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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
生命の分水嶺 編

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エピローグ


「なんだかスッキリしない話ねえ」


 ――と。わたしの部屋でくつろぎながら、アナスタジアが呆れたように言った。

 わたしも苦笑いをしながら、姉と同じお茶を()う。


「……ええ、まったく。なんだかわたし、舞台が嫌いになってしまいそう……」

「あはは、あたしもドロドロ愛憎劇みたいなのは好きじゃないなあ。笑って観れる喜劇がいいや」


 そういえば姉は昔から、綺麗なお姫様が王子様と恋をする話より、豚と馬が競走して、最後は皆で踊り出すような、明るく楽しい話が好きだった。わたしも姉に読み聞かせをしてもらっていた頃は、そんな話ばかりだったっけ。

 わたしは、姉の言うような喜劇も、悲劇に終わる恋愛小説もどちらも好きだったけど……。


「……現実って、めでたしめでたし、の続きがあるのね」


 わたしは嘆息しながらつぶやいた。


 お芝居や本は、「これでおしまい」と書かれたら、ハッピーエンドにせよバッドエンドにせよ、未来永劫翻らない。美しい瞬間はその形のまま、そこで時間が止まってくれる。

 でも現実は、その後も果てしなく続いていくのね。永遠の愛を誓い合ったふたりが心変わりをして、互いを裏切ることもある。強い味方だった師が病を患い、弱ってしまうこともある。

 わたし達は舞台の登場人物じゃない、物語が終わった後も、生き続けているのだ。


「考えるとなんだか悲しくなってしまうわ……」

「マリー、もしも何十年か後、伯爵様が心変わりしたとして、彼と出会ったことを後悔する?」


 姉の問いに、わたしは首を振った。


「怒るし、泣くでしょうけど、過去を遡って後悔はしないと思います。得られなければ悲しむことは無かったもの。たとえ壊れてしまっても、わたしの宝物だったことに変わりはありません」

「なら、今悲しむ必要は何もないんじゃない? ただ大切にしてればいいだけよ」


 アナスタジアは笑顔でそう言った。

 わたしも笑って頷く。

 ……そうね。壊れないように、失わないように、埃をかぶってしまわないように。今ある宝物を、大事に、大事にすればいい。

 ありふれて貴重なこの日々に感謝をして、毎日、毎日、そこにあるものを大事にする。

 永遠に続く愛とは、きっとそういうことだと思うの。


 その時だった。

 スカートの裾が不意にクイクイと引っ張られる感覚がして振り向く。するとそこに、さっきまで床で一人遊びしていたリサが立っていた。わたしのスカートを杖代わりに、ぷるぷる震えてはいるけれど――間違いなく二本の足で、その場に立ち上がっている!

 わたしは叫んだ。


「こ、これはっ……まさか伝説の掴まり立ちっ!?」

「でんせつ?」


 アナスタジアが目を点にしていたが、それどころじゃない。たいへんだ、娘の成長の決定的瞬間だもの、キュロス様に知らせなくては!

 わたしはリサを抱え上げると、全力で駆けだした。


「キュロス様、どこですかーっ!?」


 邸内を走り回りながら探したが、部屋にもいない。

 廊下でちょうど掃除をしていたメイド長に尋ねてみると、彼女はにこにこ笑って答えた。


「あら奥様。旦那様でしたら、さきほど食堂にいらっしゃいましたよ」

「ありがとう! 行ってみるわ!」

「あんまり急いで、赤ちゃん抱いて転ばないようにねえ」


 おっといけない、わたしは少しだけ速度を落とした。

 ところが食堂に到着すると、トッポが一人で巨大なチェリーパイを食べているだけだった。


「トッポ! キュロス様を見かけなかった?」

「ほえ、旦那様? でしたらさっき、トッポのごはんお腹いっぱい食べたから、散歩してくるって、厩のほうに」


 厩に向かう。

 キュロス様の愛馬にブラシをかけていたアダムに問うと、彼は肩を竦めた。


「そういえばさっき、目の前を過ぎていきましたね。方向からすると正門かな?」

「ありがとうっ」


 アダムにお礼を言って、今度は正門を訪ねた。だけどそこにいたのはいつもの門番、トマスだけ。

 トマスはわたしが今きた道を指さした。


「僕と喋ってる途中で、急に走って戻っていきましたよ。上空を見上げて、なにか見つけたみたいで」


 わたしはもう一度走り出して……やっと夫の姿を見つけたのは、庭園だった。

 緑の萌える、ディルツが一番豊かな実りを迎える季節。

 キュロス様はヨハンと一緒にいた。正確に言うとそこにいたのはヨハンだけ、キュロス様は、そこにある大きな木の上にいた。わたしが呼びかけると、彼はすぐに飛び降りてきた。大きな体が、ストンと意外に軽い音を立てて着地する。

 キュロス様の手には、赤いリンゴが握られていた。


「リンゴ?」

「ああ、散歩していたら、ふとここに実っているのが見えてな。すりおろせば、リサの離乳食にちょうどいいんじゃないかと思って」

「それで、木登りしてたの!? リサのために!?」

「最近色んなものを食べたがるようになったと、マリーが言っていただろう。きっと喜ぶって想像したら、いてもたってもいられなくなったんだ」


 エメラルドのように透き通った緑の目を細め、彼は言う。その瞳に見つめられると胸が温かくなる。わたしは彼にお礼を言ってから、リンゴにかぶりつく真似をしてみせて、


「あなたを探して走り回って、咽喉が渇いちゃったみたい。これ、食べちゃっていい?」

「ええっ、マリーが? 今?」


 無事、キュロス様を驚かすことができたので、わたしは大笑いした。わたしの冗談に騙されたキュロス様は、後ろ頭を掻いて苦笑い。ヨハンが苦笑しながら肩をすくめ、


「まったく、この公爵夫妻は夫婦そろっておてんばでかなわん」


 呟いてから、一緒に笑った。それに釣られてリサまでが笑いだす。

 よく手入れされた美しい庭園に笑い声が響き渡る。

 緑豊かな木々の間から差し込む陽光が、わたし達を照らしている。その優しいぬくもりに、わたしは確かな幸せを感じていた。

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