灰かぶりの女
初め、埃が出てきたのかと思った。それほどに彼女の形状は「灰色い塊」だった。
おそらく防寒のためだろう、生成りの木綿服を大量に重ね着し、丸く着膨れたようなシルエット。顔の半分を覆い隠すほど伸ばした髪は、銀髪というには艶がなく、量も多くて羊みたい。歳の頃は……おそらく二十代。顔がはっきり見えないのでよくわからない。
とにかく全体的にモコモコで、頭から灰を被ったような色味をしていた。そんな彼女は今、転がり落ちた姿勢のまま、地面に座り込んでいる。
「……ええっと……?」
わたしとトマスは戸惑っていた。ダリオ侯爵の様子から、きっと積み荷になにか仕込んでいるんじゃないかと疑ってはいたけれど……まさか人間が隠れているとは!
ましてや若い女性。初めて会う……と思うけど、なぜスフェイン貴族の馬車に? 装いから貴族の令嬢には見えない。しかし物盗りというには動きが鈍い……。誰? 彼女は一体何者なの?
「あの………どちら様でしょうか」
尋ねるわたし。すると突然、彼女は勢いよく立ち上がった。
「ごごごごご」
「ご?」
「ごめんなさいっ!!」
叫びながら、また勢いよく頭を下げる。腰まで伸ばした長い髪が、津波のように翻った。
……謝られてしまった。
「ええと……はい。それよりあなたは」
「ゴメンナサイすみません、本当に申し訳ありませんお許しください」
「し、謝罪はもうわかりましたので…、それより事情の説明を。ダリオ侯爵の関係者……ですよね?」
「初めましてです、私はエラと申します」
「あ、どうも……ではエラさん、なぜ侯爵の馬車に」
「はい、侯爵様の邸宅でハウスメイドを……おでかけの際には侍女としてお仕えしております」
「んっ? と……?」
「侯爵様の馬車にいた理由はですね……」
ああっ! なんかおかしいと思ったらこのひと、質問に対する答えがワンテンポズレてるっ!?
それでも答えようという意思はあるようなので、じっくりと答えを待つ。しかし肝心なところで彼女は口を閉ざしてしまった。モゴモゴと唇だけ動かして、うつむいているばかり。どうやら侯爵に口止めされているらしかった。
わたしが問答している間に、キュロス様はトマスから事の成り行きを聞いていた。難しい表情で低く唸ると、灰色の彼女……エラさん? の前まで歩み寄る。
「エラ……と名乗ったか。君は、ソフィアの侍女だな」
「えっ」
という声は、わたしとエラさんが同時にあげた。ソフィアというと、キュロス様の姉の名だ。アルフレッド様の第一の妻、ローラ様のご息女。現在はスフェインの貴族、ダリオ侯爵のもとに嫁いでいる。ならば彼女は、ソフィア様の手引きで馬車に潜入を……? いやダリオ侯爵の態度からして、侯爵が知らなかったってことはなさそう。
「あ、あの、私。その」
またもごもごしてしまうエラさん。キュロス様はさらに追求する。
「俺も今先ほど、トマスから聞いたばかりで詳しくは知らないが。この馬車は侯爵の家のものだろう?」
「はい……」
「で、そこに忍び込んでいたということは君は侯爵の手のものということで間違いないな」
「ちっ、違……います」
彼女は否定した。だが言い訳のようなものは出てこない。
キュロス様はさらに眉をひそめた。
「そうか。だが聞いたところによると、ダリオ侯爵はこの馬車を無理やりグラナド城に入れようとしていたとのこと。門番に嘘をついてまで、一人の人間を荷物に紛れさせ城内に連れ込もうとしたのは、一体どういう了見だ」
「わ……わかりません、私は、ただの従者なので……」
「侯爵からは何と聞いていた。マリー達が見つけなかったら、どうするつもりだった? この城に何をするつもりだったんだ」
「何をするだなんて、わ、私は、そんな大それたことなど……」
「疑われても仕方がない状況だろう。違うというなら、きちんと弁明しろ」
「……………………」
「黙り込まれたらわからん」
キュロス様の言葉に、ますます唇を固く結んでうつむくエラさん。握り込んだ拳が震えている。厳しく口止めされているがゆえというよりは、キュロス様の尋問に震え上がり、言葉を失っているように見える。
――既視感。灰色の彼女が小さく肩をすぼめている姿に、わたしは大きく感情を揺さぶられた。
……なんか……こういうふうに考えるのは甘いのだろうか。彼女のこと、悪い人だと思えないの。むしろ可哀想だと同情する。
グラナド城に忍び込もうとしたのも、きっと何か事情があるんだわ。ううんもしかしたら無理やり連れて来られただけで、彼女自身、事情を聞かされていないのかも。
庇ってあげることはできないけれど、厳しく糾弾する気にはなれない。だってエラさん、本当に震えているんだもの。そうよね、こんな物々しい城塞の中に連れ込まれて、城主や武装した門番に睨まれて、自分はどんな罰を受けるかと怖くて仕方ないだろう。
なんとか……してあげられないかな……。
同じような感想を、わたし以外のひと達も思ったようだった。トマスとアダムは困ったように視線を交わし、キュロス様の判断を見守っている。キュロス様はため息をついた。
「……わかった。君を尋問しても答えを聞くことはできないようだ」
「キュロス様……」
「真相は、君を荷台に押し込んだ者を追及することにしよう。あの男が知らないわけがない」
そう言って、キュロス様は外套を翻した。




