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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
生命の分水嶺 編

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戦慄の古城③

 ここディッペル城は、知る人ぞ知る名所らしい。

 今から五百年ほど前、とある小貴族が建てた居城。その城主が没したのち、ディッペル医師……今でいう錬金術、自然哲学を研究する者が丸ごとを買い取った。

 その錬金術師は解剖学にも興味を持っており、医療行為の傍ら、患者を人体実験のサンプルにして……さらにはあちこちから死体をあつめていて、改造人間を量産していたという……って。


「なにそれ! 荒唐無稽もいいところの幻想奇譚(ファンタジー)だわ」


 呆れたわたしに、チュニカはずっとニッコニコ。


「終戦とともに病院は封鎖して、ディッペル医師もとっくに亡くなったんですけどね。今でも夜な夜な、怪物となったディッペルの霊が、人を攫っているらしいのです。究極の改造人間はまだ出来上がっていない、死体をよこせ……さもなくば、おまえが材料になれ! って、ハンマーやノコギリを持って追いかけ回してくるそうですよぉ」

「チュニカ、幽霊とか信じないんじゃなかったの?」

「はい信じませぇん。そもそも人体実験とか錬金術とかの時点で、そんな史実はございませぇん」


 なんだ、そっちもデマなのか。ほんのちょっとだけがっかりしてしまった自分慌てて抑える。


「でも、ディッペル医師は実在の人物ですよ、普通のお医者さんですけども。そしてモンスターを目撃したって噂があるのも事実。医者とか学者とか、市民には理解しがたいムズカシイお仕事は、そんな風に言われやすいんですよねえ」


 ふうん……。わたしは半分首を傾げながらも、そういうもんなのねと納得した。

 幽霊、お化けについて、わたしはそんなに怖がらない。目撃したと言ってる人は多いのだから、まあいるんだろうなと信じてはいるけれど、だから何という感じなのだ。その全員が呪い殺しに来るわけじゃないし、暴漢や獣、災害のほうがずっと怖いと思うのよね。

 いるかもしれないし、いないかもしれない、それ以上の感情はない。


「でも確かに、ここってなんだか不気味よね。もとが古城だから、調度品は古くて豪華というのがまた……。たとえお化けなんて出ないって分かっていても、暗い中ひとりで探索するのは怖いかも」

「そうですね。正直僕も、心地いいとは言えません」


 ウォルフガングが珍しく苦笑いして言った。


「騎士時代、こういった施設への潜入は籤で押し付け合っていました」

「あらっ、ウォルフガングにも怖いものがあったのね」

「そうおっしゃらないで下さいませ。騎士爵というものは、他人様を殺めたことへの褒章でございますゆえ」


 なるほど……「あの時のあの人が化けて出たんじゃないか」って思っちゃうのね。それは口にしなかったけど、ウォルフガングは「その通り」と頷いた。


「騎士に限らず、古くから続く有力な家ならば必ず、間接的にでも人の命を奪ったり、身内に非業の死を遂げた者があるものです。戦後生まれでもそういった話を聞かされて育つもので、大体の王侯貴族は怪談が苦手なのです」


 なるほど、古い貴族ほど怪談が苦手……確かにシャデラン家でも、みんな幽霊を怖がってた気がする。お父様はもちろん、あの『女傑のサーシャ』のお祖母様も、先祖の墓は大切にし、それでいて夜には絶対に立ち寄ろうとしなかった。平民育ちのお母様はむしろ幽霊をメルヘンでロマンチックなものと思っていたようで、アナスタジアの霊に会いたがっていたような。


「あまり信心深くないディルツでもこうなのだから、諸外国の貴族もみんな同じかそれ以上に、お化けが怖いのかしらね」


 わたしとウォルフがそんな話で盛り上がっていると、チュニカはにやあっと楽しそうに笑った。


「……うふっ。私、いいこと思いついちゃった」

「? どうしたのチュニカ。良いことって?」

「うふふ、これはもうすごい作戦ですよォ。うまくいけばダリオ侯爵の嫌がらせをきっぱりと辞めさせることができる、とっておきの悪だくみですぅ」

「悪いことじゃないの」


 わたしが抗議すると、チュニカは「わかってないなー」って顔で指を振った。


「最高の顛末にするためには、少々の悪いこともやるべき時ってのがあるのですよぉ。昔から言いますでしょ、薬を呑むなら毒までも、ってぇ」

「……聞いたことないけど」

「まあまあ、とりあえず作戦を立てて見ましょう。うふふ。つまりですね――題して。『廃病院で幽霊の恰好して侯爵を脅せば、ビビってごめんなさいするんじゃないか大作戦!』でぇす」


 自慢気に胸を張って言うチュニカ。わたしは思わずオオーと声を上げ、手を叩いた。


「すごい! 作戦名だけで、作戦の全容が分かるナイスネーミングだわ!」



 肝試し、というレジャー。これが好きかそうでないかは、人によって意見が割れるところだと思う。わたしは、好きではない。だけど大嫌いなので絶対行きたくないということも無い。意外と男性、とくに物理的体力(フィジカル)に恵まれた人ほど、怖がりな人が多いらしい。幽霊にはどう対抗していいか分からないからと。

 そしてこれが、特に大嫌いで、本気で怖がる人種がいる。それは、上級貴族――である。

 その縁者、特に自分を快く思っていないであろう人間が化けて出てきたならば、なおさら。そのものに窘められたらもう、二度と悪さは出来ないほどに。


 ――という計画を、帰り道の森を行きながら、わたし達はキュロス様にお話した。その提案を聞いたキュロス様は、


「やだ」


 端的にそう言った。

 あまりにもきっぱりはっきり即拒絶されたので、思わず絶句してしまったわたし。

 対して、チュニカはわかりやすく「えー」と反論した。


「でももし大成功したら、ダリオ侯爵のイヤガラセを止められるかもですよぉ。やって損は無いと思うんですけどぉ?」

「あの……わたしもそう思います。それに、成功する可能性は高いです」


 わたしはそう言って、頭の中にある古い本のページをぺらぺらめくって読み上げた。


「『死者からの警告』――家族や友人、世話になったひとの遺言に背くような行いをしていた者に、死者が物申しにくるという伝承は、ディルツ以外の国にも広く存在します。有名なものだとフラリアの建国前、時の王のもとに前王の霊が現れ、北の民には手を出すなと警告。しかし王は欲を出し北へ進行。そうしてフラリアを建てましたが、わずか二年後、その地から死の病が発生しました。それから数百年もの間、フラリアは繁栄の裏側で凶悪な伝染病と戦い続けることになったと」


 つらつらと読み上げてから、ふと顔を上げると、キュロス様が耳を塞いでいた。そっとチュニカが近づいて、キュロス様の手を、耳から外した。わたしは息を吸い直し、続きを話す。


「生前、虐げた人間の霊が現れ、復讐をした例も枚挙にいとまがありません。口減らしのため子の足を切り落として捨てた親、翌朝には両足が何者かに切断された状態で死んでいた。隣人は『僕の足を返して』という声を聞いていたという。東の国のお話ですと、城に仕える下女が、主が大事にしていた皿を一枚割ってしまった。怒った主に激しく責めたてられて、下女は井戸に身を投げた。その後、井戸の底から一つ二つと皿を数える女の声がして――」


「やだっ!」


 突然、キュロス様は子どものような声を上げ、また耳を塞いで喚き出す。

 ……えっと。


「……これらの伝承は、民を虐げてはならない、他人を傷つければ自分に返ってくるという訓戒として語り継がれています。古い家の貴族ならばなおさら、陰惨な怪談が半ば史実として訓示されているでしょう。ダリオ侯爵に、アルフレッド様の霊に化けて警告をするという脅かしは、本当に効果が見込めると思います。やってみるだけ損はないかと……」

「だ、だから何だっ? そうだとしても、俺は参加しないぞっ」

「ええと……でもミオとトマスが不在の今、人数的に、キュロス様の手も御借りしなくてはいけないの」

「じゃあミオを待とう、ミオが戻ってからにしよう。というかミオにやらせよう。もしくはミオに全部任せよう」

「それがいつになるかわからないので、急ぎ、今いる人材でやろうと提案しているのですが」

「幽霊が出たらミオになんとかしてもらおう。ミオならなんとかする。もしくはミオを生贄にすればなんとかなるっ」


 ……ええっと……。

 その様子からなんとなく状況を察し、わたしはそろそろと忍び足で、彼の傍に近づく。


「キュロス様……嫌な理由は、もしかして怖いから……?」


 恐る恐る尋ねると、キュロス様は無言のままくるりと背を向けて、突然ダッシュで逃げ出した。近くまで来ていた屋敷の扉に飛びつき、開けて入ってバタンと閉める。わたしはぽかんとして、つい黙って見送ってしまった。


 ……あー。そっか。キュロス様も貴族だものね。それも王家傍系の辺境伯で、戦場では最前線にいた家系。居住しているグラナド城も、もともと城塞なわけで……そりゃあ、そうか。


 屋敷に入ると、キュロス様の姿は見当たらなかったけど、代わりにルイフォン様に遭遇した。

 ちょうど、わたし達が帰ってくる頃合いを見て、遊びに誘うつもりだったらしい、手にはボードゲームを抱えている。


「なに、いまの。キュロス君と思しき人影が、びゅんって走りすぎていったけど?」

「キュロス様はその……多分、部屋でお休みになるのかと」

「あんまり一人にしない方がいいよ。僕らが思っているより、キュロス君、参ってるみたいだからさ」


 彼は真剣な顔でそう言った。


「ダリオの言動も、少し慎重に警戒していこう。今まではイタズラみたいなものだったけど、本人すら無自覚に、身体を傷つけるような罠をかけてくる可能性がある。キュロス君自身ならまだしも、マリーちゃんやリサちゃんに何かあったら、いよいよキュロス君は落ち込むだろう。それこそ、公爵位なんかくれてやるって言っても不思議じゃない」


 わたしは彼の言葉を聞いて、こっそり顔をほころばせた。ルイフォン様はやっぱり親友想いで頼もしい。わたしは微笑んで、彼にも囁いた。


「今まさしく、キュロス様を守るための作戦を立てていたところなんです。ルイフォン様にも協力していただけますでしょうか」

「なんだい? 親友のためだもの、何でも言って」

「ダリオ侯爵を脅かして懲らしめるため、ディッペル城で肝試し、です」

「きもだめし?」

「はぁーい。廃病院の古城で幽霊ごっこをするんですー」


 チュニカが上機嫌で言うのと反比例するように、ルイフォン様の顔色がみるみる蒼くなっていき……。



「え………………絶対やだ」



 と、消え入るような声で呟いた。


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― 新着の感想 ―
ルイフォン様に伝えるのはもう確信犯でしょww 王族で軍属でキュロスと同年代だし嫌がるでしょww なんにせよ2人の青ざめた顔が見たすぎるwww
[一言] > つらつらと読み上げてから、ふと顔を上げると、キュロス様が耳を塞いでいた。そっとチュニカが近づいて、キュロス様の手を、耳から外した。わたしは息を吸い直し、続きを話す。 ナチュラルにひどい…
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