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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
生命の分水嶺 編

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会いたくない人


「げほげほげほげほげほ」


 世にも珍しい、咳が止まらない執事。

 わたしは初めてこのウォルフガングが、顔を真っ赤にしているのを目撃した。その場にいた全員、同じような感じで、顔を赤くして咳き込んでいるか青くして口を押えているかのどちらかだった。わたしは後者。


 そう……チュニカの作った、この料理はまずかった。

 不味いという次元を超えて、もはや危険(まず)いと言ったほうが適切だろう。

 口に入れた瞬間、ナントモイエナイ異次元の味と異臭が鼻腔を突き抜け、生物としての生存本能が、

「今すぐ吐き出せ!」と脳を刺激する。


 ……無理。


 わたしは無言で、ハンカチーフの中にお肉を吐き出した。


 ルイフォン様も青い顔で、口をふさぎながら呻く。


「……アナスタジアより料理が下手な人間が、いるとは思わなかった。人間が食べていい味なのかこれは……」

「人体に害はないはずですよ。むしろ健康になります!」


 チュニカは頬を膨らましてそう言った。


「人間が一日に必要な栄養素を、過不足なく詰め合わせてみましたぁ。食べれば食べるほど健康に、そして肌や髪の艶やかに美しくなる究極の薬膳レシピですよぉ」

「待て、今さらっと言ったけど一日分の栄養素をなぜこの一皿に詰め込むんだ?」


 キュロス様が問い詰めると、チュニカは一瞬天井を見上げてから、テヘッと舌を出した。


「ちょっとしたミスですぅ。三食分に分割するのを忘れてましたぁ」

「ちょっとしてるか? これちょっとしたミスか!?」

「まあ、まあ。とりあえずこれをお腹いっぱい食べてから、明日のお昼まで断食すればほどよく帳尻は合いますしぃ? 細かいことは気にしないぃ」


 チュニカ、ついさっき分量について微細な注意が必要とか言ってなかった?

 キュロス様とルイフォン様は、そっくり同じ姿勢で頭を抱えていた。


「……大体の大人の女性は料理ができるもの、と思い込んでいた、俺が悪かった……」

「うん……いや、少なくとも僕は前例を知っているのだから、予想して然るべきだった。素直に反省しよう……」

「いやぁ、性別なんか関係なく、できないひとはできないですよぉ」


 誰よりもヒトゴトのように、何故か底抜けに明るく言うチュニカ。


「きちんとしたレシピがあればその通り作れるんですけどぉ。知らないお料理は、想像で作るしかないですからねぇ。今回は、色や形はよく出来たので及第点かと」


 ……うん……それは本当に、よく出来てたもんね。見た目は問題なかっただけに無警戒でいっぱい口に入れてしまったのが、被害を甚大にしたのだと思うわ。

 こっそり鍋を覗き込んでみると、牛肉巻煮込みはまだまだたっぷり残っている。続きを食べることはできないけども、これを捨ててしまうのも忍びない。

 わたしは物惜しげにスプーンを握ったまま、嘆息した。


 ……これ、どうにかリメイクで味を直せないかな……。食材が傷んでいたわけじゃなくあくまで調味がオカシかったのだから、具をすべて取り出し水に晒してから、濃厚なソースで煮込みなおせば食べられる物にはなりそう。

 ちょっと手間暇がかかるけど、イチから作りなおすよりは早いと思う。


 リサがもうおねむでグズりかけているのが気になるけど……わたしはリサの背中をトントンしながら、隣に座るキュロス様に差し出した。


「キュロス様、リサをお願いできますか? わたし急いで作り直してきます。みんなお腹空いてるし」


 わたしはそう言ったけど、キュロス様は首を振り、立ち上がった。


「それなら俺がやる」

「えっ? キュロス様がお料理するんですか!?」

「普段からよくやるってことはないが、できなくはない。貿易中、会堂でキャンプをすることもあるからな。少なくとも、食べられるものは作れる」

「そうじゃなくて……」

「こういう時に身分や性別うんぬんいうのは野暮だろう? 大人の男を含め七人分だからな、結構な力仕事になる。それなら腕力のある男のほうが適任だ」

「おっと、それなら僕も手伝えるね」


 ルイフォン様も立ち上がった。再度驚くわたし達に、茶目っ気たっぷりのウインクをして、


「騎士団の野外演習で、炊き出しは何度も経験してる。これで結構、包丁を器用に使えるよ」

「ゴホッ、コフッ、ではこのウォルフガングが慎重に味見と調整を致しましょう……ゲフン」


 まだ少しばかり咽ながら、老執事も立ち上がった。


「調理は素人でございますが、旦那様と共に会食の席につくこともある執事として、舌は利きます……それに、娘夫婦を亡くししばらくは、孫娘の世話しておりました」

「おお、それは頼もしい。それじゃあ、男連中が飯当番ってことでいいな」

「異議なし。じゃあさっそく、夕食作りを始めようか」

「夜ご飯はもうここにあるじゃないですかぁ」


 チュニカは笑顔で言ったけど、全員無言で聞き流した。

 たっぷり残っている大鍋をキュロス様が掴み、男三人ぞろぞろと厨房へ運んでいく。チュニカが普通に付いて行こうとするのを肩を掴んで引き留めて、わたしはくるりと、彼女の進路を転換させた。


「チュニカは、お風呂の支度をしていただいてもいいかしら? ほらやっぱり、それがチュニカのお仕事だし」

「えー、でも本業っていったらやっぱり調合で……」

「こっ、ここはグラナド城と勝手が違うし水質だって違うわよね! わたしそういうのよくわからないから! お風呂だってごはんと同じくらい大切よ、チュニカならきっとすごく衛生的で気持ちの良いお風呂を作ることができると信じてる。あなたにしかできないことなの、どうかよろしく!」


 早口でまくしたてながらグイグイと、食堂から追い出すように彼女を導く。チュニカはさほど抵抗するでもなく、


「はーいおまかせあれぇ」


 と言って、食堂を出て、お風呂場へ出かけて行った。

 扉を閉めて、ほう、と一息……そして食卓のほうを振り返って、ハッと、息を呑む。

 その場に残されていたのはわたしと、ダリオ侯爵の二人だけだった。

 侯爵は……明らかに不機嫌な所作で、手つかずの副菜をツンツン突いていた。。


「まったく、どうせこっちも食えたもんじゃないんだろう……食材を無駄にしおって。これだから、見た目の派手な女は金遣いも荒くて敵わんわ」


 どうやらチュニカのことを言っているらしい。身内を悪く言われムッとしたけれど、今回ばかりは言い返せない。わたしは無言で、副菜の皿を回収していった。

 侯爵の愚痴はまだまだ続く。


「……見目にこだわる女は中身が無くて役に立たない。……まったく……こんなことならあいつを連れてきたら良かった……」


 ブツブツと、まるでわたしに言い聞かせているようだったけど、真実彼はただの独り言を言っていたらしい。椅子に深く腰掛けると目を閉じて、パイプを()かし始めた。それきり、わたしのほうに一瞥もくれない。


 ……前から思っていたけれど……ダリオ侯爵、わたしを見る目が少し、前とは変わっている気がする。


 初めて会った時は、なんだかもっと、攻撃的に感じた。ひどく見下されているような、イヤミさを強く感じた彼の視線。貧しい出身を揶揄するようなことも言われた気がする。

 だけど今は、むしろ視線を外し、わたしに苦手意識があるようだった。これはこれで不快な態度ではあるけれど、なんというか、種類が違う。

 苛立ちで眉毛と髭をピクピクさせながら煙草を薫らせている、ダリオ侯爵。わたしはリサをかばうように抱き直し、話しかけてみた。


「あの……改めて、お聞きしたいことがあるんですが。少しだけお話、よろしいでしょうか」


 綺麗に完全無視された。

 わたしは挫けることなく質問を続ける。


「エラって、あれからどうなったんですか?」


 一瞬だけピクリと眉が動く、が、やはり完全に無視された。

 もう一度聞いてみようとしたが、やめた。

 聞いても意味のないことだ。ダリオ侯爵、都合の悪いことは喋らないよう心掛けているみたいだから、尋問が下手くそなわたしではもう何も情報を引き出せないだろう。

 彼女はこの場にいない。もう会うことも無いだろう。それで満足、安心しておこう。

 ……さてと。それじゃあ回収した副菜を、厨房に届けるか……と、立ち上がった、その時だった。


「ただいま戻りましたー!」


 玄関のほうから、若い男の声がした。

 トマスの声だ。わたしは皿をテーブルに戻し、玄関に駆けつけた。

 食堂を出て廊下を進み、一度角を曲がるとすぐ、外へ繋がる玄関がある。アルフレッド公爵のミュージアムに使うという古城を探しに出てくれていたトマス。森を歩き回ったせいだろうか、小麦色の髪や衣服のあちこちに葉っぱや小枝が着いていた。玄関口に立ったまま服を叩いている彼に、わたしは歩み寄りながら問いかける。


「おかえりなさいトマス、どうだった?」

「ああ……マリー様。ええ、古城なら言われた通りの場所にありましたよ」


 トマスは少しだけ、苦い顔をしていた。


「家の前を流れる小川をしばらく登って、橋を渡ってすぐ、ちょっとだけ丘になっているところです。森の中なんでこっちからは見えないけど、あっちからはここが見える距離でした」

「あら、そうだったの。それにしてはずいぶん遅かったわね。何か、問題でもあったの?」

「……いや……城は意外とイイ感じでしたよ。立派な建物だったし、廃墟とは思えないくらい綺麗で……でも、何と言うかその――」


 言いながら、トマスは背後をチラチラしていた。よく見ると、彼は右手に何か、手綱のようなものを握っている。どうやらズボンのベルトらしい。ベルトは扉の外まで伸びていて、その先に何か、生き物を繋いでいるようだった。


 もしかして何か、野生の動物を捕まえた? このあたりだと野うさぎ……いやベルトの高さからしてもっと大物、野生のヤギとか? だとしたら今夜の夕食が豪華になるわ。

 そう期待して、わたしは彼に歩み寄り――悲鳴じみた声を上げた。


「えっ……エラさん! どうしてここに!?」


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