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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
キュロス・グラナド伯爵は新しい家族に溺愛される

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仲良くなろう

 

 それから……ダリオ侯爵はエラさんを置いて、王都の大使館へと引き上げていった。たった一人、知らない場所に置いて行かれたことで、それはもう可哀想なくらいに委縮していたエラさん。


「すみません、ごめんなさい、ご迷惑をおかけいたします」


 という文言を連発しながらも、グラナド城のためによく働いてくれた。

 研修を兼ねて、あちこちの現場を渡り歩いているらしい。その中でも、ランドリーメイドに重宝されているらしかった。わたしは彼女のことが心配で、時々洗濯場を訪ねた。リサの面倒を見ながら、合間を見繕ってなので毎日何度もってわけにはいかないけれど、それでも尋ねるたびに、彼女はメイド達に囲まれていた。


「すごーい、エラさんの言った通りにしたら、本当に汚れが落ちちゃった!」


 若いメイドが歓声を上げる。


「しかも布の染めは色落ちしてないの。不思議―!」

「汚れには種類があるんです。それに合わせて洗剤を選ぶと、効率的に落ちやすいんですよ」


 エラさんもニコニコ笑っている。


 良かった……うまくやっているみたい。


 わたしはホッと胸をなでおろした。エラさん、侯爵に言われるがまま嫌々グラナド城で働き始めた形だったけど、思っていたよりずっと意欲的で、勉強熱心なひとだった。ランドリーメイドに限らず、城内でのエラさんの評判は上々。料理長のトッポも、給仕に走り回る彼女に目を細めていた。


「畑仕事もなかなか筋がいいぞ。手際がいいから、採れたてすぐの野菜を厨房へ届けられるな」


 と、ヨハンも絶賛。エラさんは、特別な能力があるわけではないけれどとにかく働き者で、根気強く、ひとが嫌がる仕事も率先して請け負う万能選手だった。


「いいひとが入ったね。彼女、本当に期間限定で出てっちゃうの? このまま就職してくれたらいいのに」


 彼女がここグラナド城に来て、一週間。それがみんなの、エラさんへの評価だった。

 そんな様子を、自室の窓から見下ろして……。


「思っていたよりすぐに馴染んでくれたみたいで、良かったわ」


 そう言って、わたしは離乳食の麦粥をリサの口に入れた。


「うんっ! あたしもエラのこと好き!」


 応えたのはいつもの侍女ミオではなく、侍女見習いの八歳児、ツェリだ。ミオはリュー・リュー様のそばにいるため、まだこの城を留守にしている。ミオが不在の時、わたしの話し相手はこのツェツィーリアと、彼女の祖父であり執事のウォルフガングになる。

 彼は侍従頭のミオと並んで、ここグラナド城の重役だ。どちらかというと経営、キュロス様のお仕事のサポート役だけど、侍従達の様子も精査している。いつものようにニコニコと細められた目で、ウォルフガングはわたしのために、ハーブティーを淹れてくれていた。穏やかな笑顔のままで、静かに、呟く。


「あの女性……長い間、家事に勤しんでいたというのは事実のようですね。骨格が若い頃から床に這いつくばって雑巾がけや繕い物をしてきた人間の足をしておられます」

「足の形で育ちがわかるの?」

「もちろんでございます。このウォルフガングは元軍人。人体解剖学は履修しておりますよ。ほほっ」


 軽やかな笑い声をあげながら、ティーカップを差し出すウォルフガング。そ、そういうものなの……? なんだか今、にこやかに笑いながら酷く残虐なことを言ったような気がするけれども……気のせいということにしておこう。


 今度は茶菓子のビスケットを並べながら、ウォルフガングはなおも言った。


「解剖などせずとも、彼女の実力は周囲の反応で分かることですが。しかし、人間として信用していいかどうかは、それこそ内臓を掘り出してみたところでわかりかねます」


 なんとなく、含みのある表現。わたしは眉をひそめた。


「……どうしたの、ウォルフ。彼女に何か、疑わしいところでも……?」

「いいえ。僕が疑っているのは、彼女の主です」

「……主……というと、ダリオ侯爵? それともソフィア様かしら。確かに二人とも、キュロス様とは円満な関係とは言いづらいけれど。でも何かを争って敵対しているわけではないわよね?」

「いえ奥様、お気になさらず。執事というものは何事も慎重に、新たなファクターはすべて疑ってかかるお仕事なのです」


 そうとだけ言って、盛り付け終えたビスケットを差し出してくる。今もしかして、はぐらかされた?

 だけど確かに、ウォルフガングの言う通りだわ。エラさんの仕事ぶりはよく分かったけれど、どんな人間なのかはまだよく知らないもの。

 わたしは窓を開いた。その下で庭掃除をしているエラさんに、大きな声で呼びかける。


「エラさーん! その作業のあと、なにか仕事を言われてますかー?」


 エラさんはこちらを見上げ、少し考えてから、首を振る。わたしは笑った。


「良かった! だったらわたしの部屋――いや食堂へ来てくれませんか? 一緒にお茶にしましょう!」


 エラさんは無言のまま、驚いたようにわたしを見上げていた。


 エラさんが仕事を切り上げ、食堂へやってきたのは、数分後。わたしは大急ぎで食堂へ下りて、『例のアレ』の取り出した。慣れない『ソレ』の使い方を、料理長トッポとウォルフガングに教えてもらって、準備する。

 茶葉を選別したところで、ちょうどエラさんがやって来た。わたしは歓声をあげて迎えた。


「いらっしゃい!」

「……し、失礼いたします……」


 身体も声も小刻みに震わせて、彼女はそろそろと食堂に足を踏み入れる。そしてわたしと対面するなり、これ以上ないほど深々と腰を折って頭を下げた。


「ごめんなさい! 私、またなにか失敗をしたでしょうか? 申し訳ありません……」

「えっ? いえいえ何も。むしろよくやってくれてるって評判を聞いてるのよ」


 わたしは慌てて首を振ったけど、彼女の顔色は晴れないまま。むしろますます俯いて、涙まで浮かべ始めた。


「ごめんなさい、本当に私はどこへ行っても役に立たなくて。邪魔ばかりして、申し訳ありません!」


 顔を覆ってわあっと泣き出す。参った、まだ何も言っていないのに泣き出すとは。

 正直途方に暮れそうになったけど、とりあえずわたしは無理やり笑顔を作った。テーブル越しに、彼女の手前の椅子を手で指して、座るよう促してみる。くすんくすんとしゃくりあげながらも、彼女は何とか、席についてくれた。

 するとすかさずウォルフガングがやってくる。その両手に、二段重ねの大きなティーポットを持って。


「前に、失礼いたします。お熱くなっておりますのでしばらく触らないようにお願いいたします」

「これは……?」


 ぱちくり瞬きをするエラさん。わたしはなんだかすごく楽しい気持ちになって、意味もなく胸を張った。


「変わった形でしょう? これはイプサンドロスで使われる茶器、チャイダンルックって言うの」

「チャイダン……普通の茶器と何が違うのでしょう?」

「ふふっ、これはね――ひとと仲良くなれる、魔法の道具なのよ」


 エラさんはもう一度、ぱちくり、と瞬きをした。



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