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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
遥かなる海と大地と遠い国での結婚式

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220/324

最後は、みんなで幸せに①

 

 今日、この日。

 わたしは、かつて姉に求婚したひとのもとに嫁に行く。


 名前はキュロス・グラナド伯爵。まだ足元も気持ちもふわふわしているわたしを気遣いながら、わたしの手を引き、導いてくれる。


 石畳のバージンロードを進んだ先には、父と指導者(イマームニキャフ)がわたしたちを待っている。

 厳粛な雰囲気だった。何の音もなく、誰も、何も言わない。

 参列者席には、二十人ほどの人がいた。ケマルさんに、ベルばぁば。この数日生活を共にした世話役のみなさんたちと、少し離れたところにわたしの父。みんな厳かな表情で、わたしたちを見守ってくれている。


 わたしたちが指導者の前に辿り着くと、指導者は穏やかに微笑んで、わたしたちを迎えてくれる。そして厳かに、唇を開いた。


「…………ええと。なんだっけ?」


 …………。

 困っていると、ケマルさんがそうっとやってきて、指導者にそうっと何かを耳打ちした。指導者は「あっそうだそうそう」と笑顔になって、それから咳ばらいをし、懐から羊皮紙を取り出した。書かれた文字を、じっと見つめ……老眼のためだろうか、何度か近づけたり離したりしてから、読み上げた。


「おお……新婦マリーよ。あなたは夫、キュロスを心より愛し、生涯を捧げると誓いますか?」


 わたしは答えた。


「はい、誓います」


 指導者は嬉しそうに微笑み、頷いて、隣のキュロス様へ顔を向ける。


「新郎、キュロスよ。妻マリーを心より愛し、生涯その幸福を守り抜くと誓いますか?」


 彼は答えた。


「――誓います。必ず」


 その声には熱がこもり、儀式的なものではない、心からの言葉だと感じさせられた。

 ここは異国、イプサンドロス。ディルツとは神も文化も違う国。だけどこの儀式だけは、我がディルツ国式でやる必要があった。神に許しをもらわなければ、わたしたちは正式な夫婦にはなれないからだ。

 そのため、わたしたちは旧王宮の入り口近くにあった古い教会を利用して、西洋式の神前式を執り行っている。もともとイプスは東西の中間地点、文化が入り混じる国だ。この教会も、西の神を信仰する者のためにあるらしい。


 ……指導者はイプスの神の使者であるはずだけど……心配になって聞いてみると、「イプスの神は結構大雑把だから大丈夫」と言われてしまった。

 イプス側が良くてもディルツの神はどうなんだ、と心配は募る一方である。まあ婚姻証明書にサインさえあれば、ディルツの文官もわざわざイプスまで確認になんか来ないと思うけど。

 ……このちょっと緩くて適当なところが、儀式のスタイルなどよりよほど、イプスの結婚式らしいかもしれない。

 わたしとキュロス様も、何処の国の誰に認めてもらうかなんてこだわらない。結婚するのはわたしたちだもの。わたしたちの望みはただひとつ――このひとと夫婦になりたい。それだけなのだ。


「それでは両者、この文を読み、相違なければ承認として名を刻みなさい」


 指導者はそう言って、羊皮紙を差し出した。

 これはディルツから持ち込んだ、正式な書類だ。母国語で書かれたそれを、わたしはじっくりと読み込んだ。



 婚姻証明書


 キュロス

 マリー


 両名は、聖なる神の名において夫婦となり

 新たなる家を作り 守り続け

 互いの限りない愛によって

 ふたりともが幸福な生涯を送ることをここに誓います




「……ようやく、だな」


 キュロス様は独り言のようにつぶやいた。


「……長い回り道をしたわね」


 わたしもつぶやいた。


 それから二人、順番にペンを持ち……順番に、自身の名前を書き込んだ。

 キュロス様の名の下にはアルフレッド・グラナドの名があった。わたしの名の下は空白だ。指導者は声を張り上げた。


「グレゴール・シャデラン! 新婦の父君よ、ここに名を!」


 突然呼びつけられて、父は眉間にしわを寄せた。一瞬、聞こえなかったふりをしようとしたのか、演奏を続けようとして、隣の世話役に肘でつつかれ仏頂面に。結局しぶしぶといったようすながらもやってきて、わたしの名のそばに、自身の名前を書き入れた。

 そうして……ついに、わたしたちの婚姻証明書が完成した。

 やっと……。


「……夢じゃないわよね……」


 わたしは思わず手を伸ばし、羊皮紙を指でなぞる。横に滑らせた指が、キュロス様の指とぶつかった。彼もわたしと同じ気持ちで、実在を確認していたらしい。わたしたちは顔を見合わせてくすくす笑った。ああ、わたしたちって……これまでどれだけすれ違っても、最後にはこんな風にぴったり合うのね。


「それでは両者、誓いのキスを――と、失礼。もうやってましたか」


 指導者は、ちょっと照れくさそうに目をそむけた。

 それから記入済みの婚姻証明書を片手に、もう片方の手を高らかに挙げ……


「――皆の衆! 私は今、新しい夫婦の誕生を確認した!」


 その瞬間、どおっと上がる大歓声。それが静まるのを待つことなく、さらに声を張り上げる。


「――二人に祝福の歌を! 踊りを!」


 ――おおおおおおっ! ――


 ……ものすごい歓声とともに、その場にいるほとんどの人間が手を取り合い、いきなり踊り始めた。


「――このめでたい瞬間を、ともに悦び、楽しもうじゃないか! はっはーあ!」


 いつの間にやら、指導者の手には酒瓶が。瓶を縦にしてごくごく飲むと、誰よりも軽快なステップで踊り始めたのだった。


 うーん、これぞイプサンドロスの結婚式。誰に捧げるでもなく歌い、ひたすら踊り明かすのが祝福なのだ。苦笑い気味ではありつつも、ほほえましく眺めているわたしに、そうっとキュロス様が耳打ちしてきた。


「……今ならもう抜けてもよさそうだな」


 わたしは念のため周囲を見回し、状況を確認する。


「……そうですね。では……行きましょうか」


 この結婚式の段取りについて、わたしは事前に世話役から聞いていた。

 イプサンドロスの結婚式は、本来、夜が本番。それはディルツの感覚で言う『披露宴』に近いもので、お酒や食事もふるまわれる。そこには通りすがりの一般人を含め、招待なんかしていない客までがどんどん勝手に参加して、好き勝手自由に飲み食いし、そして歌い踊り明かして帰るらしい。メインイベントは「とにかくダンス」。新郎新婦による婚姻の儀式が終わったそのあとは、両者の親族も友人も、指導者も世話役も、新郎新婦ハジメマシテの通行人も、みんな一緒に踊るのだと。文字通り一晩中、徹夜で、夜通し。

 先日、世話役からそう聞いた時、わたしは悲鳴じみた声を上げた。


「ひえっ……それではさすがに体力が持たないわ」

「そう、だから新郎新婦は今のうちに抜けて休憩するのですよ。昼寝をしてもいいし」

「参列者を置いて?」


 そうそう、とうなずく世話役たち。嘘でしょ、そんなことある? と正直信じがたかったけど、真実、式本番はその通りの展開になった。誰もわたしたちを気にすることなく、歌って踊っておしゃべりしている。

 わたしはキュロス様と顔を見合わせ、頷きあって、するりとその場を離れていった。目的地は、すぐ近く。宴会場から少しだけ離れた場所に、少年が一人、ぽつんと立っていた。

 イプスの結婚式は、畏まった礼装でなくても参加できる。だがそれにしても少年のいでたちは、パーティー会場からは浮いていた。ボサボサの髪に襤褸布のような服装で、人目を避けるように、壁にもたれかかっている。


「オグラン! 良かった、来てくれたのね」


 声をかけると、彼は顔を上げた。それでも瞳にはあまり生気を感じない。


「ああ、呼ばれたからな。……結婚おめでとう」

「嬉しいわ。ほかのみんなは?」


 わたしが問うと、オグランは眉をひそめた。


「よせやい、来れるわけねえだろ。その日の食い物稼ぐので手一杯なんだから」

「だから祝儀なんか無しでいい、おなか一杯食べにおいでって言ったのに」

「無理言うなよ。ま、お言葉に甘えて、残飯を持って帰らせてもらうつもりだけど」

「そんなことしなくても、お弁当にしてあげるわよ。――それより、こっちへ来て!」


 わたしの言葉と同時に、キュロス様が後ろからオグランを羽交い絞めにした。不意打ちに「わあ⁉」と悲鳴を上げるオグラン。申し訳ないけど、こうでもしないと逃げてしまいそうだからね。


「何? なんだよ、オイラをどうする気? どこへ行くって?」

「心配しないで、もう牢屋に入れたりしないわ。アンジェロさんのお見舞いに行くだけ」

「気まずいにもほどがあるっ!」

「それは自業自得だ、我慢しろ」


 キュロス様はきっぱりと言い切って、オグランをひょいと肩に担ぎあげた。キュロス・グラナドは背が高い。彼に持ち上げられてしまうと、少年の体は完全に宙に浮き、手足をばたつかせたところでどうにもならない。


「なんなんだよぉ」


 賢い彼は、無駄に抵抗することなくうなだれていた。



 踊り続ける人々の間を縫って、広間を突っ切り、旧王宮の本殿、君主邸へ入る。

 見事なレリーフの廊下を進むと、君主室の少し手前に、小部屋がいくつも並んでいた。小部屋と言っても、かつての君主の私室である。やはり豪華な彫刻が施された扉を押し開いて、わたしたちはその部屋――アンジェロさんの治療室へと入っていった。

 その瞬間、オグランは叫んだ。


「――な、なんだぁこれぇっ⁉」


 絶叫の音波で、書類の山が一つドサドサと崩れた。


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