。開けてみるといい」
とりあえず言われるがまま、わたしはリボンを解き、箱を開けてみた。中に入っていたのは……陶器で出来たアクセサリーだった。赤色に塗られた猫のシルエットで、首の位置に金色のリボンが描かれている。小さいけれど細部までよく出来ていて、とっても可愛い。
頭の先には輪になった紐がついていて……これ、もしかしてツリーに飾るオーナメント!?
わたしが問うと、キュロス様はニッコリ笑って頷いた。
「そう。異国の文化だけどな。家庭を持ったら、毎年ひとつずつオーナメントを買い足し、飾りつけを増やしていく。そうしてまた一年、この家で過ごせたことを喜び合うのだと」
「へえ……それは素敵な文化ですね」
「これから俺は毎年ひとつずつ、君に贈るよ。この城のツリーが、君の飾りでいっぱいになるまで、ずっとな」
……あ……。
思わず、息を呑む。
キュロス様や、このグラナド城の住人達と家族になったばかりのわたし。今のわたしが望むのは、ここでの暮らしが末永く続くこと、だ。
毎年ひとつずつ、わたしがここで暮らした年月の分だけ増えていくオーナメント……。聖夜が来るたび、わたしは幸せをかみしめることになるだろう。
わたしは赤猫のオーナメントを握り締めた。キュロス様の気持ちが、贈り物を通じて伝わってくる。
「ありがとうございます……すごく、すっごく嬉しいです」
わたしがそう言うと、キュロス様は笑った。
まるで贈り物をもらった子どものように、とても嬉しそうに。
わたしはツリーに歩み寄り、うんと背伸びをして、なるべく高いところに赤猫を飾り付けた。
緑の枝葉にぶら下がり、ランタンの明かりに照らされて、チラチラときらめく赤い猫。
素敵な光景を眺めながら、わたしは呟いた。
「わたしも、キュロス様に何か用意しておけばよかったですね……」
「いや、君の笑顔が最高の贈り物だよ」
彼が言う。きっとキュロス様は心から仰っているのだろうけど、なおさら何か用意をしようと決意した。
何が良いかな……お菓子とか、消え物よりも残る物がいいかな。マフラーだったら年が明けるまでに編み上げられそう……。
そんなことを考えながら、ふと空を見上げたその時だった。
ひらひらと白いものが視界に入る。雪だ。
寒冷だけど湿度の低いこのディルツで、雪が降るのは珍しいことだった。わたしたちは思わず顔を見合わせる。
「わたしに代わって天使様が、あなたにプレゼントしてくれたのかしら」
「いいやきっと、俺達みんなへの祝福だろう。なにせ、今日は聖夜だからな」
キュロス様のそう言って、わたしの手を握った。手を繋ぎながら、二人で一緒に夜空を見上げる。
オーナメントで飾られたツリーに白い雪が舞い降りて、ランタンの光を反射し、ますます美しくきらめいている。
わたしは心の中で祈った。
来年も、再来年も……これから先ずっとずっとこの城で、穏やかな時間を過ごせますように。
 




