来客は突然に②
ツェリの説明はどうにも要領を得ず、厄介な来客が来ているらしい、とだけ理解できた。とりあえず城門へ行ってみればわかるだろう。
平常ならグラナド城の来客は、大半が商売関係者だ。門番が受付をしたあとは、執事のウォルフガングが引き継ぎ、場合によってはキュロス様自身が対面する。だけど今この時期、公爵家の関係者、上級貴族からの弔問かもしれない。だとしたら、キュロス様が留守の場合、姻族であるわたしが迎えるべきだった。
……娘のリサを連れて行くべきか迷ったけど、さっきお昼寝し始めたばかりだし、チュニカとツェリに任せることにした。わたしはひとり、城門へ向かう。
グラナド城は、このディルツ王国最大にして最強の城塞だ。敷地をぐるりと取り囲む城壁は、見上げる首が痛いほど高い。そんな鉄壁の門前で、なにやら騒ぎ声がする。
その場にいたのは十人ほどの男性だった。そのうち声を上げている男は二人。うち一人は、わたしも知っている、グラナド城の厩番、アダムだ。それと門番のトマスもそばに居たけれど、口を固く結んでいた。発言しているのはもうひとり、こちらは初めて見る顔だった。
「まったく、いつまで粘るのかね。同じことを何度も言わせないでいただきたい」
高い鼻を、わかりやすく「はんっ」と鳴らしながら、その男は言い捨てる。アダムは眉毛を吊り上げた。
「そっちこそ、何回同じこと言わせるんだよ! お客さんの馬車は城内に入れないって、何回も何回も言ってるだろー?」
乱暴な言葉で、半ば怒鳴るように言うアダム。
門番のトマスは困った顔で後ろ頭を掻くばかり。通常、門番のトマスが受付をした後、このアダムが馬を預かり、城門の外にある来客用厩舎に入れるんだけど、どうやらこの来客は、それが気に入らないらしい。
来客は口髭を指で弄びながら、アダムを見下している。
「何度言っても聞き入れんよ。おまえのような下郎に、ワタクシの大事な馬を預けられるわけがない。それとも何だね、おまえはワタクシの馬をそんなに気に入ったのかね。早く二人きりになりたいのかね」
「はあ?」
「半人半馬でも産ませる気かね。あれは神話上の存在だ、たとえおまえがこの子とランデヴーしたとしても、人と馬では悲恋となる運命だよ」
「な、なに言ってんだこのおっさん……もうやだ……」
頭を抱えているアダムに代わって、門番のトマスが前に出た。彼にしては珍しい、きりっと相手を睨むようにして。
「恐れ入りますが、この城に入りたいとおっしゃるならば、旦那様のお決めになったルールは絶対です。従えないならばお引き取り願います」
「何を……おまえ、このワタクシを門前払いにするつもりか? このワタクシを誰だと思っている」
「知らねぇよ名乗りもしねえんだからよ!」
トマスの後ろでアダムが怒鳴る。
ひえっ。アダムの血管が切れる音が聴こえた気がする。
「アダム、落ち着けって」
慌ててトマスがなだめても、アダムはすっかり鼻息荒くしていて止まらない。この少年はいつもは温厚で、馬の面倒をよく見てくれる心優しい侍従だ。彼がこんなに怒っているということは、この来客、相当長い時間こうしてごね続けているんだわ。
どうしよう……。
アダムが言っていることは正しい。だけど……。
わたしは遠目に、来客の装いを観察した。
――やはり、見たことのないひとだった。記憶力に自信のあるわたしだけど、そうでなくても、初対面と確信できる。彼は一度見れば忘れられそうになかったから。
年のころは四十代半ば。ダークブラウンの髪を気障に撫でつけ、口髭を洒落た形にカールさせた、絵にかいたような紳士スタイル。整った顔立ち、中肉中背よりわずかに長身というそれほど特徴のない容姿だけれど、なんといってもその服装が、一目見たら忘れられない派手さだった。……なんというか、前時代的? 七色に染めた鳥の羽がたっぷりついた大きな帽子、花柄のジャケットに花柄のズボン、全身、いたるところにフリルとレースとドレープがあって、フリフリヒラヒラ。どのパーツにも宝飾釦が付いており、肩やお尻にボリュームがあって、貴族が民草を一方的に虐げ、財を独占しても許されていた時代……古いおとぎ話に出てくる王子様のようだった。
文化全体に「機能美」が根付いているディルツで、こんなに豪勢で、重くて動きにくそうな服を着ているひとはほとんどいない。
背後に無言で佇んでいるのも、おそらくは近衛兵。きっと、外国の方……それも、中級以上の貴族だわ……。
顔を真っ赤にして怒っていたアダムも、トマスに止められ、少し落ち着くことにしたらしい。二度ほど深呼吸をして、言葉を選んでから、静かに説明を始めた。
「――何と言われようとも、厩には入れてやれない。動物ってのは、外からじゃわかんねえ病気を持ってることがある。馬医が検疫するまで、うちの馬と並べるわけにはいかない。あんたの馬を守るためでもある。わかってくれ」
そう言って、彼は頭を下げて見せた。
――しかし。
男はまた鼻を鳴らした。懐から、盛大な羽飾りのついた扇を取り出し、ひらひらと振って。
「そんなことは、どうでもいい。とにかく城内に馬車を入れなさい」
「こ――このっ……! わからずや!」
アダムの顔色が再び変わる。トマスが抱き着いて止めたけど、小柄な少年はトマスの腕をするりと抜けだした。振りかざした拳が固く握られている。
――いけない! ここで手を出したら、アダムの罪になる!
わたしは駆け出した。
「あっ、あのう! ようこそグラナド城へ……!」
わたしの声に、男三人がこちらを振り返る。
「マリー様!」
トマスとアダムの声が重なった。
「……マリー?」
来客の男も、眼を見開いていた。




