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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
キュロス・グラナド伯爵は新しい家族に溺愛される

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235/323

灰色の侵入者②

本日二回目の更新です


「――つまり、国葬の日まで彼女をうちで預かってほしい、と?」


 キュロス様の問いに、侯爵は頷いた。

 その表情は一応、神妙なものだった。物憂げですらある。長い睫毛を半分伏せて、後ろのエラさんをちらりと見た。


「……ええ。すでにご存じの通り、このエラは貴殿の姉にして我が妻ソフィアの侍女なのですがね。これまたすでにご存じの通り、どんくさくて……」

「……ひぅ……」


 エラさんが悲鳴とも抗議ともつかぬ、弱弱しい声で呻いた。

 料理は下げ、代わりにお茶が並べられたテーブル。エラさんのぶんも置かれたが、彼女はそれに手を付けず、それどころか席にも座らなかった。侯爵の後ろで小さく小さく身を縮めて、ただ俯いているばかり。


「決して無能ではないのですが、地味な見た目も相まって、妻の神経を逆なでするらしいのです。毎日毎日エラのことを、辛気臭い、陰気、灰かぶりだと罵って……もはや虐めと言っていいほど」

「それは、私も目撃しております」


 わたしの隣の席で、そう言うキュロス様の声には少し、憐憫のようなものが混じっていた。侯爵の話は真実、ということだろう。正直わたしにもその状況は想像できる。

 侯爵の言う通り、エラさんはなんとも、覇気のない女性だった。無口で無表情、他人の一挙手一投足にビクッと肩を跳ねさせて、落ち着きがない。見た目も地味で、優雅さを好む貴族の好みには合わないだろう。侯爵は小さく嘆息した。


「可哀想には思うのですが、なまじ当たってはいるだけに、私も庇いきれなくて。なんとか妻の好みに合うレディへと、エラを育てられないかと考えていたのですよ」

「……なるほど。それで、なぜグラナド城に?」


 キュロス様の問いに、侯爵はニヤリと笑った。


「有名ですよ。グラナド城の侍従は身分の差異もなく、伯爵とは家族同然に暮らしているのだと」

「……。ええ、まあ」


 キュロス様は複雑な表情で頷いた。


「確かに、うちには平民や外国人も多く働いています。けれど別にむやみやたらと雇い入れているわけではありませんよ。高い能力と健全な思想の持主かどうか、侍従頭が審査して――」

「そう、その侍従頭っ!」


 侯爵は突然大きな声を出し、エラさんがビクッと震えていた。


「ミオ、という名でしたかね? 卿の侍女でもある。伯爵や公爵夫妻に仕えているところを、何度か見かけたことがあるのです。なんとも親密と申しましょうか、主従らしくないと申しましょうか。とにかく異常な距離感だと感じました」

「否定しません、そう見えるでしょうね」

「私はそれを見て、どこの貴族令嬢かと思い、(ソフィア)に尋ねてみました。妻の答えは私の想像の真逆でした。親の名も分からぬ孤児、本来ならば伯爵と口を利くのも許されない身分だと。それなのに伯爵の侍女であり、グラナド城の侍従頭――それも堂々と、のびのびと、明るく働いている! あまりにも異常な関係です!」


 …………む。なんとなく、もやっとする。


 いや、ダリオ侯爵のいうことは正しい。確かに、グラナド城の主従関係はかなり特殊だ。普通、貴族は一般従業員……家政婦(ハウスメイド)下僕(フットマン)を労うことなどない。没落貧乏男爵であるシャデラン家でも、庭師は屋敷内に入ることすらできなかった。そのくらい当たり前のことなのだ。

 だけどキュロス様は違う。側仕(そばづか)えである執事と侍女だけに限らず、門番でも厩番でも労うひとだ。これはとても稀有な光景だと、わたしも思っている。

 でもそれと、ミオが侍従頭に取り立てられたのはまた別の理由だった。ダリオ侯爵に答えるキュロス様の声には、少し不機嫌さが滲んでいた。


「ミオと私は、姉弟のように育ちました。誰よりも信用できる人間だから侍女になり、能力面で信頼のできる侍従だから最高責任者に任命しました。なにも異常なことなどありませんが」

「いえ普通はもっと委縮をするものです。しかし彼女は堂々としている……なんなら主人よりも偉そうでふてぶてしく見えるほどに」


 あはは、それは本当に否定できない。わたしはちょっと笑ってしまった。


「なぜあれほどに堂々と、主に対し進言ができるのか……そして親しげでいられるのか。妻とエラとの関係を思うと、それが不思議でならないのです。できることならあの二人にも、あなたがたのような親密な関係になってほしいのです」


 …………はあ。なるほど。


「要はその、主従関係を見習いたいからエラを潜入させて、こっそり観察させようと画策したわけですか」

「ええ、そういうことです。それでエラが少しでも、自分の殻を破ってくれたらと」


 そう言ってから、侯爵はまた目を潤ませて、口元にハンカチーフを当て、ヨヨヨと泣きだした。


「そうしてくれないと、我が家が心地悪くて仕方がないのです。私の朝はソフィアの怒鳴り声とエラの泣き声で始まります。たまには小鳥のさえずりと、婦人たちの和やかな会話で目覚めたい……」


 正直、わかる。当たり前だわ、人間だもの。機嫌の悪い人のそばに居るというのは、つらいことだ。

 侯爵の境遇には同情できる。けれどそれと、侍女をこっそり侵入させる理由にはならないだろう。概ね状況を理解して、キュロス様はいよいよ嫌そうな顔をした。縦ジワの浮いた眉間を揉みながら、低い声で呻く。


「……ならば、初めからそう言ってください。国葬までの一か月間、うちで預かってくれと言われたら断りませんでしたよ。荷物に紛れてこっそり侵入させるなど……それこそミオが見つけていたら、城の屋上から放り出されてますよ」

「ぴぃっ」


 エラさんが奇妙な悲鳴を上げた。

 侯爵は不思議そうな顔をし、それから「ご冗談を」とけらけら笑った


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― 新着の感想 ―
[一言] ミオ「旦那様に確認してから投げます」
[一言] このお嬢さんをピカピカに磨き上げて、クソジジイとクソババアをギャフンと言わせるのが次の任務ですね!
感想一覧
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