スフェイン料理を作ろう!
まるごとオーブンに入れられる陶器の鍋に、香り高いオリーブオイル、グラナド城で作っている野菜。
そして朝一番のとれたて海鮮、魚、海老、貝まで。
グラナド城の厨房にずらりと並べられた食材に、わたしは思わず、目を輝かせた。
「す、すごい。美味しそう!」
「食べるのは奥様じゃなく、エラさんでしょ」
アダムが笑って言った。そんな彼の顔には疲れが見える。夜が明ける前から馬を飛ばして、港町で食材を買い付け、とんぼ返りしてくれたのだ。
同じく、王都の市場を駆けまわってくれたトマスもタオルで汗を拭っている。二人に飲み物をふるまって、わたしは何度もお礼を言った。
「マリー様! ブイヨンスープも完成したよぉー!」
料理長トッポがくるくると回りながら、厨房へ舞い込んでくる。
わーい。わたしがパチパチと拍手で迎えると、トッポはぴたりと停止、その場で優雅な一礼。鼻息荒く、
「これから捌くの? トッポもお手伝いするよ! 海鮮は下ごしらえが命です」
「あら、なんだかすごくやる気ね?」
「ええ、トッポ久しぶりに燃え燃えキュンなのです。奥様、ゲスト様に故郷の料理をふるまうとのこと、とってもいい思い付きだと思う。トッポ大賛成」
「うふふ、ありがとう」
「アダムが手に入れた食材も素敵! ディルツでこんなにピチピチの海老なんて、なかなか手に入らないもの。これなら美味しいパエーリャが作れるよ。トッポもおこぼれが楽しみ!」
あはは、やっぱりそれも狙いだったのね。
わたしは腕まくりをして、さっそくパエーリャ作りに取り掛かった。
テンダーママに教わった通り、まずは海老を、しっかり洗って……。
アダムが仕入れてくれた魚や海老はすでにシメられていたけれど、綺麗な海の匂いがするくらいに新鮮だった。貝は塩水に浸けて、移動中に砂吐きまで済んでいる。でも、勝負はここから。さっきトッポも言った通り、海鮮は下ごしらえが命だ。
まるごと米に炊くならなおさら、生臭みが出る血や鱗は残らず取り除き、丁寧に洗浄。他の魚や貝も手早く捌き、お米は塵を落とす程度にサっと洗って……あ、あれ? それから少しの時間置いておくんだったかな? どうだったっけ……。
時々、テンダーママのレシピメモを読み返しているわたしの横で、トッポもなにやら食材を転がし始める。グラナド城の賄かと思ったら、彼もスフェインの料理を一品、パエーリャに合わせて作ってくれるとのこと。
「お料理の名前はトルティージャ。卵料理、スフェイン風のオムレツなのです」
「オムレツ……なのに、こんなにジャガイモを使うの?」
ゴロゴロ転がる芋を眺めて、わたしは思わず聞き返した。トッポは上機嫌で頷くと、さすがの手際で、作業を進めていく。わたしも手前の調理をこなしながら、チラチラとトッポの料理を見学させてもらった。
トルティージャという、スフェイン料理の名前をわたしは今初めて聞いた。
トッポはオムレツと言ったけど、見た目や作り方はかなり異なるようだった。
材料はジャガイモと玉ねぎ、にんにく、そして卵。調味料はなんと塩だけ、ただし油は香りにこだわったオリーブオイル。深さのあるフライパンで上手に焼くと、まるでケーキみたいに丸く分厚くできるんだって!
薄めに切った芋と玉ねぎを用意。フライパンにたっぷりのオリーブオイルと、みじん切りにしたにんにく、塩を入れ、温まったらじゃがいもと玉ねぎを加えて揚げ焼きに。
それで完成かと思いきや、一度ザルにあげ、油を切っていく。
「このひと手間がポイントなの」
トッポは嬉しそうに、煮えたぎる油をボウルへ移した。
それから卵をボウルに割りほぐし、さっきの揚げ焼きを混ぜ混ぜ。それからまたフライパンに油を引いて、卵液を一気に流し入れる。
じゅわああっと気持ちのいい音に、食欲をそそる香ばしい匂い……。混ぜながら火を通し、ふちが固まってきたところで、トッポは巨大なお皿をもってきた。
フライパンより大きいお皿をエイヤッとかぶせ、ヨイショッとひっくり返して取り出す。まだまだ、これで完成ではない。取り出したばかりのそれを再びフライパンに戻し、両面を焼きいれること二、三回。最後にもう一度フライパンに入れて、弱火でじっくり、蒸し焼きに……。
「できましたぁー!」
トッポがそう叫んだ時、わたしのパエーリャもちょうど焼き上がったころだった。
厨房には、とんでもなくいい匂いが充満している。
その匂いを嗅ぎつけたのか、まだ呼んでもいないのにテンダー兄弟がやってきた。両手にはすでにフォークとスプーンをスタンバイしている。わたしとトッポは顔を見合わせ、大笑いしてしまった。
とりあえずこれは、味見ということで……二人は厨房に立ったままで、小皿に取り分けたものを食べてもらった。ついでにわたしとトッポも、全員ちょっとビクビクしながら一口、パクリ……。
「――んんっ?」
「これは……」
「おいしーっ!!」
わたしは頬を押さえて飛び跳ねた。
うんっ、我ながらこれは最高の出来! ぷりぷりの魚介が口の中で弾けて跳ねる。野菜も美味しい! ディルツは海鮮じゃスフェインに鮮度で負けるけど、野菜だったら圧勝だ。なにせこの野菜はグラナド城の温室で作られていて、つい先ほど、わたしの手で収穫して来たものだから。
庭師のヨハンが長年かけて交配を重ね、品種改良された実は大きく甘く、みずみずしい。農村であるシャデラン領でも食べたことがない美味しさ。
それに何より、料理人の腕がいい!
パエーリャ作りは、概ねわたしがやったけれど、ベースのブイヨンはトッポ料理長の作り置きだ。これがまた抜群に美味しい! このパエーリャなら本場のものに負けていない……いやハッキリ言って、ルハーブで食べたものよりも美味しかった。
「トルティージャも美味しいーっ」
トッポは口いっぱいに味見の一口を頬張り、ホクホクの幸せ顔。わたしも一口もらったけれど、これもまた美味しいっ! 調味料は塩だけという、素朴な味だけど、オリーブオイルの香りがたまらない。そして濃厚なパエーリャとバッチリ合う……!
「トマス、アダムもどう? 美味しいっ?」
期待を込めて兄弟のほうを見ると、二人とも満面の笑み。
わたしに向かって、グッと親指を立てた。
「こんなに美味しいパエーリャ、僕も初めて食べましたよ!」
「そ、そう? 本当ッ?」
「本当、これマジでうめえや!」
小皿を逆さまにして、ソースのしずくまで掻き込んでいるアダム。お世辞にもマナーが良いとは言えないけれど、今はそれがすごく嬉しい。
わたしはトッポと手を取り合って、ぴょんぴょん跳ね、喜びを分かち合った。
さっそく、アダムは走ってエラさんを呼びにいってくれた。
ものの数分、まだパエーリャもトルティージャもホカホカ湯気を立てているうちに、エラさんが食堂へやってくる。オマケとして塩漬けのハムとフレッシュチーズ、赤ワインにフルーツをたっぷり入れたサングリアというお酒まで、スフェインの美食がテーブルいっぱいに並んでいた。
椅子に座ったエラさんは、ぽかん……と半分口を開けて、並んだ料理を眺めていた。
「これ……スフェインの料理……?」
「ああ、なかなか苦労したんだぜ!」
早馬を飛ばしてくれたアダムが真っ先に胸を張ってそう言った。ほんと、彼の功績なくしてこのパエーリャは出来なかったもの。トッポもうんうん頷いている。
「異国で暮らしていると、故郷の料理が恋しくなるもの。トッポもそんな時期があったよ」
「……あっ……では、まさか、私のために……?」
「そう! みんなで協力して、一所懸命作ったの!」
ふふっ、トッポったらわたしよりも嬉しそう。お料理を美味しく食べてもらうの大好きだもんね。
わたしだってそう、途中でリサがグズり何度も中断しながら作った苦労も、エラさんが喜んで食べてくれたら報われる。わたし達も食卓に着きながら、上機嫌でエラさんに笑いかけていた。
「いつもわたし達のために一所懸命働いてくれて、ありがとうエラさん。感謝と、これからも仲良くしてほしいっていうせめてもの気持ちよ。どうぞ遠慮なく、召し上がってちょうだい」
わたしとトッポに、横から促されて……エラさんはしばらく、じっと何か、考え事をしていた。
「ありがとうございます……あの、嬉しい、です。いただきます」
そう言ってスプーンを手に取り、パエーリャに差し込んだ。




