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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される

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22/313

どうしていいのかわかりません

本日二回目の更新です。

(週末はできるだけ二回更新したい……)

 それから四日間……わたしは一度もキュロス様と会わなかった。

 キュロス様は、伯爵としての公務の他に貿易商としてのお仕事でも忙しくしている。こうして何日も城へ帰らないことはよくあるそうだ。


「マリー様、今日はどのドレスをお召しになりましょう」


 ミオに問われても、返事が出来ない。

 ミオは眉をしかめた。


「お好きなものがありませんでしたか?」

「……いいえ。どれもこれも素敵すぎて、何を選んだらいいか、わからないの……」


 彼女はしばらく思案してから、「ではこれを」と、レモンイエローの見事なドレスを着付けてくれた。


 朝食が運ばれてくる。

 今朝は焼きたてのパンが数種類とハムステーキ、それからフワッフワのオムレツと、ナッツが山盛りのフレッシュサラダだ。公爵家のパンは我が家とは違う。小麦の風味が濃厚で、その柔らかさときたら、噛みついた瞬間に眠ってしまいそう。バターはしょっぱくも獣臭くもない。本当に、魔法のように美味しい。


 それにしても、見たことがない食材も多いなあ。サラダの生野菜がすごく新鮮。本当に採れたてのような瑞々しさだ。王都にはほとんど田畑は無いはずだけど、どこから運び込んでいるんだろう?

 ミオに尋ねてみると、彼女は窓の方を指さした。


「今朝採ったものですよ。いつも通るあの中庭から」

「えっ、本当!? お城の中に菜園があったの!?」

「お客様からは見えないようにしていますけどね。当城料理長の要望により、庭師のヨハンが頑張っています」

「へぇーっ、すごいわ! お花だけじゃなく野菜まで……ねえミオ、ぜひ見てみたいわ。案内してもらえないかしら」


 だがそこで、首を振られる。


「……申し訳ありません。私はしばらくマリー様の担当を外れることになりますので」

「えっウソ! どうしてっ?」

「旦那様がお戻りになるので、お迎えしなくてはいけません。今日はハンナとイルザをお連れ下さい」

「わ、わかりました……」


 と、頷く声は我ながら笑っちゃうくらい不安で震えていた。

 ああ、そうよね……伯爵家の侍女頭は、当主キュロス様の侍女。そんなの当たり前のことだ。

 ミオじゃなきゃヤだとか、人見知りだとか、貴族令嬢が怖いだなんて言ってはいけない。

 そうだ。この機会にあの二人と仲良くなろう。

 まず、二人の好きな食べ物を聞いてみて、わたしが手料理を振る舞うのはどうだろう。威張れるほど上手くはないけど、料理は長くやってきたから出来るつもり。

 その日収穫した野菜も使って、一緒に作れたら、きっともっと楽しいわ。


 昼食後、ミオに代わりハンナとイルザがやってきた。

 わたしはさっそく二人と共に、中庭へと移動する。


 ああ……本当に見事だ。

 花園はいつ見ても色とりどりの花が満開で、真っ白に磨かれた彫像から透明な水が噴き出し、お日様でキラキラ輝いている。蝶が舞い小鳥が囀り、まるでおとぎの国のよう。

 お風呂に行く途中、横断するたび、わたしはおおいに癒やされていた。


 うん、今日もお手入れバッチリ。すごいなー綺麗だなー。

 でもああいう花の種や苗って、高いんだよなあ……。

 男爵家でも精一杯やってたけども、予算に限界があって、前庭を飾るのが精一杯。あんな薔薇のアーチなんてとてもとても。いや、それにしても手間暇がかかってるわ。


 惚れ惚れ眺めていると、ふと奥の方で、人が動いているのが見えた。石床の小道の側で、作業をしていた庭師――ヨハンだった。


「奥様……どうも。ごきげん、うるわしゅう」


 なんともぎこちない言葉使いで、それでも挨拶をしてくれる。初日、挨拶をしたときと同じく、彼はわたしが苦手なようだった。決してイヤミを言ったりはしないけど、そそくさと背中を向けようとする。

 その手にあったものを見て、わたしはアッと声を上げた。


「それって、トマトの苗ですよね。植え替えをしているのですか?」

「へっ!?」


 ヨハンは素っ頓狂な声を上げた。自分の手にあるものと、わたしの顔とを順番に見つめて、


「いや、これは……整枝(せいし)をしとったのです。大きくて美味い実にするために、余計な枝葉を落としていて……」

「ああ、なるほど。やっぱりそうしたほうがいいのかしら。うちでは数が欲しくって、摘果もしなかったのだけど」

「奥様、野菜作りをされていたんですか!?」


 たっぷりした白い髭の奥で、ヨハンの口がポカンと開いていた。わたしは赤面しながら頷いた。


「はい、他にも色んな野菜を育てていました。手間はかかるけど、買うよりもずっと安いし、余れば売れるし」

「奥様は……旦那様の婚約者なのだから、貴族のお生まれですよね?」

「う、うちは貧しかったから。それにほら、採れたては格別に美味しいし!」


 パタパタと手を振って弁解する。言い訳じゃないもん。


「だけど独学で、見栄え良く作るのは難しくて。トマトはなかなか、売り物にまでは出来なかったの」

「ああ、トマトは虫がつきやすいし病気にも弱いですからな。簡単なようで奥が深いやつですぞ」


 ウンウン頷いているヨハン。わたしもウンウン頷いた。


「すぐカビのようなもので台無しに……あれってどうしたらいいのかしら」

「ふむ、どの野菜にもよくある厄介なやつですな。あれは水のやり過ぎが悪い。トマトは水は少ないほうがいいですぞ、甘くもなるしなぁ」

「雨が続くとどうしようもないわ」

「石灰を撒くとよろしい。雨除けも必要じゃな。それから苗同士の間隔を開けて、空気を通すのも大事じゃて」

「苗の間隔……どのくらい?」


 尋ねると、ヨハンは中空を見上げてウームと思案。やがて破顔し、わたしを手招きした。


「現物を見せてやろう。こっちへ来んさい。トマトだけでなく、この城のサラダの材料が全部揃って生えておるよ」

「えっ、ほんとう!?」


 やった! 見学させて欲しいって、お願いするより前に誘ってもらっちゃった!

 わたしは石床の小道を外れ、庭へ下りようとした。しかし、


「きゃーっ嫌だ!」

「無理!」


 ハンナとイルザの悲鳴でつんのめる。

 二人は口元を扇で隠し、くっつきそうなほど顔を寄せて、ひそひそと、すごく大きな声で話していた。


「信じられない……あのひと今、土の上を歩こうとしたわよ。庭園は観るものであって、歩くものではないとご存じないのかしら」

「靴が汚れるって、見てわからないのかしら。ありえないわね。虫も、庭師の男もいるのに」

「いいえ待って、あのひとはそれがお好きなのかも知れないわ。変わったご趣味だけども、私たち侍女ごときが奥様のご趣味を否定してはいけないわ」

「好きって、虫が? 庭師の男が?」

「ホホホホホホ虫に決まってるじゃないの、やだぁーっ」

「アハハハハそうよねさすがに、いくらなんでも、()()はねぇー!」


 甲高い笑い声が、ヨハンに届くまで大きく響く。


 な――なんて失礼なことを言うの!?


 ――黙りなさい! わたしのことはともかく、ヨハンがあなたたちに笑われるようなことなど何も無いわ!


 そう、怒鳴ろうとした。けれども……喉が凍てついて、動かなかった。


 ヨハンは眉をしかめ、背を向けた。わたしから距離を取るつもりらしい、遠くへ歩いて行ってしまう。

 わたしはその場で停止してしまった。


 ごめんなさい。

 本当は今すぐヨハンを追いかけたい。お詫びをして、出来れば許してもらって、仲良くして欲しい。

 土を踏んで庭を歩き回り、お喋りしながら、畑を作りたい。


 だけど……。

 伯爵様から与えられた、硝子のような、美しい靴。

 この靴は……汚してはいけないものだと、わたしにも分かる。わたしは歩き出すことは出来なかった。



 お湯につかり、髪や体を磨いてもらって、また新しいドレスを着て、部屋へと戻る。夕食に呼ばれ、また戻る。侍女が運ぶお茶やお菓子を頂いて、夜がふけるのを座って待つ。寝間着に着替え、顔と口を漱いでベッドへ入る。


「明かりを消します。おやすみなさいませ」


「はい、おやすみなさ」


 い、を言い切る前に明かりが消され、ハンナとイルザは部屋を出た。

 わたしは嘆息した。


 ……疲れたなあ。


 といっても、わたしは何にもしていないんだけどね。


 朝の水汲みも薪割りも、煮炊きも内職も、計算も。それどころか、髪を梳かすのだって人任せだもの。

 初日、劇的に変化した髪や肌は、それからまたさらに磨かれている。

 髪はふわふわ、化粧をしていなくても、肌はつるりと滑らかだった。香水も付けていないのに、いつも甘いにおいがする。爪の先まで透明で、汚い物など何も無い。

 夢のような――いや、夢に観ることすらなかった暮らしだ。

 グラナド伯爵城には、本当に本当に、良くして頂いている。

 だからこんなことを考えてはいけない――いけないのに。いけないのだけども。


 ……居心地が悪い。


 それは鈍い痛みだったけど、どうしようもなくわたしの腹にあり、じくじくとうずきながら広がっていく。いつか食い破られそうで、怖い。


「……眠れない……」


 口に出すと、同時にそれはため息になって吐き出された。


 ――のどが乾いたな。


 わたしは身を起こした。寝間着の上にショールを羽織り、そうっと、部屋を出る。侍女達はもう休んでいるのだろう、廊下は真っ暗で、曲がり角だけをガス灯がぼんやり照らしている。

 もう何度も往復して、館のつくりは覚えていた。

 一階の食堂で、お水をもらおう。それで気分転換して、早く眠らなくてはいけない。

 明日、朝になれば侍女達がわたしを起こしに来る。そのとき寝ぼけ眼では、育ちが悪いと呆れられてしまうだろうから。


 わずかな明かりを頼りに進み、一階の食堂へとやってきた。

 扉に鍵がかかっていたらどうしよう? 今更思いついたことは、杞憂だった。

 扉が開いていた。奥には煌々と明かりがついている。

 中から男の声がした。


「――マリー?」


 キュロス伯爵だった。


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― 新着の感想 ―
侍女ズめ……この城に一番相応しくない……と思ってしまいます
[一言] 保守的ら1番城に似つかわしくなくて嫌な2人だなあ…… マリー、幸せを掴み取って欲しい(இωஇ`。)
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