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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
キュロス・グラナド伯爵は新しい家族に溺愛される

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指先の証拠

 

 いっぱい泣いて、それから笑ったら、急にお腹がすいてきた。


 グーグー鳴らしながらも話の続きをしようとすると、ミオがポケットから、チョコレートクッキーをいっぱい取り出し、分けてくれた。ミオのポケットには何でも入っている。


「でも、エラさんの状態をなんとかしたいのは本当の気持ちなの……」


 クッキーを食べながら、わたしは言った。


「エラさんというか、グラナド城の侍従達を。彼女、ひどく嫌われてしまったみたいで。このままじゃ城内の雰囲気、いいえ治安が悪くなってしまうわ。なんとかしなくては……」

「まあ、侍従も人間ですからね。同僚に対し好き嫌いがあるのは仕方がないでしょう」

「だけど虐めみたいなこともされてるみたい。こんなものを貼られていたの」


 と、わたしはデスクの中に丸めてしまっておいたものをミオに差し出した。それは以前、エラさんをお茶に誘ったとき、背中に貼られていた悪口だ。それを見せても、ミオは変わらず無表情。代わりにキュロス様が不快そうに顔をしかめた。


「これは……ずいぶんと子供っぽいイタズラだな。陰険で、気分が悪い」

「でしょう? 剥がした時、エラさんにも気付かれてしまった。彼女がディルツ語を読めなくて良かったわ」

「エラが……ディルツ語がわからない?」


 ミオの眉がピクリと跳ね上がる。何に引っかかったのだろうと思ったら、彼女はエプロンポケットから、折りたたまれた紙切れを取り出した。今度は彼女がそれをわたしに突きつける。

「これは契約書です。つい先程、侍従頭の私が戻るまでと保留にしておいたのを正式に結んだもの。黙読し、雇用条件に異論がなければサインするようお願いしました」

 わたしは驚いて、その書面を確認した。たしかにミオの言う通り、勤務時間や給金についての羅列と、下方にはエラさんの署名がある。言語はもちろん、ディルツ語だ。


「これ……どういうこと? エラさんは、嘘をついてたってこと? まさか、そんな」

「もしも本人がスフェイン語しかわからないと申し出たならば、それ用の書類も作れました。が、彼女は何もいいませんでしたよ」

「それは、言い出しにくかったから、じゃなくて? 読んだふりをして、名前だけは書けたからとか」

「ミオは顔が怖いからな」


 キュロス様が余計な茶々を入れて、ミオに足を踏まれていた。ミオの顔が……というのはともかく、エラさんの性格を考えるとありえることだとは思う。その可能性を潰さずに、彼女を嘘つきだと決めつけることはできない。

 わたしが言うと、ミオは少し悩んだあと、わたしに向かって手を伸ばした。


「そちらの、イヤガラセの貼り紙を手に持ったのはマリー様と犯人だけですよね?」

「ええ、そのはずよ」

「でしたら犯人がわかるかもしれません。マリー様、たいへん恐れ入りますがファンデーションかチーク……何かなるべく濃い色のついたパウダーと、毛の柔らかい筆を一本おかしいただけますか?」


 突然、不思議なことを言う。わたしは首を傾げながらも抵抗せず、キャビネットからいくつか化粧品を持ち出し、ミオに渡す。

 彼女はざっと見渡して、暗銀色のアイシャドウを選んだ。その表面に爪を立てて削り取ると、浮き出た粉末を筆に付け……なぜか、表面に滑らせる。粉まみれになったところで、フーッと吹いて一掃。ちらほらと汚れの残った紙面を、じっと見つめはじめた。

 ミオ、一体何を……?


「出ました。指紋です」

「し、しもん? って、指の腹に付いているこの模様……よね」

「はい。筆記するとき、ふつう人間は利き手でペンを持ち、反対の手指で紙面を抑えます。人間の手は脂や汗で湿っていますから、よほど手を洗いたてか手袋などしていなければ、その指紋が付着するのです。普段は目に見えませんが、こうして微粒子のパウダーをはたくと色がつきます」


 たしかに、紙面には年輪のような細かな輪の模様があちこちに浮かんでいる。紙の左側に指四本分の小さな指紋が強く浮かび上がっていた。状況を考えると、これが犯人の指紋ということだ。でも、それが何か?

 その時、横に居たキュロス様がアッと声を上げる。


「聞いたことあるぞ。指紋って人それぞれ、みんな形が違うのだと。オラクルではそれで、殺人事件の真犯人を暴いたこともあったんだ」

「えっほんとに!? ってことは、侍従達の指紋を取って、この紙と見比べれば犯人を特定できる!?」

「理論上はな。出入り業者まで入れたら百や二百で効かないので、もう少し容疑者を絞らないと厳しいが」

「見つけても何も解決しないかも。この貼り紙をしたのは一人だけだったとしても、同じようなことは他にも何人かからされてるみたいで……」

「いえ、何もかも完全に解決するかもしれませんよ」


 そう言って、ミオは自分の持っていた「雇用契約書」を再び開いた。


「この洋紙は、いつも手袋をしているウォルフガングが文書を作り冊子にし、侍従頭である私に手渡して、厳重に保管されていたもの。私とエラの指紋しかありません」


 言いながら、再びパウダーを紙面に滑らせていく。そこに浮かび上がってきたのは……やはり小さな、たくさんの指紋。どれもサイズは同じくらい、小柄な女性の指だと思われるもの。

 正直、目視ではどれが誰のものかわからない。

 ミオが言う。


「私はエラと向かい合う形で、項目を指さして説明をしていました。つまりコッチ側……指先が下方を向いているのが私。署名の左側、紙が動かないよう強く押さえこんでいる4本指が、エラの指紋ということになります」

「……なるほど。これがエラさんの指紋……」


 そうだとして、だから何なんだろう。見つけ出すべきは貼り紙の犯人の指紋で、被害者であるエラさんのなんて――。


 ふと、嫌な予感がした。まさか。


 わたしは紙面に顔を近づけ、目を見開いて、じっと見つめた。もう1枚の紙と、何度も何度も見比べた。

 信じられなかった。でもそうとしか見えなかった。

 貼り紙にあった「犯人」の指紋と、エラさんの指紋は……何度見ても……同じ模様をしていた………。

 キュロス様も横から覗き込み、フムやっぱりなと軽く頷いた。どうやら彼は、エラさんをかなり早くから疑っていたらしい。


「自分への悪口を自分で書いて自分の背中に貼って、マリーに見せつけたということか」

「でも……っでも、そんなの、他の人に見つかっても剥がされる。わたしにだけ見せるなんて……」

「そう、けっこう用意周到で手が込んでるよ。事前に書いて用意しておいて、マリーに会う直前に貼ったのだろう。あるいは長い髪をおろして隠しておいたか」


 ……思い当たる。わたしは絶句した。


 黙り込んでいるとなおさら、胸の中にふつふつと、燃えるような熱い感情が湧き上がってくる。エラさんにありがとうとごめんなさいを言わされていた時の ぐるぐる渦巻くような黒い感情とは全く違う。二枚の紙を持つ手が震える。そんな……こんなことって……!


「ひどい……エラさんはわたしを騙していたのね。グラナド城のみんなに虐められてるって、みんなを悪者にして、自分が同情されるために。ひどい。ひどい……!」

「まあもう大丈夫ですよ。私が来ましたからね」


 ミオの台詞はいつでもサラサラと、雪解け水みたいに爽やかな冷たさ。熱しかけたわたしの頭をしっかりクールダウンさせてくれる。


 ……それに、エラさんの行動はどこまで意識的なのか、そしてどういった企みがあってのことなのかがわからない。

 本人の意思――とは考えにくい。怪しいのはやっぱり、彼女の主、ダリオ侯爵だ。最初、荷物に偽装してまでエラさんをここへ送り込もうとしていたのだもの、侯爵に企みが無かったとは考えにくい。

 だけど、これだけで侯爵を糾弾するのは難しいと思う。彼は侯爵位であり、キュロス様の姉婿。つまりキュロス様の義兄で、彼よりもなお上位の貴族なのだ。キュロス様が正式に公爵の位を継ぐまでは、おいそれと断罪などできないだろう。

 わたしは不安になってキュロス様を見上げたが、彼は案外気楽な表情で「そうだなあ」と簡単に頷いていた。


「ダリオの企みなら、まぁ大体想像はつく。父の喪中、公爵位が宙に浮いている間にどうにかして俺を揺さぶり、グラナド家で自分の立場を強めたいのだろう」

「それとエラさんをリサの乳母にすることと、何の関係があるのですか?」

「さあ、今のところそこまでは。いずれ探偵に二人の関係を洗わせて、しっかり足元を掬ってやるつもりだが――」

「まずそれよりも、マリー様のケアですね。とりあえず早急に、エラからリサ様を離します」


 そういうなりミオは踵を返し、部屋を出て行こうとした。


「えっ、待ってミオどこへ行くの?」

「エラの部屋です」


 ミオの歩みは止まらない。わたしは慌ててガウンを羽織り、彼女を追いかけ部屋を出た。


「待ってミオ、エラさんを糾弾するのはまだ無理よ。キュロス様も言った通り、ダリオ侯爵は上位の貴族だし、エラさんの自作自演も、指紋だけでは証拠にならないわ」

「そうですね、ディルツではまだ、指紋による科学調査は公に取り入れられていませんし」

「それに、さっきも言った通りエラさんは本当に優秀なの。乳母としては非の打ちどころがないわ。理由もなく解雇するわけには……」


 速足のミオを追いかけ、小走りになったわたしの肩を、後ろから柔らかく掴まれた。振り向くと、キュロス様が不敵な笑みを浮かべている。


「大丈夫だ、任せろ」

「大丈夫って何が」

「他に乳母を用意した。彼女が乳母をやると言い出したなら、エラを解雇してもダリオは文句など言えないよ」


 ……侯爵よりも強い乳母? わたしは疑問符を浮かべながら、キュロス様と一緒にゆっくり歩き、ミオの後を追っていく。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ウォルフガングはエラを疑うより 今回の件は、孫娘へのいい試練だと思ったんじゃないかなと。 幼さゆえの腑に落ちないことを、飲み込んで、乗り越えて、一皮剥けて、人として成長するための。
[良い点] キャーミオサーン!ステキー!!
[良い点] 貼り紙については当たりましたね。キュロス目線の話で彼がエラを疑っているだろう、というのも予想がついたので当たって嬉しいです。リサの乳母になるときもやたら押しが強かったしマリーにもリサをだし…
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