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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
遥かなる海と大地と遠い国での結婚式

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犯人は!

 

 アンジェロさんの傷は、急所は外れていた。

 出血の大部分は刺された直後、刃物を抜いた瞬間で、そのショックですぐに失神したのがかえって良かったのだとか。

 傷口を針で縫い合わせ、清潔な軟膏と木綿布できつめに縛ると、ひとまず出血も落ち着いた。もともと体力のあるアンジェロさんだから、短期間で回復するだろう、と診断された。


 とにかく今はゆっくり休むこと――と言われて、昏々と眠り続けている。


 それで良いと医者に言われても、不安は無くならない。いつまで眠るのだろう、もしかしたらこのまま起きないのではないかと、つい考えてしまい、いたたまれなかった。


「あのようすだと、事情を聞けるのは何日も先になるな」


 キュロス様は深いため息をついた。

 あの夜、何があってどうしてこうなったのか……キュロス様もあまり把握していなかった。

 彼が駆けつけた時、すでにアンジェロさんは路上に倒れ、カエデさんは泣き叫んでいたらしい。犯人らしき人影は、少し離れたところに立ち、ナイフのようなものを構えていた。

 加勢を見て慌てて逃げ出したのを、キュロス様はすぐに追いかけた。だが郊外の夜は暗く、土地勘も無いため見失ってしまった。アンジェロさんが心配になり、深追いするより現場に戻った――とのこと。


「傷の深さを知るためにも、カエデに状況を聞こうとしたが、パニックで泣きわめくばかりでな。仕方ないからとりあえず王宮に運ぼうかと考えていたところだった」


 君主邸の私室で遅い朝食を一緒に摂りながら、キュロス様はげんなりしたようすでそう話した。

 ハレムの主妃室よりさらに豪奢な部屋に、わたしは面食らったが、悠長に眩暈を起こしている状況じゃない。新郎新婦が同室できない云々も、今更誰もこだわらなかった。世話役達は男女ともに大騒ぎで、アンジェロさんの治療と世話に走り回っている。結婚式の準備もいったん休み、わたし達はこうして相談中、だ。それ以外にできることが何もないから。


「――それからも、カエデはアンジェロに付きっ切りでな。診療室を絶対に離れないし、無理やり話をさせてもパニック状態で状況説明が信頼できない」

「キュロス様は、逃げた犯人の人相はわかりませんか」

「現場は月明かりくらいで真っ暗だったからな……おそらくは男性……小柄だったかな。そのくらいしか情報が無い」

「……そうですか。では犯人捜しはもう少しカエデさんが落ち着いてからか、アンジェロさんが起きてから……」

「ああ。――しかし粘り強く調査をすれば、何か情報が得られるかもしれない。こんな街外れでは、目撃者は期待できないが……」

「通り魔でなければ、強盗目的の襲撃ですよね。盗品を売り捌くため、街の古物商に向かうのでは? お店に聞き込みをするのはどうでしょう」

「なるほど。ではカエデかアンジェロから、盗まれた物の詳細を聞いて――」


「いやさっきその二人からは無理って言ってたじゃん」


 と、口をはさんできたオグラン少年だった。


 昨夜以来、初めての発言だった。怪我はないかと心配されても、衣食住の世話をしてあげても礼もなし、ずっと黙り込んでいた彼。まだ血の気のひいた顔で、ぼそぼそと呟いている。


「あんた達、ほんとはまだ混乱してるだろ。……無理もねえよな。知り合いが刺されて、死にそうになってたんだから……」

「……そういえば、あなたも現場にいたわね」


 わたしが言うと、オグランはビクッと全身を震わせた。いかにも怯えた少年、というふうに体を小刻みに振るわせて、


「お、オイラは何にも見てねえよ? 真っ暗だったし何が何だかっ」

「どうしてあなたがカエデさんたちと一緒にいるの?」

「あのお嬢様に雇われたんだよ。ガイドで……この王宮への道案内をしてくれって」


 これにはキュロス様が口をはさんだ。低い声で、わずかに怒りをにじませている。


「なぜ、こんな夜中に? 現地人といえど、女連れで郊外を歩くなんて無謀だろう」

「それはあのお嬢様に言ってくれよ。急いでここに、届けなきゃいけないものがあるからって、寝ているオイラを叩き起こしてきたんだから」


 届けなきゃいけないもの――おそらく、式で使う真珠のアクセサリーだろう。

 わたしは王宮についてすぐ、この場所への道と式の日取りとを手紙に書いて、港町のホテルまで送っていた。この距離なら半日とかかからないはずだったが、郵便屋がのんびりしていたのか、カエデさんたちが外泊でもしていたのか、今夜やっと手元に届いたらしい。

 せっかちなカエデさんなら、その夜のうちに旅立とうと言い出しても不思議じゃない。だけどアンジェロさん……いや現地の治安をよく知るオグランは、彼女を止めてやるべきだったと思う。

 キュロス様も同じことを考えていたのだろう、オグランを睨むようにして、低い声で尋問していく。


「犯人に面識は? 真っ暗闇でも、知っているひとならば見当がつくだろう」

「知ってるわけないだろ! も、もうやめてくれよ……オイラだって怖かったんだ。暗がりに入ったら、いきなり強盗に襲われて、連れが刺されて血が噴き出して……っああっ! 思い出したくない!」


 少年の目は怯えながらもまっすぐで、とても嘘をついているようには見えない。だけど――。


「なぜ犯人は、アンジェロさんを襲ったんでしょう?」


 わたしの問いかけに、オグランは疑問符を浮かべた。


「なぜって……だから、強盗だろ。お嬢さんさっき自分でそう言ったじゃないか」

「お金を目当てなら、襲われるのはアンジェロさんではなくカエデさんだったはずです」


 わたしは言った。

 ……人気のない深夜の郊外。治安の悪さを知らない観光客だとしても、そんなに大金を持ち歩いているとは考えにくい。

 カエデさんは若く美しい女性だし、身に着けているものも見るからに上等品。わたしが強盗犯ならば、いかにも護衛らしく帯剣した男より、小柄な彼女を攫うだろう。ふたりは異性だ。じっと機会をうかがっていれば、離れる隙は必ずあるのだから。

 そう話すと、オグランは肩をすくめた。


「お嬢さん、おとなしそうな顔で怖いこと考えるね」

「い、いえわたしがそんな計画しているわけじゃなくて、あくまで例えでですね! 仮に強盗犯ならばっていう……!」


 わたしは慌ててブンブン首を振ってから、こほん、と咳払い。


「と、とにかく。そもそもどうしてこんなところに強盗犯がいるのかも、不自然ですし」

「なにが不自然? イプスの夜の治安の悪さは有名だぜ」

「有名だからこそ、です。今夜の郊外に人通りなんてごくごくわずか。獲物が通るのをじっと待ち伏せなんて非効率的じゃないですか。ましてや真冬、下手をすれば凍死です。物取りならばグランドバザールでスリや置き引きでも狙った方がずっといい。なのにどうして? 犯人はなぜあんな場所に潜み、貴婦人ではなく護衛の男に襲い掛かったのかしら」

「それは――その……さあ、なんでかな……」


 わたしは核心をついてみる。


「犯人は知っていたんじゃないかしら。今日、アンジェロさんがとてつもない財宝を持っていることを」


 オグランは今度こそ沈黙した。

 ――そう、ふたりは今日、財宝を持ち歩いていた。わたしたちの結婚式で使うための真珠細工――天然真珠産業の威信をかけた逸品である。女性ひとりと着物よりはるかに高値で売れるだろう、まさに財宝だ。相当な危険を冒してでも狙う価値があった。

 だけどそんなこと、通り魔的な強盗が知っているわけがない。


「ねえオグラン、犯人はそれを、どうやって知ったのだと思う?」

「…………」

「誰かが教えたんじゃない?」


 じっとオグランを睨んで、わたしは問う。

 彼は目をそらした。それが答えだった。

 ……そうか……。わたしは酷く残念な気持ちだった。

 わたしよりもずっと年若い、まだ幼い少年……できれば彼は無関係であって欲しかった。彼に尋問を始めた時にはまだ、わたしは半信半疑というところだった。

 だけどこの反応は……。そういうことなのね……。


「残念だわ、オグラン」


 呟き、目を伏せるわたし。

 そこでキュロス様が声を張った。わたしとオグランの間に入り、


「待て。それなら犯人の男は、カエデが買った奴隷だったんじゃないか?」

「奴隷? いったい何の話ですか?」

「ん、っと……なんというか、ホテルで、カエデとの商談を立ち聞きしたんだが」


 なにか気まずそうに目をそらし、頬を掻く。先に話してくれなかったあたり、きっとわたしには聞かせたくない、嫌な場面を目撃したのだろう。かなり言葉を選びながら、慎重な口調で話してくれる。


「四日前……港町の宿で、カエデはこの少年に奴隷市場への案内を依頼していた。いくらあの女でも、まさか本当に購入するとは思わなかったが――いややりかねないという気もするが」

「奴隷……それは従者のように、主人に追従して過ごすのでしょうか」

「いや、俺にもそれは分からない。……だがあのアンジェロが、いくら待ち伏せされたとはいえただの強盗にやられるとは思えないんだ。数日寝食を共にし、少なからず気を許した相手でなければ」

「…………犯人は奴隷……ではここ数日、オグランとも一緒に過ごしていたということ? オグラン、さっき知らない顔だと言ったのは嘘だったのね」


 再び、オグランに問いかける。すると彼は「チッ」と大きく舌打ちをした。

 さっきまでのけなげな少年のフリは諦めたらしい、が、肩をすくめて言葉は濁す。


「……はいはい。ああそうだよ、犯人は奴隷、オイラがお嬢様をご案内して、雇うように勧めたヤツだ」

「……オグラン」

「でも本当に知らないヤツだよ。ただ市場に連れて行っただけだもん。この数日、仲良くしてたわけじゃないし、顔はうろ覚え。本名だって違うかもしれない。まして今どこにいるかなんて見当もつかない」

「ではその奴隷は、カエデさんたちが今日、財宝を持って出ることを知り、暗がりに入ったところでアンジェロさんを刺して、荷物を持ち去ろうとしたのということね」

「ああ、そうだよ。言っとくけど俺は無関係だからね! カンテラ係で前を歩いてた。細かいやり取りは見てもねえからな」。


 ……なるほど。筋は通っている。状況に不自然なところはない。

 でも……おかしい。わたしはオグランに向き直った。

 今度こそしっかりと睨んで――嘘をついても無駄だと威嚇しながら。


「その話だと、わたしとキュロス様が最初に聞いた悲鳴……男性の声はアンジェロさんということよね? でもアンジェロさんは刺されてすぐに失神しているし、カエデさんの悲鳴は少し遅れて聴こえたわ。キュロス様が向かったのは、カエデさんの声のあと」

「……何がおかしい? あのお嬢様が、状況判断に遅れたってだけだろ。現場は真っ暗闇だったし」

「犯人の行動がおかしいのよ。キュロス様は犯人を見ているの。アンジェロさんを倒して荷物を奪って――キュロス様が来るまで、その場で何をしていたの? なぜすぐに逃げなかったのか、不自然だわ」


 キュロス様も「あっ」と声を上げ、手を打った。


「俺もそれ、ずっと引っかかっていた! あの犯人、俺が剣を抜いてもすぐに逃げなかったんだ。俺の剣先より、自分の後ろを気にしていて……まるで仲間が逃げのびるまで時間を稼いでいるみたいに、だ」

「あ! じゃあその犯人がキュロス様を()けた理由……土地勘があったってだけじゃなく、文字通り『身軽』だったから――」

「そうだ! あいつ荷物なんか持ってなかったぞ⁉ と、いうことは――」


 わたしはキュロス様と顔を見合わせ、同時に息を吸い込んだ。オグランを振り返り、二人同時に叫ぶ。


「――犯人は二人組だっ!」

「ひゃああっ」


 ふたりから人差し指を突きつけられ、オグランは飛び上がった。



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