薬を呑むなら毒までも~エピローグ~
「――と、こういう流れで。私はグラナド城の仲間入りをしたってわけですよぉ」
明るく言うチュニカ。息を呑んで聞いていたわたしは、とたんに「ふわあああああ」と変な声を上げて座り込んでしまった。
だって、こんな……こんなっ。チュニカに過去を尋ねた時は本当に軽い気持ちで、こんな想像を絶した話が出てくるなんて思いもよらなかったんだものっ!
「はあああ、聞いちゃいけなかったこといっぱい聞いちゃった気がするぅう」
「ええー、そんなことないですよぉ。どうしてですぅ?」
「だ、だって、お父さん……結局、逮捕されたんでしょ? チュニカだって、前科……」
「はぁい、意識してなかったとはいえ、がっつりオクスリ作ってましたからねえ。ガッツリ服役したのち、国外追放されちゃいましたぁ。今はどこでなにしてるかさっぱりでーす」
「そ、そう……やっぱり……」
「っていうか私も普通に有罪くらいましたし」
「有罪ぃいっ!?」
わたしの巨大な声がグラナド城に響きわたる。チュニカは「うるさ」と言って耳を塞いでから、そのまま詳細を教えてくれた。
……チュニカは、そのあと騎士団の砦に入り、厳しい尋問を受けた。とはいえ左右に『弁護人』が居たので、乱暴なことは決してされず、正しく形式通りに送検された。
……とはいえ……やはり無罪にはならなかった。懲役は免れたものの、家財はすべて没収の上、莫大な賠償金が科せられたという。
騎士団の砦の門前、鞄すら無くまさに身一つで解放されたチュニカ。これからどうやって賠償金――国への借金を返していくのか。いやそれ以前に、明日どうやって生きていくのか。何も考えられなくて、ぼんやりその場に立ち尽くす。
すると目の前に、豪奢な馬車が停車した。御者台にいたのは、何だかもう飽きるほど見た顔――黒ずくめでおさげ髪の、小柄な女性だった。
「就職先にお困りですか?」
しれっと、そんなことを言う。チュニカは半眼になって、わざとのんびりした口調で答えた。
「ええ、まあ。しかし私は前科者、それに美容石鹸を作るくらいしかできませんからねえ」
「それはそれは、奇遇ですね。ちょうど我が城に、美容が気になるお年頃のご婦人がおりまして」
……そんな形で、この城にやってきたという。
それが、五年前。ではチュニカは、借金を返すためにここにいたのか。楽しそうに働いていると思っていたけれど、実はすごく辛い日々だったんじゃないか――。
「……チュニカ……」
わたしが問うと、チュニカは「んー?」と明後日のほうを見て、首を傾げた。
「そうですねえ……まあ、借金全部きれいになったら、他のところへ行ってみたい気はしますけどぉ。正直ここよりお給料いいとこないしぃ。衣食住面倒みてもらえるから、お金いらないしぃ……」
「借金って、あとどのくらいあるの?」
「さーあー? 給料から自動天引きで、ミオ様が払い込みにいってくれてますからね。たしか三年も働けば返せる額だと言ってましたけど。五年前に」
………………え? それってもしかして、もう返し終わっているのでは……?
わたしが目を点にしていると、チュニカはクスクスッと笑った。わたしの髪に櫛を入れて、軽やかな手つきで梳かしていく。
楽しそうに、歌うように、踊るように。
「まっ、今の生活が楽しくなくなったら、出ていきますよぉ。そのうち、いつかねえ」
細い指が、ものすごい速さで髪を編む。
まるで魔法にかかったように、わたしの姿が変わっていく。わたしは少し顔を傾けて、彼女の指にほおずりした。
魔法の指先に、願いをかける。
チュニカ・ペンドラゴンの日々が楽しくありますように。いつまでも、ずっと。




